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路地裏の灯火  作者:
17/22

節制がもたらす調和

 路地裏に月の雫の香りが漂う午後。

 バァーンと派手な音を立てて店の扉が開いた。

 鈴が申し訳程度に遅れて鳴る。

 妙に芝居掛かった仕草で店に入って来たのは、見事な羽飾りの帽子を被り、裏地が真っ赤なマントを羽織った美青年。

 これは…癖が強い人種…

 表情を崩さないように気を付けねばならない客だろう。

 視線が合った時、派手な美青年は優雅な仕草で語り出した。

「おぉ…運命の女神よ。私は、遂にあなたの元へと辿り着きました。この薄暗い路地裏に灯る真実の光を信じて」


 痛い人に違いない…

 先代の水晶玉の光を端に捉えながら、穏やかな微笑みを返す。

「どうぞ、こちらへ」

 対面の椅子へと促し、お茶を差し出す。

 まるで王族かのように大袈裟に座り、お茶を一口飲む。

 あっ…飲むんだ…

 とは、口が裂けても言えない。

 貴族では無さそうに感じるが。多分面倒になる。

「おぉ…このお茶の清涼感…この静寂を何と表そうか。嵐の後の夕凪…あるいは、初恋を失った後の虚無…」

 虚無は違うだろう!と激しいツッコミを抑えねば。

 表情筋にしっかり仕事をして貰うのだ。

 穏やかに、穏やかに…


「ようこそ。今日はどのような運命をお探しですか」

 芝居掛かった仕草のまま、溜息を吐き、語り出す。

「私は王都の劇場で看板俳優をしているのだが、ここまでは伝わっていないようだ…何処に行っても誰も私の名前を知らない…それ所か、誰も私の麗しさに気付きもしないのだ…王都では皆が私を知っているのだよ?皆がジュリアンと嬉しそうに名を呼ぶのに…」

 多分、皆は引いているんだと思いますよ…

 王都はきっと、このキャラに慣れたのだろう。

 美人は3日で慣れると言うし。この変人も3日で慣れたのだろう。変な中毒を引き起こしてる可能性もある。

 うん。痛い人確定。

 穏やかに微笑み、頷く。


「それは兎も角として…私は今、最大の壁にぶち当たっているのだよ。次の演目『孤独な王の悲劇』。その役作りが上手く行かないのだ…やればやるほどに駄目出しが来るのだ」

 お茶を飲み、溜息をつく。

「色々試してはみたのだよ…だが、作る為に日常生活に役を置いたのも不評でね…」

 えっ?孤独の王様を日常生活に?

 正気なの?

 これが世に言う役者の狂気…

「パン屋に『この硬いパンを、私の供物とするのか?』悲哀を込めて呟いた瞬間から、出禁にされてしまったり…」

 あっ、駄目な人だ…

 狂気でも何でもなかった。

 残念な痛い人だった…


「それに、役を作るたびに演出からは「濃すぎる」としか言われず…途方にくれている…」

 確かに!

