二十二 ヤマナカコNGRシセツ02
考えてみればシセツというのだから、何らかの目的のある施設なのだろう。
一体何の施設なのか。
「ま、考えても分からねぇしな」
スピードを落とし、塀に沿ってゆっくりとケリュケイオンを走らせる。
やがて重厚な門が現れた。木の門だったであろうそれは、苔が生え、あちらこちらが腐っている。
触れるとぼろりと消え失せそうな門は、中途半端に開いた状態だった。
ケリュケイオンを降り、その隙間を一人と一台でどうにか通過する。
中には、ガラスでできた扉がもう一つ。こちらは驚いたことに、何も腐食されておらず、きれいなままだ。
「この世界で、こんなにきれいなまま建物を維持できるなんて」
まるで、別世界にでも召喚されたような気がしてしまう。
「おっと。この建物の誰宛、とは指示がないんだよな。スタッフとかに渡せばいいのか?」
呼び鈴の一つでもないかと、ガラス扉の周りをうろうろとしてみるが、見つからない。
「もしかして、このまま中に入れる――とか」
近くにある柱にケリュケイオンをチェーンでぐるぐると繋ぎ、俺はそっとガラスの扉を押してみた。
ギイイ、と錆びたような音を立てて扉が開く。どうやら蝶番の音らしい。随分と開閉をしていなかったのだろう。
中に入ると、空気の質が全く違うことを感じた。
ゴーグルの空気清浄フィルターのリミットはゼロを示し、点滅している。
「あっぶなかったぁ」
あと少しでも遅れていたら、空気清浄フィルターはその機能を閉ざしていただろう。無事に時間内にここに辿り着いたことに、安堵した。
建物の中ということもあり、空気清浄フィルターとヘルメットゴーグルを外す。
「……すげぇ」
空気が美味しい、なんて初めて感じた。
鼻から思い切り空気を吸い込んでも、喉が痛まない。
今まで建物や地下などの、汚染が少ない場所で空気清浄フィルターを外してきたが、それでも空気を思い切り肺の中に取り込むことは、怖くてできなかったし、空気を味わうなんてことも、もちろんしたことがなかった。
そう。
吸い込んだ空気が美味しいと感じると、今度は味わいたくなる。
俺は馬鹿みたいに、何度も何度も深呼吸をした。
空気を満喫した後、周囲を見回す。
エントランスはがらりとしていて、何もない。
人がいない、なんてことはないだろう。だが、もしもここで人が倒れていたら? そんな不安が生まれそうな程、音のしない世界だ。
ただ、奥に階段があった。
階下に向かう螺旋階段。
「荷を渡す人がいなきゃ……困るしな」
まるで言い訳のようにそう呟くと、俺は音を立てないように、階下へと足を踏み出す。
螺旋階段は思ったよりも長く、二階分ほど降りただろうか。
「おじさん、誰?」
床に足を着いた瞬間、声がかけられた。
そちらに顔を向ければ、十歳ほどの少女がそこにいた。
黒い髪をおかっぱにし、やはり黒い少し垂れ目の二重の瞳でこちらを見ている。
彼女の後ろにも数人の子どもたちが、清潔な服を着てこちらの様子を伺っていた。
俺と同じような肌色の子もいれば、肌の色が濃い子も、薄い子も、それに栗毛や金髪の子もいる。性別も男女同じくらいだろう。意図して、様々な人種を集めたように感じるそれに、違和感を感じる。
「ここは、天国なのか地獄なのか」
思わず溜め息を吐く。
「お嬢ちゃん」
俺に声をかけてきた少女に向かい、しゃがみ込んで話しかける。しゃがんでも、目線は俺が少し高くなってしまうが、そこは我慢してもらおう。
「大人は、いる?」
彼女は何度か瞬きをした後で、首をふるふると振った。
「大人は、少し前に皆いなくなった、の。おじさんは、代わりの、人?」
代わり?
「前にいた人たちは、代わりが来るって言ってたの?」
「ううん。でも、何かが届くって」
それは間違いなく、俺の持ってきた荷のことだろう。
「大人はいつ、いなくなったんだい?」
「いつ……」
彼女は後ろを振り返る。他の子どもたちに助けを求めているようだ。
だが、他の子どもたちも首を振った。
「わからない」
「そうか」
俺と同じ人種に見える彼女の頭をそっと撫でてから、立ち上がる。
「ちょっと調べた方がいいのかもなぁ」
数歩歩いたところで、先ほどの少女を振り返る。
「そうだ、君の名前は?」
「フジワラ・メテルディ」
少しだけ戸惑った表情を浮かべるが、もう一度俺がしゃがんだことで、緊張を解いたようだ。
「そうか。俺はホウジョウ・エメス。配達人という仕事で、ここに来た」
「配達人さん!」
彼女は、俺の言葉に表情をぱっと明るくした。
「私、配達人さんが来たら、案内してって」
そこまで言って、ぴたりと口を閉ざす。
何かを思い出したのか、泣きそうな顔になっていた。
「うん。頼まれたんだな」
「――そう。ショチョーに」
「ショチョー?」
「ユピテルショチョー」




