真実の探求者
仄かに清涼な香りを持ち帰った母。
聞かされた話は、単なる占いと侮る事のできない内容であった。
彼の人は、随分と遠く、深く視る力があるようだ。
「ベルンの縁は、やはり得難いものですね…」
お祖父様に命を救われた事からの忠義というが、本当に助けられる。
「ただの占い、では証拠になり得ないでしょう。確かな形を持つ物が必要です。私は何とか時を保たせます。貴方も共に立つ覚悟はありますか?」
私は震えた。
母が私を対等の立場として見ている。
私の言葉を待っているのだ。
私の言葉に力が与えられる。
そんな機会がやって来たのだ。
「勿論です、お母様」
母は頷いた。
「では、始めましょう。我が家門の総力を持って」
私は深く頷いた。
私は微かに感じていた違和感を思い出した。
「お母様、1つ…いえ、2つ程お願いがあるのですが、よろしいですか?」
「聞きましょう」
母は視線で言葉を促す。
それがこんなにも嬉しいとは。
「まず1つ。ベルンをお貸しください。できれば商隊の流れや金額の出納も知りたいのです」
「ベルンの方も、物流網の洗い出しをしている所です。共に動く事を許可します」
1つ呼吸をする。
息を整え、もう1つ。
「もう1つは、我が家門の機密文書を含めた、全ての書籍を閲覧する許可を」
この権利は実質当主にしかないもの。
当主の専権事項だ。
母と目を合わせる。
真剣な視線が交じり合う。
母は頷いた。
「許可しましょう。望むままに動きなさい」
認められた。
私は深く礼を取り、退室した。
私の心に明かりが灯る。
翌朝。まずは我が家門の資料を確認しなければ…機密文書はその後だ。
資料を保管している場所へ向かう。
「資料を確認したいの」
「これは御嬢様。よろしいですよ」
「お母様から許可が下りたので、後で鍵も借りるわ」
「なんとっ!承知致しました」
作業をしている文官達の目が潤んでいるのに気付かないフリをして資料庫のドアを開ける。
照れている暇はない。
まず見るべきは、『領地通行許可証』と『徴税記録』だろうか。
狙い所は、以前ベルンから聞いた比較的検問の甘い関所だと予測する。
縁談についての話しが持ち上がり始めた辺りより前…3年前から追い始めた。
他の商会に強い関わりのある貴族が記載されている資料とを見比べて、通行頻度の高い商隊や商人の出入りを追う。
…既に3年前には敵対派閥に関与している商人や商隊は出入りしていた。
ただ、不自然なまでに頻繁にではない。
通行税についても、飛び抜けておかしい所は見られない。
そもそも検問が甘い関所と聞くが、場所的に通る者達も少なく、1年分をざっくりと見る事ができた。
コンコンコン
「御嬢様。1度休憩にいたしましょう。お茶の準備ができております」
ドア越しに執事の声が聞こえてきた。
「わかったわ。今行きます」
2年前までで1度区切りをつける。
2年前から今にかけて何も無ければ、更に遡る事も必要になる。
頭の中を切り替えるのも良いかもしれない。
「御嬢様。勝手ながら、昼食に軽い物を用意しました。つままれますか?」
「えっ?!勿論よ!」
執事は笑い、パンに肉と野菜が挟まれた物を出した。
「私達からしましたら、しっかりとした昼食を摂って貰いたいのですがね?」
と、ウインクをした。
「ふふふ…ようやく私もこのパンが食べれるのね」
「ピクニックと執務の片手間限定ですからね?」
「わかっています」
やれやれと言いながら執事はメイドと入れ替わった。
お母様も忙しいと、よくこの昼食で、密かに憧れていたのだ。
それを執事は覚えてくれていた。
とても嬉しい。
「やれやれ、御嬢様も休み知らずになってしまわれましたなぁ」
「付き従う我々の事を思って、適度な休みを入れて頂けなければ困ると言う事を忘れないで下さいね?」
「もう。お母様から何回も聞いていますよ」
「我々も何回も申し上げていますからね…大事な事なのでやめませんが」
「まぁ!なんて忠義者に囲まれているのでしょう!」
大いに笑いながら、文官達と楽しい昼食をとる。
できるだけ、これが続くとよいのに。
2年前。何も無かった。
1年前。流れが増えた。縁談の話が少しずつ囁かれ始めた辺りだ。