 危うく深く頷く所だった。

 ゼノとは別方向で関わりたくない人種である。

 舞台役者はお茶を飲み干した。

「周りに聞いても「濃い」としか言われない…多分、自分ではもう気付けないから、あなたを頼ったのだ…」

 濃いとしか言えない、と。

 もう濃いしか言いようがない、と。

 それはそれで、むごい。

 そっと空のカップにお茶を淹れる。

 カップを両手で包むのを確認し、タロットを広げる。

 ゆっくりと混ぜ、集中。

 1つにまとめる。3つにわけ、再度1つにする。

 ワンオラクル。


 机の上にジュリアンに選んで貰った1枚のカードを残す。

「それでは、あなたの演技について札に聞いてみましょう」

 ジュリアンは、ゴクリと飲み込んだ。

 そっとカードをめくる。

 表れたのは節制のカード。

 天使が2つのカップを持ち、中身の水を移している絵柄だ。

 2つのカップの間を流れる水は「生命の活力の素」で、潜在意識を顕在意識の中に注ぎ込んでいるという見方もある。

 また、基本徳行の1つ「節制」をとった絵柄との説もある。

「これは…天使の祝杯か?祝福?勝利の美酒だろうか?」

 …ナイスポジティブ。


 ゆっくりと首を振り、言葉を紡ぐ。

「いいえ。この札の名は節制。今回は『調和』と『適度な加減』を意味しています」

 キョトンとした目をこちらに向けてくる。

「あなたは、周囲から濃いと言われていましたが、何故「濃い」と表現されたかが掴めずにいましたね?」

 コクリと頷くジュリアン。

「「濃い」と言われても、私には何がどう「濃い」のか検討も付かなかったのだ…言葉を増やせば、増やしただけ。動作を増やせば、それ以上に…」

 穏やかに頷く。

「今のあなたは、情熱の強い原液をそのままお客にぶつけているような状態です…ちょっと失礼致しますね?」


 立ち上がり、空のカップにポットに残った、ごく少量のお茶を注ぐ。

 それをジュリアンに差し出した。

 ジュリアンはそれを飲み、顔をしかめた。

「濃い…」

 ゆっくりと頷く。

「薄めなければ、とても飲めません。お茶が濃ければ喉を焼くように、芝居が濃ければお客が疲れてしまいます。ですが、どう濃いのか…言葉に出来ない感覚はなかなかわからないものです」

 ジッと見つめるのは、濃いお茶のカップ。

「この札は自重や忍耐も意味する札です。『役としての情熱』と『冷静に周りと合わせる』を混ぜて、心地良い調和を目指すと良いのでは?と札は告げています」


 ぐっと濃いお茶を飲み干し…慌てて元のカップのお茶を飲んだジュリアンが1つ息を吐いた。

「濃い…確かに、濃い…私の情熱も。私は周りのお茶の味を忘れてしまっていたんだな…」

「混ぜ合わせて、濃い目のお茶でも美味しいと思いますよ?」

「あぁ…そうだなぁ…ミルクを入れると、もっと美味しいだろうな…」

「そうですね…」

 ジュリアンは1つ頷くと、お茶を飲み干した。


 1つ息をつくと、机に銅貨を置きスッと立ち上がり、見事な貴族の礼を取った。

 そして、言葉を紡いだ。

「この御礼は、いずれ」

 ヒヤリとした。

 この礼は、貴族特有のもの。

 演技でどうこう知れるレベルでは無かったからだ。

「美しい人、また会いましょう!」

 カランと爽やかに鈴を鳴らし、去って行った。

 …あれは、御貴族様だった。

 銅貨を回収するのをしばらく忘れる程、唖然としていた―――


 ―――風が仄かに暖かさを含んできた朝。

月の雫を求めて薬草屋に来た。

「お嬢ちゃん、いらっしゃい。いつものだね?」

「はい。今日から5杯でお願いします」

 小袋をおばさんに手渡す。

 ニコニコしながら、おばさんが話しだす。

「繁盛しているみたいだね。良いことだよ」

 月の雫を入れた小袋を戻し、銅貨を受け取りおばさんの話しは続く。

「そういや、王都の噂を拾ってきたよ。何でも王都でやってる劇場が大評判なんだってさ!華やかな話しだねぇって商人仲間に言ったら、話し自体は悲しいらしいんだがね?看板俳優の演技が素晴らしいってんで大人気なんだとさ」

「そうなんですねぇ」

「あたしも1回見てみたいもんだよ…かなりの美青年らしいからねぇ…あははははは!」

 薬草屋の御主人が覗いたタイミングを見て言ったのだろう。

 ピクリとした御主人に大爆笑している。

 良い夫婦だと思った。


 店に戻り月の雫をミルで挽き、お茶を淹れる。

 一口飲むと清涼感が身体を駆け抜ける。

 ふぅっと軽くなる感じがとても好きだ。

 ジュリアンの幕は上がり、成功していると聞けて更に軽くなる気がした。

 良かった…と思う。


 月の雫を含ませた布でタロットカードを1枚ずつ丁寧に拭き、浄化していく。

 店内に月の雫の香りが満ち始めた辺り。

 バァーンと派手な音を立てて開いた扉に悲しげな鈴が後に続く。

 さらに、羽飾りの帽子に、赤い裏地のマントを翻し、優雅に舞うように登場…

「おぉ…運命の女神よ。私は戻って来た。あなたのこの清涼なる香りの元へ」

 …前回より数段動作が多い。

 濃さが増して見えるのは、気のせいか…?


