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路地裏の灯火  作者:
12/28

嗤う女帝

 アリシアは再び機密文書室に戻った。

 母が帰り次第、報告と依頼を伝える為に絞り込まねばならない。


 鉱山利権の書籍と、相手方の古い領地地図を机に広げた。

 どうやら、この廃鉱山は30年前に閉山されていた。

 元は鉄鉱石が僅かに採れていたらしいが、採算が取れず閉じたそうだ。

 多分、そう言った事情もあって流し易い人避けの噂だったのだろう。


 地図を見ると出入りの道が今とは少しズレていた。

 今の地図も開き、並べる。

 書籍に載っている道は狭かったので、よく滑落等の事故が起きる為に変更したとある。

 この道を辿れば…

 指で道筋を追う。

 …なんと言う事だ!

 主だった関所を通る事なく、我が領の関所まで時間を短縮できるのではないか?

 現在の道と重なり合流する場所は…ベルンの倉庫が多くある町ではないのか…?

 他に地図と重なる場所は…

 指を進める。

 ヒュッ

 息を飲む音が響いた。

 王都方面へ向かう道が。

 廃鉱山から直通出来る道が重なった場所は。

 現在、土木事業で悪路整備されている場所、だ。

 なんと言う…なんと言う事だろうっ

 身体が震える。

 点と点が繋がる線が、こんなにも黒く汚い物だとは…

 穀物類の買い占め。

 消息不明の穀物類。

 夜間の商隊。

 曰く付きの廃鉱山。

 わからない言葉。

 貸し切りの倉庫。

 我が領から直通の王都。

 隣国の侯爵領周辺の金属価値上昇。

 黒も黒。ドス黒いドロドロの線が出来上がる。

 悪魔の鎖がそこに見える。

 謀反と侵略。

 確実に断ち切り、消し去らなくては…っ!

 私の心に灯ったものが一層強くなる。


 母が屋敷に着いてすぐ、この予測を話す。

 物証を得る為、言い逃れる事が出来ぬよう、裏の者達を動かして欲しいと嘆願する。

 全てを聞いた母は、艶やかに微笑んだ。

 背筋が凍る程の美しい笑みだ。

「よもやここまで虚仮にされていようとは…アリシア。短い時間でよくやりました。後は、母に任せなさい」

 より美しく、凄絶なる笑み。

 あぁ…母はなんと素晴らしいのか…!

 感動で…多分、感動で震えながら、アリシアは母の背中を見送った。


 部屋を出た伯爵夫人は、すぐ執事を呼び、裏の者達へと指示を飛ばす。

 そして数カ所に手紙を用意し、気取られぬよう急ぎで届けるように指示する。

 久々にはらわたが煮える程の怒りが全身を燃やす。

 我が家門に汚い手を出す者は、全て消し去る!

