直感
オレ《ゴトー》は、気がつけば眼が赤く光るようになっていました。
さすがに化け物っぽくて嫌なので、隠蔽のための魔道具のコピーに没頭してしまいました。
……その隙を突かれました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然投げ掛けられた男の声に、強化された直感がうなじをチリチリと燃やすように危険警報を鳴らしていた。
何の変哲もない森林を背にした街道。
その街道が一部、蜃気楼が出たようにボヤけていた。
「《サワヤマ》殿!……どうして!?」
「おい……殿はやめろって言ってあるだろ……。」
剣呑な声質が蜃気楼から響いてきた。
2秒ほどかけて、無色だった蜃気楼が徐々に色付き、人型を形作っていく……。
そして声の主が出現した。
若い男だった。
「アマエラ……任務中か?……帰投予定を大幅に過ぎているらしいが何かあったのかよ? ソイツが関係しているのか? 」
『個体情報収集開始します』
完全に不意打ちを食らったことにオレは驚き硬直していたが、《エー・エー》の冷静なアナウンスで我に返った。
コイツが……《サワヤマ》?
アマエラが言ってたケウシプスにいる3人の“越境者”の内の1人ってやつか。
驚いたのはその若さだ。多分……大学生くらいか? 歌って踊るグループにいそうな綺麗な顔立ちをしている。女にモテそうだな……。
パッと見では、スマホ片手に繁華街をブラブラしてそうな今時の若い男の容姿に思えるが……。
でも……違うな。
直感が違うと教えてくれる。
《ラボ》で『ジー・エー』に提供して貰った『《魔力因子》に影響を与える魔物料理』を食べたことで、オレの《直感値》は大幅に上がった。
その結果「直感」という概念について大きな意識改革が起こった。なにしろ「なんとなくそんな気がする」程度だったモノが、明確な「数値」として提示されたのだ。数値可されたことにより「確かに備わっている力」として認識が書き換えられた。
その直感が、彼は平和ボケに思考停止して流行りを追いかけることに夢中になっているような人間ではない、と教えてくれる。
勿論「直感」以外の論理的な根拠もある。
情報通りならば、彼はオレよりずっと先にこの世界に来ている。
もしかしたら……戦争に参加したり、人も殺しているかもしれない。
平和ボケとは対局の、剣と魔法の異世界にいるのだ。
どんなスキルと兵器を持って越境したのかはわからないが……。
オレは目の前の容姿の整った青年から、まるで猛獣の檻の中に放り込まれたような威圧を感じていた。
「え、ええ……そうよ《サワヤマ》。彼に関する……任務中です。」
アマエラがオレを指したことで《サワヤマ》の意識がオレに向く。
いや……意識はおそらく最初から向けられていたな。
まるでこちらなど視界に入ってないような素振りの男から、一挙手一投足を観察されているようなプレッシャーを覚えた。
「……そいつは?……部隊のヤツか? 」
オレの方に体ごと向き直り、一歩詰めてきた。
併せて吹き掛けてくる“圧力”が1レベル上がる。
なんと言うか、猿山のボス猿が新入りを威圧して力関係を明確にしようとするのに似てる気がする。
これがマウンティングってやつか。
「いえ……彼は……。」
緊張した面持ちのアマエラが言い淀み、オレの方を向く。
こんなに速く接触してくる者がいるなんて想定してなかったし、いたとしてもそれが越境者だとは……まったく考慮してなかった。
対応に困っている空気がバリバリ漏れてるよ……顔にも「困った、ヤバイ、どうしよう」と書いてあるようだ。
よくそれで隠密が務まるよなあ……いや、だからか。
演出ってことか……わざとオレに?
何故だかは知らんが、どうやらアマエラは目の前の越境者を恐れているらしい。
だからわざとらしく動揺してオレに対応を丸投げしようとしているんじゃないか?
