教皇の示すもの
路地裏が夕闇に覆われ、魔石のランプを灯した頃、カランと鈴が鳴った。
入って来たのは、大きな影…いや、大柄で体躯のしっかりとした壮年の男性。
冒険者だろうか。目に宿る疲労感が今までの人生を物語っているかのようだ。
…凄く体格がいい。ゴリマッチョ。嫌いじゃない。むしろ好き。凄く好き。
穏やかな微笑みを意識して、声をかける。
「どうぞ、こちらへ」
いつも通りに対面の椅子へと促し、ハッとした。
…うちの椅子、耐えきれるのだろうか?
男性は、一瞬躊躇い恐る恐る椅子に座る。
ミシリ…と1度音がなったが、壊れなかった。
男性と共にホッと安堵の溜息をつく。
お茶を淹れ、差し出す。
「ありがとう…」
お茶の御礼を言われてキュンとする。
なんか、こう、ね?
お礼言われちゃった!キャハッ!な感じ。
声も渋いし、大人の魅力が溢れているのだよ。
うん。
お茶を飲む姿は、カップが小さく見えて愛らしく見えてしまう…
あの手で戦い抜いて来たのだろう。
ゴツゴツと節くれ立った手…きっと剣ダコなんかもあるんだろうな…
ほぅっと、お茶を飲み干し、一息つく姿も可愛らしい…いかんいかん。
表情筋、集合!しっかりと仕事をする事!解散!
おかわりをカップに注ぎ、口を開く。
「ようこそ。今日は、どのような運命をお探しですか?」
穏やかな微笑みを男性へ向ける。
男性はカップを包み込み手を見つめながら、話し出した。
それと同時に男性から感じる哀愁が増す。
…表情筋、表情筋。私も全てを総動員して聞く姿勢をとる。
「俺は、冒険者をしているガラムだ。15歳から始めて、今までずっと魔物を狩って来た…剣で魔物の攻撃を受け流して払い、仲間達と連携を組んで倒す…それだけをずっと続けて来た」
ゆっくりと頷き、言葉を促す。
「仲間達は成長し、新しいパーティーを組んで行く者もいて、どんどん入れ替わっていったが、常に連携が崩れる事はなかったんだ。皆、着実に実力をつけて力を発揮している…素晴らしい仲間に恵まれたと、いつも感謝している程に…」
カップを握り込む手に力が加わった様に見え、一瞬破損した場合のカップの料金が頭をよぎる。
ガラムさんは1つ息を吐き、お茶を飲んだ。
「…最近、その連携を維持出来なくなって来たんだ。原因は間違いなく俺だ。走り込む足に力が入らなくなって来ているんだ。まだ多少の違和感がある内に、引退してしまった方が良いんじゃないかと思ってな…」
そう言い切ると、またカップに視線を落とした。
ガラムさんの切実な訴え。静かに語る胸の内が察せられて、切ない。
眉間のシワも深くなった様子に同調してしまう。
第一線で活躍して来た人だ。
自分の衰えを感じてしまえば、とてつもない衝撃となったに違いない。
まして、命に直結する場面での事。
経験上の判断を苦渋の思いで出したのだろう…
…その背中の後押しとして、占いを選んでくれたのだ。私も全てをかけてお手伝いさせていただこう。
煩悩を極限まで振り払って集中だ。
普段は見せないだろう、弱った溜息のギャップに萌える気持ちだって払い捨てて…グッと来るけど払い捨てて。
呼吸を落ち着けて、水晶玉の光に1つ頷く。
いつもの手順。
タロットカードを円を描くように混ぜ、1つにまとめる。3つに分けて、また1つに合わせる。
ワンオラクル。
ガラムさんに、タロットカードを1枚選んで貰う。
ゴクリと唾を飲み込んだガラムさん。
1度カード上を彷徨った手がスッと導かれ、真ん中の1枚を選ぶ。
「…この札」
1枚を机の上に残す。
「それでは、札が告げる言葉を視てみましょう」
ゆっくりとカードをめくる。
「教皇の札…」
ガラムさんの目が点になった…?
