鏡
オレ《ゴトー》は知らなかった自身の体質を学びました。
これからは鏡チェックの鬼になろうと思います。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「“魔眼”と称されるモノに対しての認識は国家や宗派によって異なる点もあり、また血縁やスキルとの関連性も完全に解明されたワケでは無く、あくまでも総称なのですが……フィームダト歴と共に魔力が誕生して以来、このアーテラでは《魔眼の勇者》と称えられた存在が度々登場しているのです! 例えば865年に西のイズー大陸の中央に位置する竜王山脈を縄張りとしていた竜族の支配者と戦い、それによって初代バーマーン帝として帝国の祖となった“古の破竜王ザングムト”は、竜と意思を通わせた伝説の魔眼“竜帝眼”を持っていたことがケウシプスの文献にも伝えられておりますし、他にも有名なモノで言うと1300年代に南のシャバンザ大陸を魔王達が支配していた時代に、人間の身でありながら魔王戦争に参戦し覇者となった“暗黒大陸の解放者パーヤシュ”は、獣魔王をも打ち倒した光の魔眼“閃光眼”を所持していたと聞き及んでおります。そして!……我がケウシプスの祖となられた“始祖たる巫女アマーシャ”様が315年にこのケウシプス国家群をイズー大陸の悪魔達より切り離す為にお使いになられ、さらに現在に至るまでケウシプス王国の王族に綿々と受け継がれて『魔眼継承説』として一石を投じた“運命眼”こそが今なお私達を守って下さっている究極の魔眼なのです……! ああ、ちなみに六曜の幼年部の者でも一発で覚えられるようなとてもよい覚え方があるのですよ! 古の賢者が考案した56式記憶法と言うのですが、年号を言葉に置き換えて記憶するのです……『イズーよりさあ行こう新しい時代へ』が《始祖アマーシャの奇跡》の56式ですのよ。ああそれから私たちのように名前にアマーシャ様から文字を頂いている女はケウシプスに大変多いのです。ああ!すいません沢山話してしまって……つまり、もしかしたら……《ゴトー殿》のその“赤眼”も魔眼の1種に数えられているのかも知れませんね……! 」
頬をピンクに染めて興奮収まらぬまま猛烈な勢いで言葉を並び立て話すアマエラ。
じ、情報が多すぎる……。
それにしてもこの女……魔眼の話になったとたんにおかしなテンションを露呈しやがったな……。
アマエラはやっぱり……アマンダと同じ精神構造をしているのかもしれない。
オレは南ヤーマーナ村で別れたアマエラの残念な妹のことを思い出していた。
『ハチ』の腹をまさぐり激しくモフモフを仕掛けて恍惚としていたアマンダの表情と、目の前で魔眼について熱く語るアマエラの表情とがそっくりだった。
これで隠密を得意とした集団のリーダーだとは……見えないなあ……。
それにしても56式にグラサンって……語呂合わせとサングラスだよな……べーテラ人の関与の匂いがプンプンするんだが……。
若干引きつつも彼女が差し出した魔道具“グラサン”を手に取ってみる。
魅了状態の書き換えを行うべくステータスの偽装を実行しながら《エー・エー》とミーティングを進める。
コレなら……コピー出来るんじゃないか?
《エー・エー》分析できる?
『A:分析不要です:保持情報群に該当項目確認:必要素材のストックも問題ありません:創成可能です《使役者》』
おお、そうか。じゃあ……形状および外装はそのままでオレの顔に合わせて微調整して……魔法効果発動! 創成開始!
《エー・エー》への指示と同時に僅かの魔力消費が実行された瞬間に“グラサン”コピーの創成が完了した。
装備をコピーしたときと同じように今度はアマエラが引いていたが、構わずコピー元として使わせて貰った魔道具“グラサン”を返す。
そして今創成したばかりの“グラサンコピー”を顔に向ける。
さてと、早速装着してみよう。
……おお、掛け心地はかなりいいぞ。
しかも……コレはオレの知ってるサングラスと違って、外観は光を通さない黒いレンズなのに、視界が一切暗くならない……!
