教皇の規律
ガラムがカイルと共にギルドへ向かう途中、以前のパーティーメンバー達が続々と合流してきた。
「ガラムさん、俺達もさっき聞いたんだ」
「遠征には参加して無かったのか?」
「はははっ!俺達はまだまだベテラン勢には届かないさ。中堅所だ。確実に手を出せるか見極める事が大事だって、骨身に染みてるよ!」
「…そうか」
そう言ってガラムは僅かに口角を上げた。
骨身に染みてくれていたか…その言葉を飲み込み、ギルドへといそぐ。
「だからっ!前衛がそろえば、俺等が撃って出るっていってんだろっ?!」
ギルドの扉を開けた瞬間に、馴染みの声が響いてきた。
「…スタンピートだって言ってんだろうが…話が通じねぇにも程があるぜ、全く」
同時に職員の呆れた声が静かに届く。
そんな職員と目が合った。
「助かった。ガラムさん、ちょっと来てくれ!」
近寄ると、食って掛かっていた若者達が視線を逸らす。
パーティーメンバーだが、抜ける話が出ていたので、気不味さがあるのだろう。
「状況はわかるのか?」
カイルに呼ばれて出向いたが、ほぼ何もわからない状態だった。
少しでも情報が欲しい所だ。
「多少な。未踏の魔窟だが、放置期間が長すぎたようだ…魔窟が発生してから発見まで、前提が違っていたらしい…」
「そうか…」
未踏の魔窟は、ここ数ヶ月で発見されたと言われていたが、スタンピートが起こる程に発見されていなかったようだ。
「事前調査も結局うやむやになっちまったからな…まぁ出てくる魔物は多少はわかるが…」
職員が数枚の報告書をめくりながら続ける、
「目撃情報からだが、ゴブリン、オーク、ウルフは確実に出てくるな…下層のアーススパイダーは小さい眷属を引き連れて出てくる可能性があるな…」
「なら、問題ねぇ!俺等が出ればすぐじゃねぇか!」
先程喚いていた青年ロキが、パーティーメンバーを見回しながら声を上げる。
メンバーの顔を見るに、ロキと同調しているのは明らかだ。
ガラムは溜息を吐きながら、ロキと向き合う。
「確かに倒して来た魔物だな」
「だろ?だから…」
「スタンピートの怖さは、まず数だ。御丁寧に2〜3匹ずつなんてかかってこねぇ。10や20に囲まれた時はゾッとするぞ?あぁ、人間1人に対しての囲みがそんなもんだ」
「え…?」
「前に出た瞬間、すり潰される」
ロキ達は絶句した。
ようやくスタンピートを想像できたのだろう。
「数百単位で噴き出して来るんだ。人間1人なんざ、すぐ潰されちまうよ。さらに怖いのは、上位個体が混じってる場合だな…」
職員が言ってやれと顎で合図を出す。
「普段見ないがな。スタンピートが起きた場合、上位個体が混じっている事が多いんだ。こいつは厄介でな。連携や指示系統が取れてるんだよ。簡単には倒れてくれない所か、こっちが狩られちまうんだ」
ロキ達は口を開けたまま、顔色を失っている。
「ウルフに乗ったゴブリンなんかも来る。剣やら棍棒を振り回してな」
「なっ?!同種の連携じゃないんすか?!」
ロキ達以外の冒険者からも声が上がる。
「あぁ。しかも、統率が取れている。ナイトで小さいグループを、ジェネラルやキングがいれば更に大きな数の連携が予測されるな」
「そんな…じゃあ、どうすれば…」
冒険者達に絶望が広がるが、中堅グループの冒険者が声を上げる。
「馬鹿かお前らは!ガラムさんがスタンピートを詳しく知ってるのが何故だか考えてみろ!対策があるに決まってんだろ!」
沈んだ顔の若者達がハッとしてガラムに視線を向ける。
まだまだ若い顔ばかりだ。
「まず後衛で遠距離攻撃を担当する者が、防護壁の上から攻撃をし、魔物の数を削る。広範囲に被害が広がるような攻撃が望ましいな。弓ならば、油壺なんかを撃ち込んで火を放てば良いだろう」
