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配達人の黎明  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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12/25

十一 かつての戦友・かつての……02

 だから、キルケーがオデウスと一緒になるときに俺は彼女に、「互いに生き残ろう」としか言えなかった。


「オデウスと二人で、ここで暮らしてた。少し行ったところに集落があってね。そこの人が怪我したとこを助けたの。それがきっかけ」


 今この世界では、たいていは出身の集落に身を寄せる。そこで、互いに持ちつ持たれつの手助けをしあって生きていく。俺やキルケーのように、出身場所がなくなった人間は、配偶者を見つけてその集落に入るか、孤立して生きていくか、または彼女たちのように、縁のある人ができてその人の所属集落を頼るか。そうして生きていくしかない。


「地底コオロギと花落ち菜花、それに未成熟ジャガイモを、奥で少しだけ栽培してんの。それを集落で他のと交換して、どうにか過ごしてるってわけ」


 彼女の目線の先には、畳が二畳分だけ外されて、地面が掘り起こされている場所があった。おそらくあそこで栽培をしているのだろう。


「なぁ、多摩川辺りから急に風がなくなったけど」


 俺の質問に、キルケーは片眉を上げた。


「ここは谷だってのに、一年位前から、風が来ないんだよ。――だから、まるで時間が止まったままみたいに感じる」


 キルケーの座る後ろには、ただの棒っきれに、オデウスとナイフで彫られたものが立てられていた。位牌の代わりだろうか。小さい頃、友人の家で見たことがあるそれは、人がどんどんと死んでいくこの時代、忘れられたような風習だ。


「明日が、命日だ」


 俺の視線に気付いたのか、キルケーがぽつりと言う。


「……そっか」


 どうして死んだのか、なんて聞けなかった。

 この時代、死ぬ理由なんて汚染による肺の不具合が殆どだ。清潔な医療を提供して貰える場も殆どないから、俺たちはただ死を受け入れるしかない。


 そこからしばらく沈黙が続く。

 どこかで鐘の音がした。


「あれは、この奥にある寺の鐘。住職の子孫が生き延びてるらしいよ」


 ふぅんと一つ返事をすると、再びキルケーが口を開いた。 


「あんたは、どこに行くの」


 それは、この荷の配送先を聞いてきた言葉の筈だった。

 それなのに、なんだかそれ以上の意味を尋ねられたように感じる。


「山中湖だよ」

「へぇ、山梨県。一人で行くには、ずいぶんと遠いんだね」

「配達人も減ってきてるし、クロノスシステム的には人手不足なんじゃねぇの」


 小さな荷は、俺の体にぴたりと張り付く鞄に収められている。中身が何かは知らないが、仕事としてとにかく、届けてしまえば、それで終了だ。


「荷の種類は?」

「さぁな」

「あんたは本当に、荷への興味が昔からなかったよね」

「知ったところで、どうにもならねぇだろ」

「ま、それもそうだけどさ。荷の扱い方が変わるでしょ」

「荷は、荷だよ」


 俺の返事に、キルケーは口の端を小さく上げた。


「一人でやってんの?」


 わかっているだろうに、敢えて聞くのか。


「一人で、さ。荷を届けるのに、一人は楽で良い」

「そ。あんたの目、相変わらず死んだようだね」

「そうか?」

「そうだよ」


 ぽつりぽつりと交わす言葉。

 それでも、昔馴染みとの会話は、取り残された世界から拾い上げられたような気がした。


「いつ死んでもおかしくねぇしな」

「知ってる奴が死ぬのは嫌だねぇ」

「俺が死んだところで、キルケーは知らないでいられる」


 だから安心しろ、と続ければ、彼女は苦いものを口に入れたような顔で、俺を見た。


「山中湖に行くって言ったよね」

「ああ」

「ねぇ、これなんだけどさ」


 キルケーは位牌の近くから、何かを包んでいる布を大切そうに取り寄せる。

 それを開くと、三日月のような形をした、白茶の粒が現れた。


「なんだそれ」

「種だよ。コスモスって花の」


 ――コスモス。


 随分と縁がある。


「知ってる、その花」


 小さな花びらがついた、明るい色の細い花。


「あんたが花の名前を知ってるだなんて、明日はこの谷に風が吹くかもしれないね」

「失礼だな」


 笑う。

 笑い合った。

 こうしてキルケーと話して笑い合うだなんて、一体いつぶりのことだったろうか。


「で? 花の種だなんて、そんな珍しいモン、どうしたんだよ。取引しようにも、俺は代わりになるもんはないぜ」

「これは、この神社の奥から出てきたんだ」

「この神社、花の神とかなのか?」


 そもそも花の神だなんて、クソの役にも立たなそうだが。どうせなら食い物の神とかがいいよな。神が何をしてくれるのかも、わからないが。


「いや、ここはどうも雷の神らしいよ。良く知らないけど」

「家を借りてるのに、家主の仕事も知らないのかよ」

「黙ってるのが美徳の神なんじゃない?」


 キルケーはその種を一粒だけ、指に取る。


「手、広げて」

「おい、ちょっと」


 それを、俺の手のひらに置いた。

 小さな一粒は、うっかりすると落として見失ってしまいそうになる。


「あの人の墓に、花を咲かせたくて頑張ってんだけど、全然駄目でね。山中湖まで行くなら、ちょっとそっちに植えてきてくんない?」


 思いもかけない言葉に、一瞬返事を忘れた。


「無理かな」


 随分と見なかったような、哀しい顔をするから、慌ててしまう。


「そりゃ、植えるくらい構わねぇけどよ。咲いたかどうかは、確認しに行けねぇぞ」


 植えたらその場ですぐに、咲くものでもなかろうに。

 仕事でもなければ、山中湖なんておそらくそうそう行く場所でもない。


 だから、植えるのはともかく、その後の面倒は見れない。第一、種なんて植えたことがないが、世話をしなくても良いものなのか。

 そう告げれば、キルケーはようやく表情を緩めた。


 頷き、俺の手を彼女の手が包む。

 キルケーの手は昔のように少しだけひんやりとしていて、それでいてカサカサと乾燥していた。

 この冷たい手で種を温めているのか、それともキルケーの気持ちを温めているのか。

 よくわからないが、そんな気になってしまう。


 彼女の瞳に、俺の顔が映った。

 その瞳が、ゆっくりと細められる。


「いいんだよ。いつかどこかで、あの人の――オデウスのために植えた花が咲くかもしれない。それだけで」

「お前……変わったなぁ」

「そう? 私は変わってないよ。ただ、あんたに見せてたのと、違う顔なだけ」


 そう言われると、なんだか寂しい。


「わかった。山中湖ってのがどんな場所か分からねぇけど、この一粒、植えてきてやるよ」

「――ありがと。あんたも、生きててね」


 キルケーのその言葉を最後に、俺は彼女の住む神社を、後にした。

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