まるで見た目だけサングラスの伊達眼鏡みたいにクリアな視界だ。
さすが魔道具ってことか。
ちなみにコレをかけたオレはどんな感じなのだろう。
ああ、何とか自分の姿を見れないかな……森沿いに続く街道の途中に鏡なんてあるわけないしなあ……雨が降った形跡もないので水溜まりも当然ない。
あ、なんか創成すればいいのか。
《エー・エー》、鏡みたいなもの創りたいんだけどいけるかな? オレの記憶探ってくれてもいいからプランよろしく!
『A:外見情報の視認更新であれば魔導兵“スパ太”と“パロ助”に搭載された映像投影機能が活用可能と進言です』
んん?……そういえば……道具設計図を作ってたときに……『伝令能力の為にもビデオ撮影機能つけて、目からピカーっと立体映像を映せるようにしよう』……ってヤツ入れてたな……。まとめて魔導兵を創成したからゴチャゴチャになって忘れてたわ。
《エー・エー》のアドバイスでその機能の存在を思い出したオレは、創魔の魔術杖のホルダーに収まっていたパロ助の頭を撫でて念話で指令を飛ばす。
指令を受諾したパロ助が起動後オレの前で2秒ほどホバリングしながら目をチカチカさせている。
そして地面に降り立ち翼を広げたポーズで静止したら、チカチカ光る目から1m程先に向けて光を照射した。
パロ助の前に人型の映像が現れる。
おー映った映った。
そこには精巧で揺らぎも少ない等身大の立体映像として投影されたオレがいた。
右手を上げる。
立体映像のオレがタイムラグ無しで右手を上げる。
左手を付きだして立体映像に向けて有名な宇宙人のポーズを取る。
立体映像も左手を上げて指を指すポーズ。……何故かパロ助も同じポーズを決めている……何故だ?
あ、やっぱりちょっとずれるな。
立体映像は鏡写しでは無かった。
忠実にオレの映像を、どうやってるのかわからないが360度完璧に再現している。
だから正面で向き合って『トモダチ』するには体を捻って角度調整が必要だ。
なんか電気屋のビデオコーナーの気分だなあ。
微調整をして指先を合わせて……よし、出来た。
宇宙人ポーズで指先を触れあわせる事に成功したオレは、大満足の表情でアマエラを見る。
あ……なんかポカーンとしてるな。
ちなみに立体映像のオレは当然真逆をむいていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アホなことをしている場合では無かった。
何となくアマエラに残念な者を見る目で見られてそうなので本題に入ることにする。
立体映像の自分を見て“グラサン”の様子を確認する。
うん、問題は無さそうかな。
ただコレは見にくいなあ。鏡で自分を見るイメージで真っ正面に立って顔を動かすと、鏡とは逆に動くからだ。感覚的にズレがあるというか、違和感があって凄まじく見にくい。
せめて映像の停止とかタイムラグをとっての投影とか出来ないかなあ。
その時、目の前のオレの映像がピタッと止まった。
おお、映像の停止も出来るんじゃないか!
第三者視点で自分の容姿をチェックすることは思いの外新鮮な体験だった。
立体映像の周りを回って状態のチェックをしていると、突然映像のオレも何かをチェックするかのように動き出した。どうやら大体10秒ぐらい前にオレがやっていた動きをタイムラグをつけて投影しているようだ。
背後から映像の投影を続けているパロ助が得意気にポーズを決めている。
タイムラグの投影も出来ることをアピールしているっぽい。
使役者であるオレにはパロ助の疑似精神の心の機微が伝わってくる。
『うん、すごいぞパロ助。色々出来るんだなあ。じゃあ今度は重要な事を試したいから、真正面を向いた状態で停止した映像に切り替えてくれるかな? 』
物凄く褒めて欲しそうな意思をパロ助から感じたので、頭を撫でて応えてやりながら注文をした。
再び停止した映像の前に立ち、さらにオーダーを追加する。
『今から創魔の魔術杖を使った後で、この“グラサン”を装着するから、その時の映像を投影してくれ。』
オレの動作を待ってから、オーダーに忠実に従って立体映像が投影された。
その立体映像を見て……オレは言葉を失った。
目の前に眠そうな垂れ目をしたおっさんがいる。
若干丸みを帯びた輪郭には無精髭と顎髭が貼り付いている。
突然、男の眼が赤く輝いた。
一瞬後には男の眼球全体が……静脈から流れた血のように赤黒く変色していた。
およそ人間のモノではなかった。
魔王の因子……。
男は鈍い赤に輝いた眼を隠すように魔道具を装着した。
そのサングラスは魔道具としての能力を発揮して、男の赤い瞳を完璧に覆い隠した。
映像はサングラスのような魔道具を装着した後、間抜けにも口を開けて驚いた顔をしている男の顔で停止した。
男はもちろんオレだった。
見慣れたハズのオレの顔。
しかし……知らないおっさんの顔を見たような感覚に襲われた。
いつも見ていた鏡越しの自分の顔と映りが逆だからか。
それとも異世界に来てからの体験が人相に影響を与えたのか。
まるで犯罪者のような険しい顔をしている……。
誰だコレは?
