↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配達人の黎明  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/25

十 かつての戦友・かつての……01

「お、あれが調布駅跡か」


 少女と別れ、元のルートに戻る。

 住宅地から急に開けた広場が見えた。


 新宿のような高さのビルはないが、それでも林立するビルは六階や七階程度はあるのだろう。それらが鉄骨だけを残していたり、一度は木々に侵食されたらしい痕跡が残っていたりする。


 俺は京王線跡を横切り、ゴーグルが示す方向へとケリュケイオンのハンドルを切った。

 再び住宅地が広がる。ここをこのまま勢いよく突っ切っていけば、目的地へも早めに着くだろう。


 そう思ったが、すぐにスピードを落とすことになってしまった。

 空気清浄フィルターのランプが、赤く点滅し始めたからだ。


「チッ。何があんだよ」


 急速に赤い点滅を始めるということは、何か異変が起きている可能性もある。注意をしないといけない。

 目の前にはボロボロになっている土手。

 その向こうには、川が流れていた。


 ――かつては。


「ここもあっという間に、干上がっちまったよな」


 東京の海沿いが沈み、川崎が沈み、横浜が沈み、そして多摩川は上流域で地形変動が起き、海と山に挟まれたエリアにあるここ多摩川中流域からは、水が消えた。

 川底はひび割れ、この場所に豊かな水が流れていたとは、到底思えない。


 それでも、五年程前に通ったときに怨嗟のように溜まっていた汚泥は、今はすっかり風で飛ばされていったらしい。ケリュケイオンが通るときに、そうしたものにタイヤをとられないで済むのは、助かる。


 だが。

 本来この辺りは、山谷風が吹く地域だ。

 多摩川の川底の汚泥なども、それで乾燥し、吹き飛んだ。それなのに、今ここでケリュケイオンを止め、様子を伺っていても、風などするりとも吹かない。


「……なるほどなァ」


 だから、空気清浄フィルターのランプが赤く点滅したのか。

 空を見上げる。

 大陸側の黄砂に汚染された空気が混ざり、昼の太陽が、遙か彼方にくすぶって見えた。


 世界的な汚染により多くの生き物は種を断絶させたが、環境に順応し、耐性を持って生態を変異させ、生き延びた奴らも少なくはない。人間は順応ではなく対応をしていったため、どんどんと死に絶えていっているが。


 昆虫と一部の植物は、特に順応が早かった。人類以外の脳のある生き物は、いくつかが生き延びているが、夜に活動する奴らが殆どだった。

 土手の端を、これまた順応して生き延びたらしい種である蛇が、ぞぞと動いているのが目の端に入る。


「ありゃぁ、食えない蛇だな」


 毒を持つ蛇は、うまいこと調理しないと腹が負けてしまう。腹下しだけならまだいい。下手したら、毒にやられて死ぬことだってある。


 毒蛇も汚染に対して耐性をもって進化したらしく、種により毒の場所が異なっている。だから、詳しくないヤツが迂闊に手を出すことはできない。


「耐性アオダイショウだったら良かったのに」


 汚染を溜め込む場所が分かっている生き物であれば、場合によっては食べることもできた。耐性アオダイショウもその一つで、喉の下から長く腹側に細長い袋を持ち、そこに汚染を溜め込んでいる。毒のない蛇だから、それを取り除けば、蛇肉として食うことができた。


 普段は昆虫類ばかりを食べているが、たまには肉も食いたくなる。そんなときは、配達先で狩りをした。


「に、しても。マジで風がねぇな」


 川の左右には鉄橋だったらしい残骸が見える。傾いた橋台に、時に何か生き物がぶつかってぶらぶらと揺れる鉄の一部は、夕刻のシルエットにでも浮かんだら、さぞやロマンティシズムに溢れているだろう。


