アルケー計画
促されるままに席に着くとイリシア議長のほかに数名の人々が入って来た。恐らくは議会の人々だろう。それぞれ自己紹介が終わると飲み物と食事が運ばれてきた。
「地球の方のお口に合うようなものです。どうぞお召し上がりください」
「ご配慮に感謝致します」
ぼくは今回の訪問の目的が4次元知的生命体に与えられた『調停者』としての銀河パトロールだと言うと、イリシア議長を始め議会の面々が少し驚いたような表情をしたように見えた。そこで今回は『夢紡ぐ者』と『時の守人』、『封印者』が同行していると言うと、さらに動揺したように感じた。イリシア議長はこれは話さざるを得ないといった感じで口を開いた。
「実は私たちは長年意識体を作り出す『アルケー計画』を進めておりました。100年前にその中の計画を遂行中に事故が起こったのです。このアレシオン星の衛星が欠けているをご覧になったでしょう?他の惑星の衛星もそのような有様です。これは私たちの作り出した意識体によって引き起こされたのです。恥ずかしながら、我々の研究不足と慢心が招いた事故です。その意識体は恐らくは今も移動と言いますか、意識範囲中心を変えながら動いていると考えられます。イク殿は2人の意識体と一緒におられる。なのでこのお話をしたのです」
「マル、クロノエル、ルミナ、この星域近傍に意識体の思念はあるか?」
「ないよー」とマル。
「無いわね」とクロノエルとルミナ。
「問題は『それ』がどこへ向かったかですね」
「我々は『それ』を追っています。さらに関わりのある文明にも危険を通知している所です」
「なるほどご事情は分りました。この銀河系の危険となる『それ』についてぼくたちも協力を惜しまないことをお約束致します」
「お言葉に深く感謝致します」
イリシア議長の計らいで現地で水など必需物資は調達できた。100年前というのは重要な情報のような気がする。というのは、アンドロメダ中央部にいた恒星の正四面体に封じられていた『悪い奴』より遥かに若い意識体だということから、脅威度が『悪い奴』よりも低いのではないかと考えられるし、意識半径が小さいと接触の危険が少ないから、まだ準備も情報も整ってないぼくらには時間稼ぎになると言えるからだ。マルとミルルあるいはクロノエルが法外な力を持つことから、その意識体も特有の多数の固有スキルを持つと当然推定できる。宇宙規模の異常の痕跡を探す作業になりそうだ。
ぼくらは離陸してアレシオン星の壊された衛星の上で止まった。
(ソフィア、どれぐらい前の痕跡に見える?)
(やはり約100年というところだと思うわ)
(マル、ミルル、これどうやって壊したと思う?ただインパクトを与えただけならもっと破片が衛星化してアレシオン星に輪を形成してもおかしくはないと思うんだが)
(たべたのかも)とマル。
(通りがかりに食いちぎったように見えるよな。このゼノディア星系の他の惑星の衛星も同じ状況だからむしゃくしゃして食いちぎったように見えるんだが)
(それはあたってるかも)とミルル。
(なんて恐ろしい者を解き放ってしまったの、このアレシオンの人たちは)とソフィア。
(そうだな、知的生命体の好奇心というものはどうにも抗えない宿痾でもある、ということだろう)
イリシア議長の言った「意識範囲」はぼくらもマルがぼくを探せなかったことや一定距離でミルルがルミナとマルに接触してきたように、意識体の意識の存在確率は無限大でないことを示している。
高次情報場の中でいちばん自己同一性が濃い核、あるいは位相の結節点として「意識範囲中心」は考えられる。意識体の空間的な行動範囲に何らかの制約があるという仮定を立てると、対処する方法はあるようにも思える。
事実、4次元知的生命体がアンドロメダ中央部で封印したような方法でだ。もし正四面体の檻の頂点が恒星ではなくより大きな重力を持つパルサーやブラックホールだとしたら?重力影響圏で実体化すると吸い込まれるのでそれはできない。意識体にしてもブラックホールで囲まれたとしたらブラックホールに吸い込まれて果たして無事でいられるだろうか?ブラックホールに近づけば自分の時間は経たないが影響圏外では恐ろしく時間が経っている。意識体にとって時間とは脱出のための時間を与える知恵の実なのではないかと考えると、恒星で囲むよりもブラックホールで囲んだ方が遥かに良さそうに思える。
こう仮説を立てて、ぼくはこのブラックホールによる正四面体の重心に意識体を固定する作戦を「黒色正四面体重力封鎖作戦(通称聖葬封印作戦)」と呼ぶことにした。
(今、アルカ・ソフィア号は何してんの?)
(水着大会よ)とルミナ。
(君ら自分たちの比重を少しは考えろ)
(フン。見たいならお金払いなさいよ、腐るほど持ってるんでしょ?)
(そんなこと大株主に言われたくないわ)
(見たいの?見たいのー?正直に言いなさいよ)
(見たいとは言わないが、見たくないとも言えない)
(むっつりだー!この会長はむっつりだー!)
「向こうはだいぶにぎやかなようね」とセラフィーヌ。
「へんてこなのがいるからな。紅茶でも入れるよ」
紅茶を飲みながら、
「セラフィーヌ、『封印者』なんて役を押し付けて申し訳なかった」
「何を謝ってらっしゃるの?わたくしはむしろあなたとまた会えて一緒にいられて嬉しいんですの」
「それにアルカ・エリュシオンが顕現するなんて考えてもなかったのですもの。それもこんなに美しい機体で」
「あなたのお考えのことだもの、私はどこまでも一緒にいますわ」
「ありがとう、セラフィーヌ。君がいてよかった」




