メトシェラ星
眼前の前面スクリーンに現れた、初めて間近で見る地球から200光年離れた恒星、それがメトシェラ星HD 140283だ。その輝きを前にして、この一日の展開にぼくは理解が追いつかなかった。なぜこうなった?一転して犯罪逃亡者だ。
「さあ、お茶を入れますね。何かお菓子があるかしら」
ネリネが艦内のキッチンらしき場所をしばらく探して、どうやら見つけたようだ。
「とっても古い星なのね」ソフィアが呟く。
「核に金属が無いんだ。超金属欠乏星とも言われているね。宇宙創世記に出来た星だから水素とヘリウムぐらいらしいよ」とぼく。
「でも何か不思議な感じのする星ね」とルミナ。
「そうだな」
「不思議と言えばだな、この一連の出来事だ。『調停者』っていきなり言われてもな」
「ドクター、あなたは無意識に天秤座の最古の星とも言われるメトシェラ星を選びましたね?」
「それがどうかしたのか?エデン」
「天秤の釣り合いを取る『調停者』らしいなと思いまして」
「偶然か、必然か。我々から見れば神如き存在の考えなんて、ぼくらには知りようがないからなあ」
「お茶が入りましたよ、クッキーも見つけちゃって。ここはいろいろ揃ってるんですね、とっても便利です」
気が利くネリネにみんながほっと一息する。
「とにかく情報収集ね」
「そうだな、ソフィア。まずはこの艦の構造を知らないとな」
「マスター、ドクター、大まかにはブリッジから出て左側に個室が並んでいるブロックがあります。右側にはキッチンやダイニングなど生活関連ブロックがあります。そして通路の奥ですが、ここは医療施設になっています」
「医療施設だって?ちょっと見てくる。ネリネもおいで」
「え?私もですか?」
ネリネは慌ててぼくを追いかける。
医療施設のドアを入った時にぼくは驚いた。六人分の自動治療機器がずらりと並び、それらがぼくには一目で最新鋭のものだと直ぐ分かったからだ。
「これは...」
「ネリネ、医療担当がぼく一人だと心もとないから、君が助手をしてくれると助かるんだが?」
「イクの助手?はい喜んで!」
「助かるよ」
「マルも手伝ってくれる?」
「いいよー」
ブリッジではアテナが席でなにやら楽しそうだ。
「軍師殿、何やら凄そうな防御システムと攻撃システムですぞ」
「アテナ、軍師殿はやめて。普通でいいわよ、ソフィアでいいわ」
「ではソフィア、これを試しませんか?」
「何があるの?」
「まずは防御からですなあ。防御シールド!おお、機体の図が覆われましたな」
「この攻撃システムのパルス砲?このスティックをスクリーンで合わせていくと、何かあそこにちょうど小惑星がありますな?あれを撃ってみましょう」
「アテナ、ちょっと大丈夫なの?」
「小惑星ですし、無問題でしょう。ポチッとな」
パルスが一発発射され、ターゲットにされてしまった小惑星は見事に眩い光になって消えてなくなった。
「え?砕けるとかならまだしも消えたですと?ソフィアこれは?」
「これはもしかして、反物質砲なんじゃないかしら」
「エデン、この武器なんていうのかしら?」
「マスター、その通りです。それは反物質パルス砲です。連射可能、多方向同時攻撃可能、オート可能の自慢の一品です。何でしたら銃座も増やせますが?あと主砲と副砲もありますが、無生物の浮遊惑星にでも試し撃ちなさいますか?まあ先ほどの小惑星のようになりますが?」
「ここらへんには思念がとても薄いから気付かれる心配はないとは思うけど、その主砲とやらの効果の方が問題よ」
「それはそうよね、ルミナ」
「でも軍人としては一度は主砲を撃ってみたいものですなあ……。主砲撃て!とか副砲撃て!とか」
「いつかその時にはお願いね、アテナ」
「了解しました」
医療施設から戻ってきたぼくにはその聞こえてたんだが。
「え?今主砲がどうとか副砲がなんとか面白そうなこと言ってなかったか?」とぼく。
「もうイク、火に油を注ぐのはやめて!」
相変わらずこの人は、と言わんばかりに苦笑するソフィアだった。
結局この艦の設備の詳細については、エデンに直接接続すれば全ての知識は得られるということが後に分かった。口頭でやり取りするなど間抜けな話であることに、彼女らよりも何十年も先にアンドロイドとして生きてきたぼくですらそのことに直ぐには気付かなかった。
