偽りの太陽
路地裏が夕陽の裾に覆われた頃、カランと鈴が鳴り、1人の青年が入って来た。
その青年には見覚えがあった。
屋台通りで、少し前から店を始めていた青年だ。
『陽の欠片』という商品を取り扱っていて、一気に人気店となっていた。
薄切りにした黒パンをカリカリに焼く香りが、かなり食欲を誘うので、私も何度誘惑に負けそうになった事か…
ただ貴重な『太陽の実』を砕き、塩とハーブを和えて仕上げるとの事で金額が上がり、自分ではギリギリ手が出せそうにないので諦めていた。
流石に銅貨5枚はつらい。
パンが銅貨1枚、スープが銅貨2枚。
朝・夕で銅貨6枚…
はぁ…
疲れた笑顔を載せながら、青年を対面の椅子へと促し、お茶を淹れる。
お茶を差し出し、言葉を紡ぐ。
「ようこそ。今日はどのような運命をお探しですか?」
青年は、お茶を飲まずに話し始めた。
「占い師さん。今日は景気付けに占って欲しいんだ!俺の屋台を、王都でもやってみないかって誘われてさ!ゆくゆくは、店も持てるかもしれないって言われてさ?これで頼むよ!」
そう言うと机の上に数枚の銅貨を置いた。
…まずいパターンかもしれない。
背筋に冷たい汗が浮かぶ。
「わかりました。…少々暗くなって来ましたので、灯りを用意した方がよろしいですね。お茶を飲みながら、お待ち下さい」
「わかった。おかわりもできるんだろうか?」
「はい。なくなりましたら、注ぎます」
それを聞いてすぐお茶を飲み始めた。
なかなかの、ちゃっかり者だ。
魔法石のランプを机に置き、空のカップにお茶を注ぐ。
「ありがたい。凄く飲みやすいな…」
お茶だけで終わる気配がする…
タロットを引き寄せて、再度確認をとる。
「あなたの商売の行方についての運勢を視ればよろしいですか?」
2杯目をゆっくり味っていた青年が同意する。
「そうそう。結構人気が出てね?『太陽の実』を使ってるから、少し割高になるけど、どうしても食べたいって皆が言うからさ。王都に出ても人気になると思ってね。でも、いきなり王都ってなるとひよっちまってさ…」
1つ頷き、タロットを広げる。
円を描くように、ゆっくりと混ぜ1つにまとめる。3つに分け、再度1つにまとめる。
ワンオラクル。
青年に選んで貰った1枚をめくる。
「…太陽の逆位置です」
「えっ?太陽の逆…?って事は、沈むのかい…?それは、俺が沈む…終っちまうってことかい?」
まさにプチパニック。ヒスパニック。
…こほん。
「札からは、見たままの直接的な意味ではなく、注意や警告として伝えてくる事が多いのです」
「そうなのかい?」
「はい。この場合は、急いで物事を進めない事。1度冷静になり、計画を見直す事を伝えてきています」
「えっ?」
キョトン顔でこちらを見返す青年。
小声で「計画?」と聞こえてきた…
もしかしたら、計画事態考えていなかったのかもしれない。
「えっと…もし、このままで行ったらどうなるんだい…?」
問いかける笑顔が引きつっている。
…商売が繁盛しているから、このまま行っても大丈夫だとの自信もあっただろう。
商売は勢いが大事だと聞いた事もある。
しかしタロットから伝わるイメージが悪い。
「札から伝わる感覚ですが。あなたの屋台は、時をかけずに繁盛したと思います。その成功を過信し過ぎて、次への期待が大きくなります。本来よりも過剰な熱意を込めて行動した結果、持久力の低下や活動の低下…失敗する事もあるかもしれません。人生のどん底を経験する事も考えられる…と伝わってきます」
ヒュッと青年は息を吸い込んで、カードを凝視している。
警告のカード。
私の感情を映し出していないか、多少心配ではあるが…
「計画を立てれば…大丈夫なのかな…?」
青年は、カードを凝視したまま訪ねてくる。
「それは、私にはわかりません。今視たものも、未来の可能性の1つです。ここから先は、あなたの行動1つ、感じた事1つで変わって行くものですから」
