女教皇との出会い
月の雫をミルで挽き、ハーブティーを丁寧に淹れ、ゆっくりと飲む。
清涼な香りを身体に取り込んで心を落ち着ける。
月の雫を湿らせた布で相棒の浄化を始める。
1枚ずつ丁寧に。
ふと、先程薬草屋で聞いた話しが過る。
「お嬢ちゃん、いらっしゃい。いつものだね?」
「はい」
薬草屋に持ってきた小袋を渡す。
薬草屋のおばさんは、月の雫の棚を開け、ヘラで3回すくい小袋に入れる。
「はいよ。そうそう、お代は前の時のに戻したよ」
「そうなのですか?」
「なんでも、上の方で隣国と組んで謀反を考えてた 奴等が捕まって、値が元に戻ったんだってさ。そこん所は、他の商人達の方が詳しいんだけどね」
おばさんは、薬草の事に重点を置いているせいか、世間の流れには疎いと前にも聞いていた。
「御貴族様にも詳しくないからねぇ…薬草の事に絡めれば、何とかなんだけどさ。知の家門だ何だって言われても、さっぱりだったよ」
「知の家門…?」
「知の家門の御貴族様が謀反を考えてたんだってさ。武の家門に叩き潰されたってね。そこだけは、覚えて来たんだよ?」
「あとは、からっきしだったさ」
と笑う薬草屋。
知の家門…自分が逃げ出した一族も、そう言われてはいなかったか…?
ふぅ…
浄化の途中だった。集中しなければ。
集中。集中。
朝のルーティンも終え、店内に月の雫の香りが満ちた頃。
路地裏に重厚な馬車の音が響いてきた。
御貴族様だ。多分、女教皇の。
『いずれ』の言葉が耳に蘇り、僅かに震えが走る。
先代の水晶玉を見ながら、大丈夫と口の中で噛み締め、ハーブティーの準備を始める。
店の前で音が止まり、入り口から鈴の音が聞こえる。
現れたのは、老商人ベルンと以前訪れた伯爵夫人。そして侍女だろうか?侍女にしては、服装が違い過ぎるが。
皆、それぞれに柔らかな微笑みを浮かべている。
「こんにちは、占い師様。今日は御礼を伝えに参りました」
3人そろって礼を取る。
ヒィッ
「おやめ下さい!たかが占い師にそのような事はっ!」
悲鳴の様に言葉がうわずる。
本当にやめてぇっ!
内心は涙と怯えで大パニックだ。
3人は顔を上げ、ベルンがイタズラな顔で笑う。
「驚かせてしまって、申し訳ない。けれど、これでも足りない位なのだよ?」
「おやめ下さい…もう充分所か、過剰にございます…」
「ふふふ…ベルン。イタズラが過ぎたみたいよ?ごめんなさいね?ふふふ」
勘弁して下さい…
「椅子は御嬢、テレジア様が宜しゅうございますな」
だから、名前を聞かせないでぇ!
ベルンが椅子を引けば、テレジア夫人が座る。
この方々は、個人情報の漏洩が過ぎる!
そっとハーブティーを淹れ、ハッとする。
侍女ではなく、御令嬢では?
目を見開いて令嬢に視線を向けてしまった。
「あら、気付かれてましたのね?今回は侍女だと思って下さいね?」
おずおずと頷き、テレジア夫人へとお茶を差し出す。
自分の椅子に座ろうか躊躇ってしまった。
「占い師様、どうかお気になさらず、お掛け下さい」
御令嬢本人から言われてしまえば、座るしかない。
こうなれば、私の分もお茶を用意するべきだった…
飲み込めるかわからないが、精神安定剤は大事である。
胃が捻り切れそう…
そっと御令嬢を伺うと、穏やかに微笑んでいる。
その目には、知識と慈愛が宿っている。
彼女が女教皇だ。
1つ頷く。
テレジア夫人が、お茶を一口飲み、一息。
「では、今回の事、全てをお話し致します」
「全ては御勘弁して下さいっ」
思わず反射で断ってしまった…
言ってしまった…
冷やかな汗で背中が滲んできた。
「テレジア様、イタズラが過ぎるかと」
「あら…ベルンばかりズルくってよ?」
…だから、お家でやって下さい、そのやりとり。
もう完全に涙目が表情に載ってしまった。
「あらあら、本当にごめんなさいね?ちょっと浮かれ過ぎてしまって」
「全く、御嬢様ときたら…」
「ちょっと、ベルン?」
胃が崩壊する3歩前だ。
「コホン。じゃあ、世間に回っている話だけに留めましょう」
それでお願いしますとの気持ちを込めて頷く。
「我が家門は武の家門フェルゼンブルク伯爵ですが、知の家門と派閥争いが激しく。それを危険視した王家が和睦の為に縁を結ぶよう王命を出したのが始まりでした」
白目。
情報の破壊力が過ぎる…
もしかして…?位の感覚でしか無かった考えが、形になって正解と告げられた。
もう、私の胃は死んだ。
「しかし相手方の伯爵家は和睦を隠れ蓑に、娘を人質にと目論んでおりました。我が家門を好きに使い。隣国の侯爵家と結託し、兵を潜ませ。武器や穀物類を貯め、謀反を起こそうと企んでいたのです。ベルンも巻き添えで引き込まれる所でした」
「私は御嬢様のほうに引き込まれましたが…」
「ベルン?」
「失礼致しました」
…和ませてくれようとしてるのか?