ぼくはスティックを握りながら飛行訓練を続けた、目ぼしい小惑星があると回避したり着陸したりを繰り返す内に、元々運転と操縦が人間だった時から得意だったので慣れるのは早かった。それとともに限界への挑戦を諦めてはいけないなとも思う。なぜならエデンは全自動で最適化した航路を飛ぶことは出来るが、それに頼っていては自分たち自身が育たないからだ。
「だいぶみんな艦には慣れてきたわね」とソフィア。
「そうですな、兵装と防御についてはかなり即応出来るようになりました」とアテナ。
「ここの通信システム便利ね、すごいのはカバー出来る範囲よ!」と驚き交じりのルミナ。
「情報収集システムも優秀ですね。特徴のあるパターンの抽出が上手です」とネリネ。
「ぼくの方はまだかな、一度小惑星帯で試してみたいよ。長距離と緊急回避はエデン、それ以外はぼくという感じで分けたい」
せめて、海王星の外側に広がるオールトの雲まで帰ることが出来ればその機会があると思ってたので、みんなに提案してみた。
「地球に戻らないか?」
「捕まらない?」とルミナ。
「ルミナ、時間が経ってるよ。ワープで航行してきたからね」
「それと物資の補給も必要よね」とソフィア。
「そうソフィアのいう通り」
「オールトの雲まで飛ぼう。先の話はそれからだ」
一同、
「行きましょう」
「では早速行きますか」とぼく。
「エデン行くよ、ワープ!」
オールトの雲までは地球軍も進出してはいない。ここで大小様々な衛星を見つけては操縦訓練をするのだ。
「艦長、提案がある」
「なあに改まって?イク」
「実は操縦システムはアテナにも適性があるとぼくは思ってる。アテナの攻撃防御システムにもぼくには適性があると思ってる。似てるんだ操作が。だから相互に教えるんだ。それからネリネは情報担当でルミナは通信担当だろ?これも交代可能にする。誰か一人が欠けた体制を作るんだ。ソフィアは中枢にいてエデンに指示を出してくれ。ソフィア不在の時はぼくが艦長代理を務める。ネリネは時々ぼくの医師助手をする。あと一人いたらなあ」
「そのようにしましょう。地球に残してきたクレアでしょ、あなたがそう言う時に頼りにしたがるのは?」
「そりゃソフィアの副官だったしね。クレアはどうしてるかな、仕事に追われてるだろうな」
「くれあおねえちゃん、げんきだよ」
「マル、分かるのかこの距離で?」
「うん、がんばってる」
「じゃ操縦訓練にみんな付き合ってくれ。かなり攻めるから、アテナ防御シールド頼む」
「了解、防御シールド展開!」
こうして数週間で飛行技術はかなり上達した。
「エデン、地球に帰還したら何年経ったことになるんだ?」
「ドクター、215年年ですね」
「ワープって結構不便だよな、時空を折りたたんで進むからどうしても時間は経つからな」
「ドクター、お望みでしたら帰還時の時間がほとんど変わらないジャンプ航法も出来ますが」
「なんだって!」
「ってことは、地球から逃亡した時にぼくがジャンプって言えばクレアを長い年月待たせずに済んだのか」
「それとドクター、私はジャンプ航法とワープ航法を組み合わせて望みの地球時間経過後に目的地に到着することが出来ます」
「それ早く知りたかったよ、エデン……」
「地球に帰還してみましょう。交渉の結果次第ではまたマルの出番があるかも」
「いいよー、そふぃあおねえちゃん」
「各員警戒態勢」
「ソフィア、艦長が様になってるな」
「茶化さないでよ、イク」
「行くよ、地球衛星軌道にジャンプ!」
あっという間に地球だ。取り敢えず穏便に済めばいいが……。
「こちらアルカ・ソフィア号、羽田第一宇宙港へ着陸許可を願います」
「了承した。着陸を許可する」
「おい、やけにすんなり通したな。どういう魂胆だ?」
「許可は許可、降りてみましょう」
「そうだな、ソフィア」
着陸後、スロープを開く。地球の懐かしい匂いがする。
「マル、周囲に敵意はあるか?」
「ないよー」
「そうか、じゃあまずIK Android社のクレア社長に土下座しに行くか」
一同、
「そうね」
先生、ぼくは宇宙船を手に入れ、215年ぶりに地球に帰ってきました。