正確には1年と3カ月前。
記載上の積載物は安価な穀物類を運んでいる事になっている。
しかし、通行税がおかしい。支払われている金額が高額なのだ。
明らかに、表向きの荷物とは別の物が含まれている。
出る場合も入る場合も高額…
積載物は安価な穀物類や布、時折工芸品…
ズレが生じる商隊は2つ。関わる商人が3人。
徐々に頻度を上げている。
向かう先は、ベルンが語った隣国の侯爵領と我が国の王都。そして王都にほど近い政敵の伯爵領。
その年辺りの各領地文書を調べてみる。
穀物類の総力が減り、値が上がり始めている…
ここ2ヶ月の話だ。その後に和睦の王命…引っかかる。
何処を見ても、不作の領は見当たらない。
例年通り過不足無し。
…これ以上は、ここの資料には無い。
私は立ち上がり、当主専用の鍵を受け取りに静かにドアを開けた。
「御嬢様。奥様がお呼びでございます」
資料室を出た所を執事に呼び止められた。
朝早くに出掛けた母が、屋敷に着いてすぐ呼び出す程の用事。
「まず共にお茶を飲みましょう」
執務室に着いてすぐ、お茶となった…
「調べ物の邪魔をしてごめんなさいね?伝えておくべきだと思ったのよ」
母の顔と当主代理の顔。半々位の状態の今の母。
悪い話ではなさそう。
「まず我が家門に属する裏の者達も放ったわ。勿論、情報収集でね?王都とあちらの伯爵領。それと隣国の侯爵家周辺。気取られないよう慎重に進めるよう伝えたわ」
「裏…ですか」
「ええ」
何となく存在を予測していたが、はっきりと聞かされたのは初めてだ。
少し嬉しい。
「あと貴方の縁談の話で手紙を出したの。和睦を結ぶよう王命があったけれど、それは貴方が嫁ぐか婿に来るのかどちらかしら?って。だってあちらは、長男か次男、どちらかも伝えて来ていないわ。ふざけたお話ねぇ…って」
「…そうですね。私を引き受けて下さる方がはっきりとわからないのは、困りますね。旦那様になる方の御名前がわからないのでは、大変困ります」
2人でクスクスと笑い合う。
「嫁ぐならば養子を探して教育する必要があるし、婿に来るのであれば、その教育する期間もあるだろうし…その辺りはどうなってるのかしら?って丁寧なお手紙なのよ?私のお友達にもどう思うかお手紙したのよ。全員にね?お茶会にもたくさん行くつもりよ」
お母様のお友達には、王妃様も含まれていましたよね?
母は表で派手に動くらしい。
「まぁ!それは大変ですね」
「本当に。お粗末な対応をしてくれた御陰で、ほんの少しの時間ができたわ。さらに時間を作らせて貰いましょう」
「貴重なお時間の確保、ありがとうございます」
クスクス笑い合い、お茶を飲む。
そして先程見つけた情報を母に話す。
「…まだ足りないわね」
「はい…もう少し情報を追加できたらと思います」
「そうね…お互い、最善を尽くしましょうね」
「はい」
母の元から退席後、当主専用の鍵を握り資料室の奥へ…重厚な鉄扉の前にきた。
カチリ
震える指先で回した鍵は、存外に軽い音を鳴らし開かれた。
一歩、機密文書室へと踏み入る。
ここでやるべき事…
相手の伯爵家と繋がりのある、3人の商人と2つの 商隊についての詳しい情報を得られれば…もしくは何かのきっかけ。
家門が独自に収集し、長年積み重なっていく棚。
目的の棚を探し…見つけた。
極秘に探らせた信用調査報告書。
王都から届く市場調査の裏通達。
照らし合わせて見なくては。
…載っていた。
裏通達には、相手の伯爵家の不自然な穀物類の買い占めが記されていた。
度を越す物では無かったので、王都側では問題となってはいない。
ただ、他の小規模な商人達も買い付けが増えている。
商人は機を見て動くと言うから、直感で動き、値が吊り上がり始めたのかもしれない。
極秘に探らせた信用調査報告書にも同じく載っている。が、半数を輸出に回している。と書かれていた。裏通達には購入後の用途は記されていないので、より詳しく追う事ができる。
「っ?!」
続く信用調査報告書の内容に息を飲む。
他の小規模な商人達も品物を相手の伯爵領へと運んでいる。その先は記されていない。
…穀物類の予測総量が合わなくなっている。