「川底の、変なヒビに引っかからないでくれよ、ケリュケイオン」


 いつまでも様子を伺っている場合じゃない。こんな場所に長くいるのは危険だ。

 ところどころ大きすぎる割れ目があるが、一気にそこを通り抜ける。

 渡りきれば、東京から神奈川へと足を踏み入れたことになった。


 ここから先は、さらに海抜があがる。枯れた木々と岩の間を走ることになると思うと、それはそれで気が滅入りそうだ。


「そろそろ飯を調達してぇな」


 この辺りに集落でもあれば、手持ちの何かと交換して貰えるかもしれない。とはいえ、手持ちの何かもあまりない。そんなことを思いながら、街道を走らせていく。

 周囲はだんだんと家の密集が減り、野球場の跡地が見える。


 この辺りにはもう、集落はなさそうだ。

 そんなことを思っていた矢先のことだった。


「……キルケー」


 その野球場の向かい。

 石でできた鳥居が崩れた先に、見覚えのある女が立っていた。


 右足に大きな怪我をしたために癖が残る、重心が傾いた立ち方。少しだけ濃い肌色に、大きめの耳。それに、左眉の横についた二つのほくろ。見間違うはずがない。


 思わずエンジンを止め、降りる。

 俺の言葉が聞こえたのか。

 女はこちらを見て、目を細めた。


「なんだ。ケリュケイオンに乗ってるってことは、エメスか」


 短時間対応の空気清浄フィルターマスクをした女――キルケーが、俺を呼び寄せる。ケリュケイオンを押し、神社とおぼしき場所へと、向かった。


 境内には、紐を通していた痕跡のある二本の柱や、おそらくは神木と言われていたであろう大木の残骸が残っている。端にある石灯籠は奇跡的に残っており、その周囲を耐汚染性苔の一種がみっしりと覆っていた。


「久しぶりだな」


 長く赤い髪を無造作に一つに纏めたキルケーは、俺とケリュケイオンを、社殿の中に招き入れる。階段の横がスロープになっていて、押して上がれるようになっていた。


 三和土で靴を脱ぎ、ケリュケイオンを止める。

 崩れかけたような木造の小さな社殿には、無数の鉄骨が外と中から立てかけられ、補強が施されていた。屋根はところどころ破れて空が見えそうだが、その隙間を塞ぐように、鉄板や板切れが打ち付けられている。見た目以上に、しっかりと住む場所として機能しているように、感じた。


 空気清浄フィルターのランプは、薄い緑色を示している。地下ほどではないが、やはり建物の中は汚染がマシのようだ。ここでなら外しても問題がないだろう。


 ヘルメットゴーグル、それに空気清浄フィルターマスクを外す。


「これ、キルケーが?」


 鉄骨をノックすると、彼女はフィルターマスクを外しながら、「ああ」と返事をした。


「それはオデウスがやった」


 それは、彼女の夫の名前。


「あいつは今、出かけてるのか?」

「――死んだんだ、去年」

「……そうか」


 キルケーと俺は幼なじみで、十年前まで一緒に配達人としてタッグを組んでいた。

 この仕事を随分と気に入っていたようなので、彼女が恋人と一緒になるから仕事を変えると言い出したときには、驚いた。


 恋人だったオデウスも配達人だったので、そっちとタッグを組み直すのかと、思っていたのだ。

 キルケーとタッグを組んでいたのは、俺が最初で、そして最後だった。


「あんた、飯は?」

「実は朝から何も食ってない。何かないか……? 俺が交換できるものなんて、今あまりないんだけど」

「いいよ。昔馴染みのよしみだ。たいしたモンじゃないけど、よけりゃ」


 そう言って彼女が出してくれたのは、地底コオロギの干物と花落ち菜花の包み漬だ。どちらも汚染下で生き残り、耐汚染性変種となったもので、人が比較的簡易に増殖できる、数少ない食料だった。


「助かった。これで明日まではどうにか持つ」

「エメスはまだ、配達人を続けてるのか?」

「ああ」


 さくり、と地底コオロギの食感が、音を立てたように感じる。


「俺にはこれしかねぇからな」

「そんなこと、ないと思うけど」


 彼女も同じように、地底コオロギを口にした。


「キルケーは配達人をやめてから、どうやって生きてきたんだ」


 四六時中、彼女と共に配達をしていたわけではないが、二人組ということで通常よりも遠くまで配達に行くことも、それなりに可能だった。


 そういえば、二人で青森の方まで荷を運んだときは、春だというのに随分と寒かった。日本海に面した道路は、少し気を抜くと崖の下まで一気に落ちてしまいそうで、二人で声を掛け合いながら走ったものだ。あれも、三月の今時分だっただろう。


 三月の頃といえば、水戸まで走ったこともあった。あれは複数の荷を頼まれて、二人でよたよたとバイクのバランスをとりながら、慎重に走って行ったんだった。城跡だっていう、崩れた長い壁をぐるりと回って、届け先まで行ったときには、二人で目を回しそうになったものだ。あの年の三月はやたらと暑くて、飲み水が足りなくて難儀していたことも思い出す。


 駆け出しの頃、飯にありつけなくて、二人で一つの小さな昆虫を分け合ったこともあった。あの頃から、僅かな飯で生き延びる術を、体に覚え込ませていったんだった。


 それに、朝起きて自分一人ではない、息をしている人間が近くにいるということは、それだけで安心感を生む。


 ――俺たちは恋人だったわけではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。