「…俺は、聖職者を、目指すべき、なのか…?」
可愛い。違います。
「か…いいえ。教皇の札が意味するものは、『伝統』『秩序』そして『慈恵』を司る導き手です」
ガラムさん…点々の目で首を傾げる姿が、超きゃわゆいのです…全私が震撼しそうです。
「ガラムさん…あなたの走り抜けた年数は、その素晴らしい筋肉…の記憶だけではありません。経験してきた事全て、感じ取って来た事全て…新人冒険者が持たない生きる為の知恵が、その全身に刻まれているのです」
その筋肉のくびれ1つ1つに全てが刻み込まれています!たまりません!…と言う私を抑え込めなかった…あぁ、私の欲望が出てしまった…ポロリしてしまった…誤魔化しきれただろうか…
そろりとガラムさんを見ると、納得しきれていないお顔。
…ですよねぇ。ごめんなさい。
詳しく説明せねば…
若干の気不味さを感じていると、激しい鈴がなり、若者が飛び込んで来た。
扉のHPを心配する間も与えてくれず、声を上げる若者。
「ガラムさん!ガラムさんは来てますかっ?!」
息を切らせて、店内の客の姿を捉えた若者が駆け寄って来る。
その顔、見た覚えがある。
「カイル?どうしたんだ?」
「すみません…多分、スタンピートが起こりました…」
「っ?!」
なんだってっ?!
それはヤバいのでは?!
スタンピート――魔物の暴走。
原因は様々だ。
大型の魔物が縄張りを離れた場合で、小型の魔物が押し出される形のもの。
土地から発生する魔力の変化や量の変化でも起きる。魔力を送り出す道筋の変動なんかが数百年に1度位の頻度で起こるのだ。それに合わせて魔物達が移動して暴走する場合のもの。
あとは、ダンジョンから溢れ出す場合のもの。
ダンジョンが余りにも攻略されなかったり、大幅に拡張された際に魔物達が暴走してしまうのだ。
有り余るダンジョンのエネルギーが魔物達に注ぎ込まれて…と言われている。
不意に魔物の唸り声を聞いた気がして、背筋に冷たいものが走る。
「まずは落ち着け」
ガラムさんの渋い声にハッとした。
私が慌てた所で何の足しにもならない。
焦りを出して、人を煽る事になってはいけない。
…私がやるべき事は、月の雫のお茶を出す事。
先代仕込の表情を貼り付けて、カイルに少しぬるめのお茶を淹れ差し出す。
清涼な香りが広がり、僅かばかりか場の緊張が緩んだ気がした。
まだ震えている手でカップを持ち上げ、お茶を飲み干し、カイルは話し出す。
「…魔力の流れがおかしいんです。町の北側…『未踏の魔窟』方向に渦が見えるんです」
「ギルドには?」
「報告しました。ベテラン勢が遠征に出払っていて、ガラムさんに声をかけろと言われて…」
「…そうか」
カイルもガラムさんも俯いてしまった。
沈黙が続く。
…この様子を見るに、ガラムさんは冒険者を引退する旨を語っていたのかもしれない。
周りも、その覚悟を受け入れていたのか…
ガラムさんが足をさするのを、悲しそうに見つめるカイルの目…多分、間違いではないだろう。
「…俺が行った所で、前程に先陣は切れない。足は期待出来ないしな。若手との連携を引っ張る事になるんだ…」
「そんな…ガラムさんが彼奴等の足を引っ張るなんて事、あるはずないんだ…」
「実際に引っ張っちまったんだ。前程の速度で飛び込めなくなってな。危うく全滅する所だったんだよ…」
「彼奴等が焦って飛び出しちまっただけなんですよ?」
「…それでも、俺の足はもう…」
カイルが悔しげな表情で言葉を吐き出す。
「…ガラムさんを責めるなんて、彼奴等の甘えですよ」
ん?どう言う事なのかな?なんだね、メンバーがガラムさんをカバーした動きが出来なくて?ガラムさんを責めたのかね?
はっ?ひよっ子が?
