奇術師の悩み
ドカーンと派手に開かれた扉からゼノが飛び込んで来た。
派手に登場する人物が増えて扉が心配になる。
昨日ジュリアンが店に来て、今日がゼノ…2日連続で扉に負荷が掛かったのだ。
どうにかなったら、ちゃんと弁償してくれるのだろうか?
心配である。
そんな事を考えている間にも、ゼノはスタスタと近寄りジロジロと私を見る。
観察とは違う視線。
一体何なのか…
「その…大丈夫か…?」
何がどう大丈夫なのかさっぱりだ。
「今の衝撃で、店の扉が心配になるくらいですが…何の確認ですか?」
「あっ、いや、すまない…」
普段では考えられない、口ごもり。
こっちこそ、困惑する。
今日もお茶だけ飲んで帰るつもりかもしれないし。
お茶を2つ準備し、一方を差し出す。
「…すまない」
ストンと椅子に座り、お茶を飲む。
「先日、派手な衣装の男が客として訪れたと聞いてな…その、王都で有名な俳優で…貴族関係もあると有名だったもんだから…」
どうやら、貴族関係者が店に来たので何か無かったか心配して来てくれたらしい?
自分にも言えはしないのだろうか?
疑問である。
「まぁ、占い師ですから、頼まれたら断るのは難しいですし。例え有名な方であっても変わりは有りませんよ?」
「そうか…そうだな…昨日も来てたと聞いたものだから、つい」
「…いつも情報が早いんですね」
ゴフッと飲みかけのお茶が少し吹き出る。
それ、庶民でも女性の前ではマナー違反ですよ。
「いや、たまたまだ。たまたま、材料の受け渡しの時に聞いたんだ」
「そうなんですね…個人の秘密に関わる話になるのは店としては困りますね…」
「いや、多分だが、見た目の問題だろ?見た目で衝撃を受けて…と言う事だ」
何とも納得がいかない説明だ。
とりあえずお茶を飲む。
「そんなに有名な方だったんですか?」
「あぁ。伯爵家の三男坊が家を出奔して役者になったのは有名だからな…」
「知りませんでした…出奔…」
出奔したならば平民。
平民ならば多少失礼をしても大丈夫?
いや、家がこっそり絡んで来る可能性もあるから、やはり気を付けて接するのは変わらない。
他の客と一緒に丁寧に関わるので間違いないはずだ。
「いや、一応、噂好きな者が身近にいるものだからな?」
「あ、はい」
ゼノは何を慌てているのか。
カップが空になったのを見て、おかわりを淹れる。
「今日もお茶だけでよろしいのですか?」
ハッとしたゼノ。
表情がとてもわかり易く変化するのが心配になる。
ジュリアンと同じ出奔組ならば問題はないのだろうが…大丈夫かこちらが問いたい案件である。
「いや、あの、だな…ちょ、ちょうど占って貰いたいことがあって…だな…」
辿々しいっ…
ツッコミを喉で抑える。お茶を飲んで落ち着く。
「そう、そうだ。占いの前後の札の状態と君の魔力の流れなんかも知りたいのだが良いだろうか?」
背景を考えると、否とは言えない。
が、絶対に今思い付いた案だろう。
「占い中は集中力を高めながら行いますので、それを乱さないのであれば構いませんが」
「君に触れたりしても…」
「お触り禁止でお願いします」
しまった…前世がポロリしてしまった…
「っ?!あっ、違う!違うぞ?!魔力の感知的な意味でだぞっ?!手でなんて破廉恥なっ!」
…破廉恥。
その破廉恥は、既にやらかしている事を思い出して頂きたい。
しかし、一体どうしたと言うのか。
ゼノのキャラが崩壊しきっているではないか。
「一体どうしたのですか?いつものゼノさん、ではないみたいですよ?」
「すまない…実はな、俺の幼馴染が読めと置いていった本を読んだのだが…」
「本ですか?」
「普段の俺が読むのとは、別次元で厚みもないものだったんだが」
ふむ。薄い本であると。
「君の所に訪れた話しをしたら、殴られてな…女性に対しての礼儀がなってない!と。これでも読んでおけ、と」
「…マナー書か何かですか?」
「そのようなものだと聞いた。何分、女性の本はさっぱり意味がわからない事ばかりで困ってしまったのだが…」
「そうなのですね…ちなみに題名は何と?」
「…『薔薇をあなたに』と言う本だ」
ゴリゴリの恋愛小説ではないか…
「…それはちょっと違いますね」
「だよな…反論は許されない雰囲気だったからな…」
2人でお茶を飲んで一息。
「ゼノさんを混乱させるとは、幼馴染様は随分と強い方なのですね…」
「…色々と強いな」
再び2人でお茶を飲んで一息。
ゼノにおかわりを注ぐ。
「では、運命を探しましょうか?」
「よろしく頼む…まず札に触れても良いだろうか」
そっと相棒を差し出す。
ゼノの手が仄かに光を帯びると、相棒からはっきりとしたイメージ映像が伝わって来た。
幼女が頬を膨らませ、口を突き出し、握りこぶしを胸の前に位置させ…不服と書かれたプラカードが…
可愛い…!
相棒が可愛い!
100点満点に可愛い!