「…そうなのかぁ」
はぁ…と溜息をついて、お茶を飲む青年の目に疲れが滲んでいる。
お茶を飲み干してポツリポツリと青年は話し始めた。
「…これは騙してる事になると思うんだけど…『太陽の実』って、実は簡単に手に入る物なんだよ…」
…衝撃的な告白に、表情筋を総動員させる。
危うく1日の食費を手放す所だった…いやいや。その話、是非とも聞きましょう。
穏やかに、ゆっくりと頷く。
「サンフラワーから採っていてね?種を剥くのが、凄く大変なんだ…ハーブも自力で調達しないと、配合がバレて真似されちまうだろ?」
…なるほど。ひまわりの種だから太陽の実。
それを砕いているから、太陽の欠片…
自力調達なら、手間暇かかっている物だ。
割高な銅貨でも仕方がない…とも言えない。
やっぱり、ちょっと高い。
「サンフラワーの種も夏しか取れないし…ハーブもいつでも手に入る訳でもないし…」
ストックが切れたらそれまでのお話ですね。
そりゃ計画立てないと、あっと言う間に終了のお知らせが届きますよ…
「俺、王都に行って…どうする気だったんだろ…」
ホントそう。どうする気だったの…
破滅の行進する所じゃないの…
おかわりのお茶を用意して、青年に差し出す。
「…太陽は朝昇り、日中は皆を照らし、夜は必ず沈みます。サンフラワーも夏の間輝きますが、秋の花に順番を譲ります。1日中ずっと、1年ずっとは難しいでしょう」
青年は黙ってカップを見つめている。
「…親の畑の横でサンフラワーを育ててたんだ。飯だけじゃ足りなくて、種を持ってくネズミを見てたら…旨いのかな?って、真似してみたら…旨くてさ…コレは売れるって思い付いて…でも材料が無くなれば、終わりだよな…」
いや、ホントそう。そうとしか言いようがないんですが?
青年は今、我に返ったのだろう…黒歴史的なアレじゃなかろうか…
「考えが足りな過ぎだ…何?俺?…舞い上がり過ぎだよな…?恥ずかしぃ…もぅ、埋まりたぃ…」
机に突っ伏す青年。
恥ずかしのはわかったから、ここで埋まらないで貰いたい。
実家の畑で、心置きなくゆっくり埋まって貰いたい所だが…
余りにも素直過ぎる青年に、同情心が湧いてしまったようだ…少しお節介を焼いてみようか。
「…サンフラワーは夏だけですが、他の木の実はどうですか?」
机からゆっくりと顔を上げる青年。
「木の実?クルミくらいしか思い浮かばないよ…」
一般的なのはクルミだが…
「リスが松の実をかじっているのを見た事はありませんか?」
再びのキョトン顔。
…どことなくハムスターを思い出させるのが心配である。
「松の実って、あの硬いヤツ?パッと開いてる?食う所あるの?」
カサカサになったマツボックリは実が落ちた状態だが、実が詰まっている内に採れば、木の実の1つだ。
「はい。開く前には実が詰まっていますから、それを使う事も可能かもしれませんね。他にも、カボチャの種の中身もどうですか?」
「えっ?あっ?ちょっと待って!今、覚えるから…!」
栗や栃の実に似た物の、灰汁抜き方法などなど。色々考え付くままに話していく。
「えっ?あれ貴族は食べてるの?!」
「あの渋いヤツ、灰で食べれるようになるの?!」
…教えたのだから安く譲れとも言えず。
「私が知っている限りはここまでですね…色々試してみるのも良いかもしれませんよ?」
そう伝え終えると、目を輝かせた青年は祈りを捧げる様に私を見ていた…
…やり過ぎたか。
「俺の考え不足でした…これからは、あなたの教えを胸に、日々を過ごして行きます!」
…信者を1名増やしてしまった様子。
供物として、出来の良い物を供えてくれると嬉しいとは、とても言えないけども。
「…よい結果がでるといいですね」
「はい!」
…こんな日があっても良いのかもしれない。
元気に去って行く青年の姿に、そっと溜息をついた。




