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路地裏の灯火  作者:
14/28

巡る世界

 朝。いつも行く薬草屋の品物の質が上がった。

「良い御縁があってね?良い品が出せるのよ」

 薬草屋のおばさんが歓喜に満ち溢れていた。

 月の雫の質も上がり、それに反して値段が下がった。

「ふふふ。良い御縁の御陰様さ」

 冷たい風の中、巡回の兵士の姿を見た。

 いつもの渋々とした表情が消えていた。

 屋台のスープの香りは濃く、豊かに広がり、パン屋から聞こえる声にもハリがある。


 いつもと違う光景。


 月の雫をミルで挽き、ハーブティーを淹れる。

 いつもよりも香りが高い。

 清涼さが身体中を駆け抜ける。

 相棒を月の雫で湿らせた布で浄化していく。

 1枚1枚丁寧に。

 …輝きが違う。

 頭に浮かぶのは女帝のイメージ。

 …感謝を積み上げてくれたらしい。

 質が上がった月の雫の御陰か、胃は正常。

 ふぅ…

 溜息が出た。


 午後。路地裏に洩れ出る香りに誘われて、1人の老人がカランと鈴を鳴らした。

 全身に異国の装飾品を身に着けた、疲れた顔の老人。

 月の雫の香りを探る様に吸っている。

「どうぞ、こちらへ」

 机の対面の椅子へ促し、お茶を差し出す。

「これは、月の雫の…」

 椅子に腰掛けた老人は、香りを味ってからお茶を飲む。

 ふう〜…長い息を吐いた。

「ようこそいらっしゃいました。今日はどのような運命をお探しですか?」

 穏やかに微笑む。

「…話しを聞いて貰えるか?」

 穏やかに、ゆっくりと頷く。


「私は世界中を旅して来たんだ…」

 老人は、ゆっくりと過去を見つめながら話し出した。

「かつての私は、探検家だった。様々な未知の土地を訪れ、何度も地図を新しくして行った。全ての地を巡り、色々な知識を拾い、遠方までも足を運んだ」

 お茶を飲む。息を吐く。

「知っているかい?薄い紙で扉を作り、更には紙を重ね合わせて鎧を作っている国もある事を」

 まるで障子と紙甲冑みたいだ。

 日本みたいな国もあるのか。

「海の底にも道があり、海底の洞窟を歩いて渡れる島がある事を」

 海底トンネル的なやつかな?

 随分と大変だっただろう。

「空に飛び出す魚や突き刺さる剣の様な魚。悪魔の如く絡みつく魚を」

 トビウオかな?スカイフィッシュかな?ダツだっけ?ソードフィッシュとかだっけ?

 悪魔の…タコかな?イカかな?

 美味しそうな話だ。

「高い山の上に出来た城壁都市や、氷で作った家を使う民族にも出会った」

 マチュピチュやイヌイットみたいな?

 色々な民族も多種多様に生活しているのだろう。

「世界の移り変わりも見てきた。新しく出来た国もあれば、滅んだ国もある。この国の消えた領地も以前は穏やかな日々を送っていた…」

 …ありましたね。

「私は全てを見てきた。全てを巡ってきたはずだったんだがな。だが、心にぽっかりと穴が空いているんだ。その穴から聞こえるんだ。『お前の終着点は何処にあるんだ?』と」

 老探検家は、お茶をゆっくりと飲んだ。


 私は1つ頷く。

 彼の心の問いかけを思いながら。

 タロットを広げ、ゆっくりと混ぜ合わせ、集中していく。

 1つに集め、3つに分け、再度1つにする。

 ワンオラクル。

 老探検家に1枚を選んで貰い、そのカードを机の上に残す。

 そして、静かにめくる。

世界ワールドの札」

 ハッと老探検家は息をついた。

 中央に女性が描かれ、雄牛や鷲、ライオンが象徴的に描かれたカードだ。動物は天使をさし、女性は完成された人格を物語っているとも言われていた。

 美しいカードである。

「この札は、あなたの長い旅が既に完成している事を教えてくれています」

「完成…」

 ゆっくりと頷く。

「どこか遠くへ行く必要はありません。あなたの歩いてきた全ての足跡が、今ここで1つの完璧な世界へと結実したと告げています」

「私が…結実…」

 老探検家は、お茶を飲んだ。

「世界をぐるりと周り、終わりと始まりが1つに繋がりました。外での探検は素晴らしい大成功として完結したのです」

「…完結」

 老探検家は溜息をついた。

「これからは、内なる充足に目を向けるべきではありませんか?」

「これから…これからか」

 老探検家はジッとカードを見つめた。

「世界は、1つの終わりと完成であると同時に、新しい始まりを語りかけています」

「新しい始まり…だがもう身体が…」

 老探検家は膝をさする。

「紙を使用して甲冑を作る国。海の底の洞窟に摩訶不思議な魚。多種多様の民族。国の終わりと始まり。世界は本当に広く、時に残酷でいて、それでもなお美しい。そんな世界で得た物を託し始めても良いかも知れませんよ?世界を周るように、知識もまた巡る…」

「…そうか。そうだな」

 老探検家のくすんだ目に、明かりが灯る。

「足を使わずとも、既に足跡は全て私の中にあるんだ。世界は広い。広い世界を次世代に繋げて行くのが、私の新たな歩みになるな」

 ぐっとお茶を飲み干し、机の上に銅貨を数枚載せて、老探検家は去って行った。


 銅貨を回収しようとした瞬間、派手な音を立てて扉が開いた。

 …ゼノである。


 ゼノは店に入るなり、物凄い速さで机の対面の椅子まで来た。が、座らない。

 そして、思いきり万遍なく私を見ている。

 観察されている風ではないが、落ち着かない。

「あの…今日はどのような…?」

 ジッと見つめて来る視線が変わらない。

 前の客のカップを下げる。

 お茶を淹れ差し出すと、ストンと椅子に座った。

 呆然として見えるのは、気のせいか?

「無事だったのだな…」

「えっ?」

 ドキリとした。

 何に対しての無事なのか?

「いや、御貴族様の馬車が何度も来たって聞いた…からな」

 若干しどろもどろだ。

「まあ、確かに数度いらっしゃいましたが…」

「占っただけ…か?」

「まあ…占い師ですので…」

「…そうか」

 そう言うと、お茶を一気に飲み干した。

「今、仕上げの所だったんだ。また来る」

 銅貨を数枚机の上に載せ、去って行った。

 ゼノの背中を唖然として見送った。

 一体何の為に来たのやら…

 お茶代となってしまった銅貨に溜息をついた。


 夜、魔石のランプを着け、日記を書く。

 いつもより明るく感じる。

『世界は回る。何があったとしても。終わりがあれば始まりも、また。形を変えたとしても、また回る。世界は美しい。そう思った』


 今夜のスープは素晴らしい味がした。

 …ゼノは何をしたかったのだろう?

 疑問もまた巡る。

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