 表情が引き攣らないように微笑を載せる。

「どうぞ、こちらへ」

 軽やかな動作で椅子に座るジュリアンに、お茶を淹れ、差し出す。

 私の分も用意した。

「ようこそ。舞台は大盛況と聞いています」

 ジュリアンは頷くと、片腕を私に向け、反対を胸に当て告げる。

「すぐに伝説として語られる様になるさ」

「…そうなのですね」

 …表情筋、頑張って。

 ジュリアンがお茶を一口飲み、ふうと息を吐く。

「だが、1つだけ白状せねばなるまい…実は、君から授かった教えを意識するあまりに、本番中に少し…ちょっとした失敗をしてしまったのだよ」

 ヒュッ

 思わず息を飲んでしまった。

 ジュリアンは気付かないフリをして話し続ける。

「いや、大した事ではないのだが…結果は劇的なものになってね…」

 冷や汗が出る。

 私の発言が元で失敗させていたら…

 それも御貴族様に…

 平民なんかケチョンと一瞬で消されてしまうではないか…

「まぁ、そんなに緊張せずに聞いて欲しい。舞台の最終局面での事だ。かつての私は、情熱のままに叫び散らかしていた場面なんだが…」

 ジュリアンがお茶を飲むのに合わせて、私もお茶を飲む。

 口はカラカラで、私の最終局面でもありそうだ。

 手に汗握る場面。

 全私が震えている。

「今回の私は、あえて動きを止め、静寂を表現する事にしたのだよ…ただ静かに、穏やかに。王が毒杯を煽る直前、気持ちを保つのに意識が向いてしまって、目算が狂って…」

「…毒杯を床にぶち撒けてしまったのだよ」

 それ大事件じゃないの?!

「それはかなりの失敗では?」

 あっ。

 思わず口から言葉が出てしまった…ヲワタ。

「ところがだ。観客はそれを、王が死への恐怖と生への執着の間で激しく激しく葛藤し、手が震えた末に…と。素晴らしい演出だと思い込んだのだよ」

 私はホッとしてお茶を飲んだ。

「会場は水を打った様に静まり返り、次の瞬間割れんばかりの拍手が巻き起こった。演出家も『あの瞬間、雷鳴が響いたかの様だった』と涙を流して私を抱き締めたよ」

 …心配をかけていたんだろうな。

 若干、ジュリアンの顔にも照れが浮かんでいる。

「私は学んだよ。完璧に演じるのではなく、予期せぬ揺らぎさえも調和させて素晴らしいものを作る事ができる、と。それが真の役者であると」

 素晴らしいものを見つけたみたいだ。

 それが何よりも嬉しい。

 ジュリアンは、お茶を飲み干し、机の上に銅貨を載せる。

「美しき運命の導き手よ。また私が迷宮に囚われた時は、あなたの香りで癒し、道を照らしておくれ?」

「私が必要とされるならば」

 ジュリアンは立ち上がると礼を取る。

 間違いない。

 上級貴族の礼。


 カランと軽く音を鳴らして去って行った。

 掴めないお人のようだ。


 夜。魔石のランプの下で日記をつける。

『今日は、看板俳優が再び訪れた。節制の意味を解釈し、彼の中に落とし込んだようだった。失敗さえも素晴らしい成功に変えていた。彼の礼は特別なもの…だが今はただ、新しい一歩を踏み出せた事を祝福しよう』


 店の隅で水晶玉が、微笑んでいるように鈍く光っていた。

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