舌打ちしたい気持ちを抑えながら《エー・エー》とミーティングを行う。
相手の力量がわからないから何とも言えないが、取り敢えず穏便最優先でいきたい。こちらの出方として注意すべき点があれば教えてくれ。
『A:基本設定“創成魔法”の踏襲を進言です:《使役者》の直感値を根拠とした対話に死角無しです:個体アマエラへの返品を実行推奨です』
緊迫した空気だってのに……思わず吹き出しそうになった。
異世界に来てからオレはかなりの時間を《エー・エー》とのミーティングに費やしている。だからだと思うが……最近《エー・エー》の疑似精神がオレの緊張をほぐすツボを覚えてきてる気がする……。
「なんで黙ってる?……どこのダレかくらい言えないのか? こんな時間に二人で何をしていた?……隠し事は……嫌いなんだよ俺は! 」
考え事に耽って押し黙ったオレに対して目に見えるような怒気を放つと同時に、《サワヤマ》が目の前の空間から武器を抜き放った。
オレが知覚したのは、先程出現した時と同じような蜃気楼のようなモノが手元に出現したこと、そしてそこから長大な武器が現れたこと、その武器がオレの知っている日本刀のような片反りに鍔のある刀だったことだ。
《サワヤマ》の手に収まった刀は目にしただけで背筋が冷たくなるような威圧感を放っていた。これが……貸与された専用兵器か。まるで巌流島の決闘で佐々木小次郎が振るった刀のように長い。……オレの直感が《サワヤマ》本人よりも危険なモノと告げていた。
それにしても……どこから出した? もしかしたらコイツもオレの《隠蔽した飾り窓》のような、亜空間と繋がったアイテムボックスを持っているのかな?
そんな事を考えながら直感を元に口にしたのは別のことだった。
『私は《ゴトー》。申し訳ないが余り詳しくは話せない事があるんだよ。どこまで話して大丈夫かはアマエラさんが判断するので後で彼女に聞いてくれないかな? そんなことより……サワヤマ……君といったね? 名前から察するに、私と同じ日本人? 』
オレの今の格好を見て《サワヤマ》は「部隊のヤツ」かと聞いた。見た目では誤魔化せるってことだが……アマエラが即座に否定しかけて、オレに丸投げしてきた。つまりアマエラ的には嘘はつかずに越境者だと名乗った方がいいと言外に伝えている……そう判断して取り敢えず越境者として振る舞うことにした。
出来るだけ敵愾心を煽らないように呑気なトーンを意識して話しかける。
『すごいね……その刀……あの物干し竿みたいだな。』
効果は覿面だった。
「え?……あれ?……新しい越境者が来るかもって聞いてたけど……アンタなのか? てゆーか日本人!? マジで!? 」
後半は明らかに声のトーンに明るさが混じってきた。あれだけ危険な匂いを発していた刀も、肩に担がれてすっかり戦闘モードから解除されたように静かになっている。
わかるわかる。異世界で同郷の人間に会うなんて、外国旅行先で出会うよりも遥かに貴重な出来事なワケで、無意味にちょっと嬉しくなっちゃうもんだよなあ。
「なんだよー、アマエラも越境者確保に駆り出されてたのかー。教えてくれりゃいいのにさー。全然帰投しないし、こんな辺鄙なとこまで出張ってるし、ちょっと心配しちゃったじゃんよー。マジ最悪だわー。」
あからさまにテンションが上がってる。
さっきの威圧感はどこにいった……。
平和ボケした若者にしか見えない事のギャップに逆に怖さを感じるよ……。
素に戻ったのか、砕けた話し方でよくしゃべる。
しかも一回に話す口数が多い……そう言えば刀を抜く前なんて一気に4つくらい質問してきてたな……。
きっと思ったことは口に出さないと気がすまないタイプなんだろう。
感情の動きが丸わかりだ。
オレならしないなー。
これが若さかな……それとも色ボケか。
アマエラに向ける表情が、さっきまで一緒だったロップ君とよく似ていた。
彼の心に独占欲や嫉妬の揺らぎがあるのは一目瞭然だった。