「おう!ギルドからの持ち出しだ!弓矢を扱う奴はこっちだ!」
弓矢を得意とする者が決意を込めた目で集まる。
「魔法を放てる人は、魔力の回復薬を配りますので、こちらへ!」
受付嬢も叫ぶ様に大きく誘導する。
「俺は何をすればいい?!」
カイルが声を上げる。
「魔力の流れを追える者は、崩れそうな者達の持ち場の補佐だな…ポーターや罠の解除を担当する者達は石を飛ばせ」
「え?石…?」
「投石機だ。防護壁付近に置いてある。石は…集めなきゃならんがな」
「なっ?!んじゃ、すぐに集めねぇと!」
「たのむ。石畳の爺様に協力して貰え。知恵を貸して貰えるかもしれん」
「「おうっ!!」」
そう応えて足早にギルドを出て行った。
「粗方間引いたら、前衛の出番だ。連携を取って出ろ。前に出過ぎるな。横並びで足並みをそろえるんだ。後衛は、前衛が出たら援護だ。間違っても範囲攻撃はするな。同士討ちになる」
残った者達の表情に闘志がみなぎる。
「手柄だ何だ考えた奴から死ぬと思え。味方を巻き込んで、盛大に死ぬと思え。…横並びで生き残れ!」
「「はいっ!!」」
各々が動き出すのを見渡す。
…ベテラン勢が遠征に出ているのが痛いな。
中堅所も、昔のメンバーがいる所のみだ。
後は、ほぼ新人に毛が生えた程度…冒険者生活の最初の試練としては、過酷なものが予測される。
そう言えば、ギルド外はどうなっているのか。
ギルド職員に声をかける。
「なあ。町にも知らせているのか?」
「ああ。町の詰所に報告しといた。巡回の奴等が避難誘導してるだろうさ。あと、あちらさんにも鳥を放ってるよ」
ギルド職員はニヤリと口角を上げる。
「そうか…なら、やるべき事は1つだな」
ガラムの全身から熱気が溢れる。
…持たせてみせる。
ギルド職員は口角を上げたまま、歩き出したガラムを無言で見送る。
打てる手は打った。
あとは現場に任せて、回復系統や携帯食の供給を厚くするべく、職員も歩き出す。
やるべき事は決まっているのだから。
―――防護壁に到着し、所定の位置にそれぞれが着く前に、カイル大声を上げた。
「渦だっ!渦が噴き出したっ!」
未踏の魔窟からは距離が離れているとは言え、人間が多くいる最初の町はここだ。
ほぼ直進してくるに違いない。
不気味な足音が徐々に聞こえて来るだろう…
カイルが声を上げてから、時をかけず不気味な振動と唸り声が聞こえて来た。
速い。
魔物の先発隊がやって来た。
遠見のスキル持ちが叫ぶ。
「ウルフです!数、およそ200!」
ガラムは深く息を吸い、開戦を告げる。
「来るぞっ!衝撃にそなえろっ!後衛は先発隊に確実に当てろっ!」
「「おうっ!!」」
直後、血走った眼を異様に光らせて駆ける四つ足の魔物が現れた。
ウルフだ。
魔窟内で見たそれよりも大きく、唸り声が恐怖を掻き立てる。
「今だっ!放てぇ!!」
ガラムの合図と共に、防護壁の上からウルフに向かい、油壺が括り付けられた火矢が放たれた。
降り注いだ火矢は、着弾すると数匹を巻き込んだ小爆発を起こす。
魔法を放てる者達も同時にファイヤーボールを放ち、同じく火柱を上げている。
ドゴーーンッと音を立て、炎の壁が出来上がると、当てた後衛達が歓声を上げる。
「まだだっ!続けて、放てぇ!!」
すり抜ける魔物が出る前に、少しでも足を止めさせ、数を減らさねばならない。
再びドゴーーンッと炎の壁を築き、投石機へと合図を出す。
「投石機準備っ!先発隊に他が追いつき次第、投石を開始する!」
「「おうっ!」」
「先発ウルフが退却して行きます!」
喜色を含んだ叫びに、焦りを極力抑えて返す。
