二十三 ヤマナカコNGRシセツ03
彼女のイントネーションから察するに、おそらくはユピテル所長、だろう。この施設の責任者だろうか。
「じゃぁ、メテルディ。案内してくれるか?」
「わかった。来て」
奥の廊下へと進む彼女の後を、一定の距離を保って追う。あまり近付きすぎると、不安な気持ちにさせるかもしれないからだ。
「ここの部屋なの」
ドアノブが高い位置にあり、子どもでは届かないようになっている。
「少し、離れてろ」
何があるか分からない。メテルディにそう声をかければ、彼女も頷く。数歩下がったことを確認し、扉を開ける。
「これは――」
その部屋の中には、収染キノコと夜光苔によく似た、けれど少し形や色の違う植物が並べられた棚が、まるで規律正しい軍隊のように立っていた。
実験室だろうか。
「とりあえず、危険ではなさそうだ」
俺の言葉に、メテルディはトトト、と近付いてきた。
棚の一つ一つを見ていくと、それぞれの植物が水耕栽培のように器に入り、ラベリングされている。
それらは管に繋がり、部屋の配管へと続いていた。それが各器に二本ずつ。
「あぁ、なるほど」
この建物の中の空気が、驚くほどきれいだった理由が良くわかった。この部屋が、建物の大規模な空気清浄フィルターとなっていたからだ。
さらに奥に進むと、小さな庭があった。その庭にはいくつものガラス張りの壁があり、それぞれに汚染濃度を示す数字が記されている。
「へぇ。こりゃ今までの様子からして、試験農場の小さい版って感じなのか?」
ということは、この子どもたちは、もしかして何かの被検体なのだろうか。
様々な人種の子どもたちがいることが気になる。
もしも。
もしも本当にそうだったとして。
「俺に――何ができるか」
七沢温泉の元宿屋で、子どもたちを連れていくかを迷ったときにも感じた、無力さ。
わざわざ汚染されていて、子ども一人で生きていくのが難しい世界に引きずり出すのは、それはそれで大人のエゴだろう。
一緒にいる瞬間の哀れみで、どうこうしていい問題ではないのだ。
子どもは、守られていていい。
わざわざ谷底へと落とす必要はない。
それに少なくともここは、空気が綺麗だ。
「そうだ、食い物!」
気付けば俺の横にいるメテルディが、手を伸ばしてきた。
「ん? 抱っこか?」
「うん」
彼女を抱き上げる。
七沢温泉にいた兄のデルピニと同じくらいの年齢だろうが、彼よりもずっと重い。これは少なくとも、ある程度食事がきちんとできている証だ。
「メテルディたちは、ご飯はどうしてる?」
「ご飯は、あっちの部屋で」
彼女を抱いたまま、案内される方向へと向かった。
別の通路にあった部屋は、扉が開けっぱなしになっている。そこには、ここにいる子どもたちの人数であれば、十年はもちそうなくらいの干し昆虫や未成熟ジャガイモ、乾燥耐性エンツァイが置かれていた。床の一部が開けられていて、そこには耐汚染性植物が何種類も生えている。
被検体だったとしても。
この子たちは、ここで安全に生きていくことができる。
俺はサクマ兄妹を思い、そうして、比較する必要などはないのだと、首を振った。
「メテルディ。荷のことは何か、聞いてるか?」
「配達人さんに、あの棚の上に置いて貰えって言ってた」
彼女の指先は俺の肩ほどの高さにある棚を示している。
「あそこに?」
一度メテルディを床に下ろし、棚へと向かう。
「ああ……」
そこには、荷のロックを外す機能がセッティングされていた。
試してはいなかったが、預かった荷を開けようとしたら、ロックがかかっていて開けられない仕掛けがされているのだろう。
俺は鞄の中の荷へ、手を伸ばす。
手にしたそれは、両手で持つと俺の指先が少し余るほどのサイズだ。
「妙に緊張するな」
今までもこうしたロック機能は、何度も見てきた。中身の確認として、立ち会うことだってあったのだから、初めて扱う機能ではない。
それなのに、脈拍が早くなる。
「おじさん?」
「あ、なんでもない。少し待っててな」
俺が一向に動かないから、メテルディが不審に思ったようだ。
心配させても良くない。
荷を両手で持ったまま、ロック解除システムの上にそっと置いた。
ピピ、と小さな音が鳴ると、そのシステムから光がでて、壁に文字が映される。
「……ビーム文字?」
正確には、違うものかもしれない。
だが、俺はこれを示すのに、他の言い方を知らなかった。
ジジ、と音を立てながら、壁に映された文字がそのまま彫られていく。
俺がそれを目で追い、意味を理解するのに、しばしの時間を要することに――なってしまった。