死人に鞭打ち情報でしかないのですが?
「娘のアリシアが情報を精査してくれた御陰で、私は王妃様と派手に動く事ができました。ふふふ」
パワーワードの火力が強い…
「最期は王宮での夜会で、磨り潰すことができましたの。ついでに隣国からもお掃除が済みましたと感謝のお手紙が届きましたの」
パワーワードの火は業火でした。
「本当に。占い師様には感謝しかございません」
「いえ。占いとは未来の可能性の1つです。占いを受けて動いた結果が最良であれば、それは動いた者達の功績にございます。感謝はそちらへ」
「もどかしい所ね…多大な感謝を積み上げたいのに、受け取り口は小さいのね?」
「御嬢様」
「もう。仕方ないわね…」
テレジア夫人がベルンのエスコートで席を立つ。
「あなたの御陰で家門は守られました。我々の感謝が、どれ程か形にできぬのが残念です…」
そう夫人が微笑み、ベルンが机の上に2人分の銅貨を乗せる。
「それでは、機会があればいずれ」
…お願いです。もう来ないで下さい。
内なる私が泣いている。
「お母様、私もお話ししたい事があるのです。少し残ってもよろしいでしょうか?」
「よろしくてよ?では、私はベルンと馬車に戻りますね?」
優雅な微笑みをこちらに向け、テレジア夫人がベルンを伴い馬車へ戻った。
…呆けている暇は無かった。
「…どうぞ、こちらへ」
御令嬢を椅子へと促す。
テレジア夫人のカップを下げ、御令嬢のハーブティーを淹れ、差し出す。
「ありがとうございます」
そう言い、御令嬢はお茶を飲んだ。
…飲むんですねぇとは言うまい。すでにテレジア夫人が飲み干しているのだから。
「貴方の占いで視て頂いた御陰で、私も嫁ぐ事なく、家門に残れました。ありがとうございます」
「占いは可能性です。それを行動に繋げた方々の努力があってこそ…随分と苦労をされたと思います」
御令嬢は微笑む。
「実際に動きを担った者達にも伝えます」
私も微笑む。
「…相談、と言うよりは、取り留めのない話でも大丈夫ですか?」
「はい」
御令嬢は頷くと話し始めた。
「では。私、今まで母の仕事に憧れを持っていましたの。武の家門に嫁ぎ、知識の部分を担当する母に。時に厳しい決断もしなくてはならない事も、わかっています。父を別の辺境の護りにと送り出さなければならず、母が決断した時も力になれないこの身がもどかしくて堪りませんでした」
穏やかな微笑を心掛け、頷く。
「今回の私の縁談も、引っかかる部分は有りましたが、母の決断に従うつもりでしたの…でも」
「今回は母が私を必要としてくれました。認めてくれました。それが、どんなに嬉しかったか…」
お茶を一口飲む。
「ですので、占い師様の所へ向かうと聞き、感謝を直接伝えたくて。ありがとうございました」
すうっと頭を下げる。
「感謝は努力をした者達に。勿論、御自身にもです」
御令嬢が不思議そうな表情を浮かべる。
「家門を諦めず、御自身を諦めず…御自身を進め続けた。そこにも感謝は必要では?」
「まあ!その通りですわね!」
そう言って御令嬢は朗らかに笑った。
「…そう言えば」
私を見つめていた御令嬢の目に知性が宿る。
「貴方の髪は、元は銀髪ではありませんか?」
ドクリッと心臓の音が跳ね上がった。
「答えなくとも良いです。少しの雑談として受け取って頂けるだけで」
言葉を一度切った御令嬢。
知性の色が深まる。
「今回、謀反を企て、潰された家門はヴァイスハイト伯爵家。家門の血筋の者達には銀髪が多くいる一族ですが…」
っ?!
なっ?!
えっ?!!
「謀反を企てた事で、一族の者達には極刑を始め、重い罰が与えられました」
ヒュッ
きょくっ…?!
衝撃が強過ぎて目を見開いてしまった。
「伯爵、伯爵夫人、2人の令息。御息女もいたそうですが、行方不明となり既に死亡届けが出された為、そこは問わないとの事でした」
「あっ…」
うっかり漏れた安堵の言葉に御令嬢は頷く。
バレてしまったらしい。
色々と。
「ただの雑談でしてよ?では、このへんで」
机の上に数枚の銅貨を載せると、御令嬢は立ち上がった。
「私を含めて。我が家門は、中々に忠義に厚い者の集まりでしてよ?そこが自慢ですの。それでは、また」
1つ軽い礼をして去って行く御令嬢の背中を見つめる事しか出来なかった。
机の銅貨を集める指が、涙で見えなかった。
夜。魔石のランプの下で日記を書く。
中々、羽根ペンが進まない。が。
『今日は、女帝と共に女教皇が訪れた。2人の力で断ち切った鎖は…私の鎖をも切り裂いてくれた。初めて自分を視た時、出たのは死神。恐怖が光に変わり、希望となった。路地裏に灯火を照らし続けて行ける。消す事はないだろう』
店の隅では、先代の水晶玉が変わらず鈍く光っていた。