それが率直な感想だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一瞬の自失から復活したオレはアマエラに向けて話しかける。
『どうやらこの魔道具のお陰で、無事に赤眼を隠すことが出来そうです。私は創成魔法で創ったこちらの“グラサン”を使いますので、お借りした“グラサン”はお返ししますね。その魔道具の価値は存じませんが、おそらく魔眼への造詣が深い貴女にとっては大事なモノだと思いますので。』
「……決して軽賎な魔道具ではありませんわ。ケウシプスにおいて所持しているとしたら先程お話しした2名の魔眼所持者と私だけかもしれません。だから……ありがとうございます。……それにしても……《ゴトー》殿は……本当に簡単に……どんな物でも創成されてしまうのですね……。」
イケイケで実力アピールをし過ぎた。少し下げておかなければ……。
『私にも……限界はありますよ。詳しくはお伝えできませんが……出来ない事も多いのです。』
謙遜としか捉えられないような凡庸な答えを返しながら魔眼について考えていた。
うーん……そもそも魔眼ってなんだろう?
ちょっと眼から何かしらの効果や影響を発揮する眼を魔眼って言うなら……オレも魔眼?なのかなあ。
『先程言っていたケウシプスにいるその千里眼というのは……おそらく遠くの状況を確認したり、気配を探ったりするものだと推測しますが……確かに私の眼にもそのような能力があります。そういう意味ではこの赤眼も魔眼なのかもしれませんね。』
実際は《エー・エー》先生と使い魔ズの合わせ技によるチート千里眼なんすけどね。
だが魔眼の所持者という肩書きを持っていれば、万が一《創魔の魔術杖》を使用した際に赤眼に変わったのを目撃されても騒ぎにならずに済む護衛手段として有効かもしれない。
せっかく評価が上がってるようだし、下げるのは家に帰れるようになってからでもいい。
なのでここは積極的にぽくいってみることにした。
「ああ!……道理で私が隠密スキルで潜伏した場所を特定されたワケか……アレは驚きました……。もしかしたらヨーゼフの千里眼よりも強力な能力を持った魔眼かもしれない……赤眼の魔眼……あったかも……。」
なんか……魔眼の話になった途端に情報を漏洩しまくってるけど大丈夫なのかコイツ……?
「コレは帰投次第……無理矢理にでも《サワヤマ》をスルーして……王立書庫の蔵書にある魔眼事典を調べて……」
「誰を“スルー”するって? 」
突然、男の声が聞こえた。
瞬間的にうなじの辺りがチリチリする嫌な感覚が押し寄せる。
振り返るとさっきまでトリップ気味に自分の世界に入っていたアマエラの表情が凍りついていた。
焦燥と恐怖の表情で塗り潰されたアマエラの表情が、前方5m程先の空間を凝視したまま動かない。
アマエラの視線を縫いつけた空間には、ぼやーっとした揺れが……まるで蜃気楼のような揺らぎがあった。
その蜃気楼が徐々に人型に実体化していく。
そして、オレは初めて越境者と呼ばれる存在と遭遇した。