 以前、夫が絡み取られた際は抵抗すらも出来なかったが…

 今は共に立つ叡智の結晶アリシアの存在が、伯爵夫人テレジアの炎をより強大に、より激しく燃え上がらせる。


 ―――消す


 暗闇の中、バルコニーに立つテレジアの周りには、燃え盛る業火の炎が幻視できた…と後に裏の者の1人が語ったとかなかったとか…


 翌日からテレジアは動いた。

 悪魔の鎖を断ち切り、消し去る完璧な舞台を用意する為に。

 相手の伯爵家が長男との縁談を決め、花嫁修業の一環で早目に家に来て欲しいとの連絡を受けた際には、執事も即座に退避する程の空気だったとか。

「愛娘を人質に取ろうなど、と。恥を知れ。いや、思い知らせてくれよう…ふふふ…」

 幸いにして、その凄絶な嗤いと呟きは誰も見る事はなかった。


 縁談を承諾する場を整えるとの手紙を相手方に送り、準備を整える傍らで、証拠はどんどんと集まる。


 曰く付きの廃鉱山。

 恨みを抱えた一家が、夜な夜な狂った声を上げている…

 そんな者は実在しなかった。

 実際には、隣国の潜伏部隊が数百人規模で配置されている。

 裏の者達が持ち帰ったのは、相手方の紋章が焼付けられた穀物類の袋と隣国の侯爵家を示す紋章の入った剣。

 大量に保管された所から1つを持ち帰ったそうだ。

 中には魔導剣も見られたとのこと。

 場所を印した物と共に証拠の1つとなった。


 ベルンの倉庫がある町周辺。

 夜な夜な現れると噂の商隊。

 滞在の拠点は余り知られていない廃屋。

 そこには、ほとんど物が置かれておらず、受け渡しをするのみだ。

 穀物類と武器、そして人の補充。

 夜を待ち廃鉱山に出立する。

 積荷を確認する事は簡単だったそうだ。

 昼間は町の食堂に無口な商隊として出るからだ。

 いつまでも廃鉱山暮らしは辛いのだろう。

 交代で町の食堂を利用でき、酒も1杯なら飲める、人気の任務であるそうだ。

 通り道の途中の花屋の娘も人気が高く、密かに想いを抱く者も多い。

 あと、最近できたメニューが食堂の1番人気である…と。

 廃屋の場所と店の場所を印した物が送られてきた。

 …教育的指導が必要な証拠の1つとして執事に渡した。


 ベルンから預かった独占契約書の写し。

 印章はないが、条件の項目は全て記されている。

 誰が書いたかわからない物と言われれば、それまでの物であるが。

 出す時を間違わなければ、疑うきっかけの1つ、もしくは決定打の1つになる。


 隣国の情勢と侯爵家の立ち位置を探らせた者からも情報はとどいた。

 それなりに成り立っている状態。

 我が国と同じように派閥同士が牽制し合っているのは変わらない。

 戦を肯定、反対で揉めてもいる。

 矛先が決まらないから、この話は広がっていない、と。

 ならば決めてしまうのが良いと考えたのが、この侯爵。

 戦の強行派閥だ。

 反対派閥の名簿を記した物が送られてきた。

 特に発言力が高いだろう人物に丸が添えられて。


 王宮からの招待状が各方面に届くのは、それからすぐの事。

 和睦の為の縁談について、王家が執り行う夜会にて発表をする、との内容だ。

 祝いの華やかさに浮かれ、相手方の伯爵家はやって来るのだろう。

 テレジアは嗤う。

 逃げ道は完全に閉ざしたのだから。

 後は、磨り潰すのみである、と。


―――――


 王宮の広間は、和睦の最終合意を祝う夜会の華やかさに包まれていた。

 その輝きの裏に、逃げ場のない断罪舞台を照らす思惑も含んでいるが。


 相手方の伯爵家に懇意な者達が、祝いの言葉をテレジアとアリシアに告げては去り、告げては去る。

 何処までの関係かは、もうテレジアの手からは離れている。


 にこやかに、艶やかに微笑みながら、傍らのアリシアと挨拶に回る。

 目を合わせ、にこりと微笑み合う挨拶。

 準備はとうに終わっているのだから。


 王家の登場を告げ、王族が広間に現れた。

 やや顔が青い王。その傍らで冷やかな美しさを湛える王妃が薄く微笑む。

「皆、今宵は和睦の為の縁談について王家が執り行う夜会によう集まった。礼を言う」

 広間中が一斉に深く礼を取る。

「面をあげよ」

 皆が頭を上げると、さらに顔色を青くした王が言葉を続ける。