これなら……上手く転がして簡単に話をつけれそうかな。
悪いが……同郷のよしみで仲良くなって、あっちに帰るスキルの取得の為に利用させて貰おう。
「……一応貴方にも情報は下りてきたとは思いますが……私の行動は極秘任務でしたので、この事はお忘れになって下さいね《サワヤマ》……時が来ればその時に説明しますので。」
後で説明しろ、とオレに投げ返されたアマエラは明らかに渋い顔をしていた。
「ところで貴方にお聞きしたい事があります《ゴトー》殿。」
「ああ、俺も聞きたいんだけどいいかな?……《ゴトー》……さん? 」
同時に質問。どちらも譲らずに言いきった。自己主張の強さが……やっぱり日本とは違うのかもな……。
『どうぞ。レディーファーストでいいかな? 』
ニヤニヤしている《サワヤマ》を見て言う。
彼は「いいよ」と頷いた。
悪い人間では無さそうだが……性格にはいくつか問題があるかもしれないな。
意味ありげにアマエラを見てニヤつく整った顔を見て思った。
「どうして《サワヤマ》の専用兵器の名前を……? 」
知っていたのかビックリってか。
やっぱり“物干し竿”だったのか。
アマエラの疑問を聴いて我が意を得たりと《サワヤマ》が笑った。
一瞬、妙な違和感のようなモノを感じた。
嫌なことが起こりそうな「直感」がした。
だが……今は《サワヤマ》との対話を進めるべきだな……。
オレは「直感」が告げた不安の靄を振り払い、彼に追従すべく同調したように振る舞って笑う。
『知っていたわけじゃない。ただのあてずっぽうです。』
「俺達がいた国じゃ有名な武器があるんだよ。《ゴトー》さんはそれと特徴が似てるから言い当てたのさ。ちなみにコレは“物干し竿”って名前のオレの武器ね。貰うときに「物干し竿っぽいなあ」と思ったらそのまま名前に付きやがってさあ。専用兵器ってわかる? 」
オレの話を受けて《サワヤマ》が親しげに続ける。
……良かった。どうやら問題はなさそうだ……。
『ああ。わかるよ。オレにもあるから。それにしても……本当に“物干し竿”だったのか……凄い迫力だねえ。』
「それほどでもないと思うけどな。俺達の武器はどれも似たようなもんさ。《ゴトー》さんのもそうだろ? 」
二人の説明を聞いて感心したように納得していたアマエラの顔が、突然恐怖に歪んだ。
オレの腹に“物干し竿”が突き立ったからだ。
余りにも自然に、余りにも滑らかに、凶刃が振るわれた。
一瞬遅れて知覚された痛みが腹の辺りで暴れまくった。
「ぐうああっ……」『ぐうああっ……』
激痛に思わず漏れた自分の声と翻訳機・改から流れる音声がシンクロした。
青天の霹靂だった。
オレは《サワヤマ》からの攻撃をまったく感知出来なかった。
ブシュっ
痛みに苦しむオレの腹から無造作に“物干し竿”が引き抜かれる。傷口が広がることも気にしていないようだった。
腹に刃物が突き立てられた経験などしたことがない。
焼けるような痛みという表現をまさに今体感していた。
身体中から脂汗が吹き出してくる。
耐えきれず膝から崩れ落ちるオレに《サワヤマ》の冷たい声が降ってきた。
「で、俺の質問だけど。」
「な!?……何をするの《サワヤマ》!?」
痛みに悶えながら見上げた《サワヤマ》は、アマエラの抗議を何処吹く風と流して余裕の表情でオレを見下ろしていた。
『緊急事態です:回復オーブの速やかな発動を進言です《使役者》』
「なんで越境者の癖にこんなに弱い? 」
《エー・エー》の緊急事態コールと《サワヤマ》の問いかけ、腹を抉る痛みにパニックになる。
「おまえ……何なんだ? ステータスもカスだし……身体中おかしいな? 」
コイツ……ステータスを見れるのか……!
「マジでおまえ何者って感じなんだけど? 《ゴトー》さんよ。」
あの瞬間感じた違和感を重要視すべきだった。
直感が告げた事実を信じる事が出来なかったオレの心の弱さに痛烈な罰が下った。
オレは……対応を間違えたようだ。