「数はっ?!」
「えっ?あっ!約半分程!100程ですっ!」
約半分…何とも言えない数を残してしまった…
「今戻ったウルフは、次に他の魔物を乗せて来る!機動力がある魔物だ!常に注意しておくんだ!」
「「おうっ!」」
…できれば前衛が出る前に確実に削り取りたい戦力だったが。
「カイルっ!敵の動きはどうだ?!」
魔力の質が大まかに判るようになったと聞いていたが…
「ウルフはゴブリンを乗せました!えっ?後ろに散って行きますっ!」
最悪だ…指揮系統が出来上がっている。
こちらが弱った所で騎兵隊として出すのだろう…
「皆んな心して聞け!相手は魔物の群れと思うなっ!騎兵隊を持った騎士団だと思え!普段の単調な攻撃はしてこないっ!油断するなっ!慎重に戦え!」
「「おうっ!!」」
皆、戸惑いの表情を浮かべながらも返答する。
未知に対する恐怖がジワジワと迫るが…不思議とガラムの言う事が、それ以上の恐怖を受け入れなかった。
不気味な振動が微かに響き始めた。
それに伴い、唸り声や魔物の声も聞こえ始める。
「敵を確認しました!数は、数は、およそ千っ!」
遠見のスキル持ちの言葉に味方全体が静まる。
80人程の冒険者で敵う数ではない。
しかも、そのほとんどが新人冒険者と言っても問題ない者達ばかりなのだ。
内心の動揺が静かに広がっていく。
「数に気圧されるなっ!敵は、指揮系統は取れているが、最初に来るのは歩兵隊だっ!とことん削り取ってやれっ!打って出るのは、その後だっ!!慎重に擦り潰せっ!生き残るぞ!!」
削り取る…擦り潰す…
…減らせば良い。ここまで届く前に。
「「応っ!!」」
余分な感情を払い捨て、自分達の役割に集中する。
『手が震えるのは仕方がない。しかし、目はつぶらず真っ直ぐ敵を見ろ。周りを見ろ。生き残れ』
新人冒険者の多くがベテラン勢から言われた事を思い出していた。
ロキ達もまた、その言葉を思い出す。
あの時、ガラムに責任を押し付けた事を恥ずかしく思い、酷い後悔が襲ってきた。
「…この戦いが終わったら、ガラムさんに謝りに行こう」
仲間内全員が頷いた。
…多分、某占い師が聞いたならば『死亡フラグぶち立ててんじゃねぇーーっ!!』と内心で怒りを爆発させていた事だろうが。
皆の胸の内は定まった。
生き残る。
視線を前に。
ガラムからの合図に耳を集中させる。
地響の振動が一層激しくなる。
…とんでもない数の魔物が迫ってくる。
「投石機、放てぇ!どんどん、食らわせろ!」
大岩に勢いをつけて敵の壁に撃ち込む。
地を揺らす音と、魔物の悲鳴が確実に当たった事を伝えてくる。
合図まで放ち続ければ良い。
時折、石畳の爺様から聞いた鋭利な石を混ぜながら…とにかく動く。
投石機の役割をひたすらに繰り返すのだ。
「後衛っ!放てぇ!放ち続けろっ!」
魔法と火矢の攻撃。
時折油壺を混ぜ小爆発を起こす。
…とにかく削り取る。
出来る限り擦り減らす。
…指揮をする魔物が獲れるなら尚良し。
遠見スキル持ちや、魔力を視る者達の補充を受けつつも手は止めない。
前衛が出る為の場を作り出すのだ。
…絶対に皆んなで生き残る。
途切れる事ない矢の補充、魔力回復薬の補充に感謝しながら、殺意マシマシの攻撃を放ち続ける。
「残り敵数、約700!」
「よしっ!3割削ったぞ!投石機は続けてくれ!後衛は、長距離攻撃が出来ない者は、前衛の補助にまわれ!指示出しはカイルに頼む!前衛、出るぞ!忘れるな!横並びだ!行くぞ!」
覚悟は決まっている。
仲間と共に生き残る。
絶対にだ。
防護壁の扉が、音を立てて開いていく僅かな時間。若者達は、ガラムを見つめ続けていた。