この素晴らしき筋肉を?
ほうほうほうほう。
これはちょこっと解釈が変わりますよ?
教育的指導が必要なピヨピヨさん達がいると言う事になりますな?
いかん。内心の怒りは出さずに表情筋でカバー。
外野が怒った所で、ガラムさんが困るだけだ。
ふぅ…
私は改めて教皇のカードを指で触れた。
今の情報も含めて整理して、カードから伝わる言葉に意識を集中させる。
よりカードからのリーディングを…相棒からのメッセージを正確に受け取らなくては…
魔力を通せない分、感覚を広げないと…うん。なんとなくだけど、少しはっきりしてきた。
多分、この方向で間違いないと思う。
「ガラムさん。今のお話を聞いて、この札が伝えてくる意味がより鮮明になりました」
2人の視線が、ゆっくりとこちらへと向く。
それを確認し、ゆっくりと頷く。
「教皇の札は、単に聖職者を示すものではありません。先程お伝えした『伝統』『秩序』『慈恵』、今の状況に合わせ噛み砕くと、秩序を教え導いて行く事になるのかもしれません」
「教えを…?」
ガラムさんの呟きに頷きを返す。
「あなたが『連携が崩れた』と感じたのは、あなたが衰えたのではなく、他の人達が自分の未熟さを棚に上げ、あなたに甘えていたのではありませんか?よく思い出してみて下さい」
ガラムさんが少し考えてからハッとする姿を、表情を固定したまま見守れた私は偉い。
仕草1つ1つが可愛らしく見えてしまうのだ…占いに集中しなければいけないのに…己の未熟さが憎いが…目の保養も大事…強敵だ。
「彼らは、あなたの背中を守っているのではなく、あなたの姿に寄り添っているだけだったのでしょう。だからあなたが少しでも歩みを遅めたら、つまずいて転んでしまった…未熟さが露呈して、あなたのせいにしてしまったのでしょう。それは『連携』ではなく、ただの『依存』になっているのではないでしょうか」
ガラムさんが固まっている…
もう少し踏み込んでみようか。
「カイルさん。あなたが捉えた魔力の予兆。そしてガラムさんの身体に刻み込まれた、生き残る為の規律。この2つが合わされば、荒ぶる魔物にも秩序を打ち込む事ができるのではないでしょうか…」
「えっ…2人で…?」
カイルが涙目で尋ねる。
…そんなわけあるかい!とのツッコミは控え、穏やかな口調を意識しながら話す。
「2人だけでは勿論ありませんが。ガラムさん。あなたは、先陣を切って斬り込む必要はありません。今あなたに求められているのは、混乱する若者達に正しい立ち位置を教え、カイルさんの視る情報を戦略に変える指導者としての立場ではないでしょうか…」
「指導者…」
「はい。生き残る術を教え導く者として…この札は、それを伝えてきているのではないか、と」
ガラムさんは、教皇のカードを黙って見つめた。
そこから自分の手に視線を移し、ギュッと拳を握り絞めた。
「…俺がやる事は、先陣を切って足止めをする事じゃないんだな…守る為のものが、甘えを作っていたのかもしれないな…どうやれば生き残るのか。1番大事な事が疎かになったようなものだな」
カイルの方を見ながら、さらに言葉を続ける。
「カイルの視る景色を、どうやって皆んなの生命に繋げるか…だな。それを打ち込まなきゃならないんだな…」
「ガラムさん…」
カイルの目が潤んでいる。
うんうん。素晴らしい筋肉の素晴らしい言葉。
私も胸に来るものがあるよ。
ミシリ…と音を鳴らして立ち上がったガラムさん。さっきの、どうしようもない疲労感が消え、フワッとした熱気を発する熱いマッチョへと変わっていた…素敵過ぎる。
「ありがとう…行ってくる」
「はい。どうか、ご無事で…」
ガラムさんが短く頷き、銅貨を数枚机の上に残して、カイルと共に去って行った。
鼻の奥が熱く、痛い…
鼻血の出る予兆を感じながらも、ガラムさん達の無事を強く祈る。