…はっ。いや、違った。
ゼノが魔力を送り込むと、相棒が活性化するみたいだ。
前回の時もそう。
魔力を帯びるとなのか、ゼノの特定スキルか何なのか。
気になるけど、これ以上面倒なのは嫌なので黙っておこう。
「…その、占っている間、この距離から解析の魔力を放っていても大丈夫だろうか?勿論、邪魔になった時点で止める。どうだろうか?」
…今日は、本当にゼノ風味が薄い。
「では、止めて欲しい時は伝えます。ご相談の内容はありますか?」
はっとして目を瞑った。
考えてなかったのか…ポンコツが過ぎる。
いつもとは違う意味でやり辛い。
「…ふむ。俺はいま、自分の振る舞いに自信が無いのだと思う。マナーと言うよりも、特定の対象に最適化された振る舞いをしたいのだが、どうにも違うらしい。俺は今後、どう調節すれば良いのか知りたいのだ」
…それは幼馴染にかなりゴリッとやられた結果なんですね。
1つ頷き、カードを広げる。
雑念を祓い丁寧に混ぜ、集中していく。
相棒からのイメージがグレードアップしている。
激おこぷんぷん丸な幼女が地団駄を踏んでいる。
可愛い…可愛いが、今は止めて!
ぷんぷん丸と戦いながら、混ぜ、集中。
1つにまとめ、3つに分ける。
再度1つにまとめて、1枚をゼノに選んで貰う。
ワンオラクル。
「…今回は随分長く混ぜていたな?」
「相談内容に集中するためですね…衝撃的な内容が心に残ると、差し支えになりますから」
「っ!そっ、そうか…」
主に相棒からのイメージ映像の破壊力だが。
…?ゼノの頬が僅かに赤い?魔力の放出が過ぎたのではないだろうか。
店で倒れるのはやめて欲しい。
ゼノがお茶を飲み、息を吐いた。
そっとカードをめくる。
「奇術師の札。これは『創造』と『始まり』『可能性』を意味するものです」
「可能性…」
ジッと穴が開くほどカードを見ている。
イメージの激おこぷんぷん丸に、やんのかステップ猫が加わった!
ナニソレ?!
可愛いしかないじゃないのぉ!!
…表情筋、表情筋。
「…この絵柄を見て下さい。机の上に様々な道具がそろっていますね?」
コクリと頷くゼノ。
「これは、あなたの準備は整っているとも言えます。無理に他人からの指南書をなぞる必要はありません。積極的に行動を起こす事で、機会を掴む事を示唆する札です」
「積極的に…」
相棒から、激おこぷんぷん丸と、やんのか猫3匹のイメージが…
身内の裏切りがツラい…可愛いくて、ツラい…
「…奇術師は培って来た知識や技術で、奇跡を自分の意志で起こせる者です。あなたがあなたらしく、その高い技術と情熱を真っ直ぐに注ぐ事こそが、あなたの言う最適化に見合うのではありませんか?」
「最適化…」
ポカンとして見えるのは、気の所為だろうか?
それよりもイメージ内のやんのか猫がどんどん増えてるんだが?!
お客に不義理を働いているとわかっていても、振り払えない、このツラさ…
「ふむ。貴重な時間だった…俺は、俺らしく在れば良いのだな。ふむ…薄い本に惑わされた時間が惜しくてならんな」
薄い本、中々の破壊力だ。
「少しの助けになったのなら、良かったです」
ゼノはうんうんと頷いている。
「解析でも新たに解った事もあったしな」
どうやら本来のゼノに戻って来たようだ。
ニコニコしながら、タロットカードに触れようとして、盛大にやんのか猫に威嚇されている。
ゼノには見えないのが残念で仕方がない。
「占い中に面白い事が起きたんだ。君は魔力をほぼ持っていない。だが、集中し始めた途端、君の魔力が空白になり、全部の札から魔力を引き寄せたんだ。それから、君の中で魔力が渦巻いていたんだよ…君の中は素晴らしい。実に興味深い」
「…それは、勝手に私も魔力で包み込んで、私の中を覗き見た、と言う事ですね?」
「えっ?あっ?!いや、ちがっ」
「破廉恥です」
お巡りさん!コイツですっ!
私もやんのかステップ踏んでやろうか?
違うと否定した所で破廉恥行為で間違いないのでは?
言い回しが嫌らしく聞こえたのでアウトです!
「同意のない魔力でのお触りは、禁止ではないのでしょうか?」
「いや、一応魔力を放つ許可は取っていたが…」
「…言い回しが卑猥でした」
「卑猥?!」
ゼノがフリーズしている。
言葉を反芻しているのだろう。
若干、口パクになってるのが面白い。
「っ?!いやっ、卑猥な表現ではなくっ!そうではなくっ!純粋に素晴らしっ…いや、違っ」
簡単に涙目になるのかぁ…いや、イジメ過ぎた。
そっち方面の知識はあるが、ピュアピュアと。
今日1日で、ちゃんとした人間味を確認できて良かった。
安心しましたよ。
穏やかに微笑み言葉を紡ぐ。
「冗談ですよ」
「っっっ……また来る…」
机の上に、いつもより多めの銅貨を置いて去って行った。
カランと鳴った鈴は静かだった。