「知の家門、ヴァイスハイト伯爵と令息。武の家門、フェルゼンブルク伯爵夫人と令嬢。前に」

 家名で呼ばれ、前に出て礼をする。

 相手方、ヴァイスハイト家も共に。

 王の視線が両家を捉え頷き、短く息を吸う。

 そして一息に。告げる。

「余はここに、和睦については誤りであった事を宣言する」

 一瞬、何を言われたのかわからなかったのだろう。

 ヴァイスハイト家の面々はポカンとした表情をした。

 広間でもざわついているのは、一部。

 ヴァイスハイト側か、全く両家に関係が無かったか。後者が多い事を祈るのみだ。

 ハッとした伯爵が言葉を取り戻した。

「それは、一体何故でございますか?我々は王命で、」

「それが誤りだったとフェルゼンブルクから報告が上がったのだ」

「何ですと?!」

 伯爵はキッとこちらを睨み付けてくる。

「どう言う事だ?!王命であるのだぞ?!国の為であるぞ?!」

「王命であればこそ。国を思えばこその『否』でございます」

 テレジアは、穏やかに続ける。

「我が家門を隠れ蓑にし、国の在り方を変えようとする方々と縁を結ぶ訳には行きませんので」

「なっ?!」

 ギョッとする伯爵。まさか知っていたのか?など、この場所で言える訳には行かない。

 だが。

「そんな言い掛かりをつけおって!愛娘を嫁がせたくないからと、証拠も無しに!」

 テレジアは首を傾げ、一層艶やかに微笑む。

「なっ?!」

 ゾクリとして思わず半歩下がる。

 見惚れる程の笑みが恐ろしい。

 が、それ所ではない。

 伯爵家に所属している使用人に合図を送る。

 スッと消えた使用人から視線をズラす。

「その愛娘を人質にと画策されるとは…赦せると思いまして?」

 凄絶な微笑み。

 真正面から目撃してしまった伯爵の顔色が変わる。

 広間を背にしているので、直に笑みを浴びたのは、伯爵。

 と、顔色を失くした王。王妃の微笑みも連動している様子に体温も下がるようだ。小さく指が震えている。

「だ…だが、証拠が」

『証拠がない』と言い切る前に、広間の扉が開き、伯爵は目を見開いた。

 先程、駆けさせた使用人が拘束されて捕まっていたから。更に確保している人物。

「フェルゼンブルク伯爵?何故?」

「武の家門は国の有事に目を光らせるべき。と。そなたは言っていたではありませんか。国に謀反を企む者有りとなれば、動きを見せない他国よりもこちらの方が大事になります。呼び戻しますでしょう?」

 王妃はそう言い、美しく微笑む。

「貴殿が廃鉱山に潜ませていた隣国の部隊は、既に私が率いる辺境守備隊が制圧した。証拠となる兵士と武器は、既に王宮に渡っている」

 ギラリと鋭い眼光をヴァイスハイト伯爵に向ける。

 その視線だけで首を跳ね飛ばす勢いだ。

「なっ…何の事にございましょう?隣国の部隊?私は一体何の事か…」

 どうにか罪を逃れたい伯爵は必死である。

「往生際が悪いとはこの事ですわね…そなたが駆けさせた使用人にも話を聞きましょう」

「わ…私は何も」

「王妃様、横から失礼致します」

「よろしくてよ?」

 テレジアが横から入り込む。

 どうしても赦せないからだ。

「1つ1つ挙げてみましょう。穀物類の買い占め。消息不明の穀物類の行方。夜間の商隊の噂の真実。曰く付きの廃鉱山の実態。幽霊の言葉の正体。貸し切りの倉庫を得る目的。我が領から直通の王都。隣国の侯爵領周辺の金属価値上昇。隣国侯爵家の狙い。そして我が愛娘を娶る意味。その全ての証拠を提出致しました」

 今度は王妃も横から入り込む。

「そうそう。隣国も今頃は似たような状況で現状が浮かび上がってる頃よ?助けはまず来ないわね?」

「なっ…」

 ガクリと膝をつく伯爵に騎士が静かに近づき、両脇を固める。

 令息もそろって、唖然としたまま騎士に促されて行った。

「母は強し、ですわね?」

「当然でございます」

 王妃とテレジアは、顔を合わせて綺麗に笑った。


 アリシアは起こった事を日記に残して行ったが、最後に2人が笑った後、間近にいた王の様子は記載せず日記を閉じた。

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