休暇
「マル、一応定期健診した方がいいかな?宇宙線に晒されたし」
「いくはとくにけんさしたほうがいいよ」
「取り敢えず全員チェックするかな」
「みるるもみてていい?」
「いいよ、ミルルもこういうのに興味があるの?」
「うん」
ソフィア、ルミナ、アテナ、ネリネと合流し、定期健診をすると伝えてみんなでアルカ・ソフィア号へ戻った。次いで衛星軌道まで飛んで4次元に遷移する。シャイン、クレア、ソフィア、ルミナ、アテナ、ネリネのスキャンを終えて、今回はアテナと同じ超高速機動型関節に他の全員換装することにした。ぼくはネリネとマルにぼくの健診を任せ、全自動治療マシンで人工皮膚を念のため交換し、同じく関節部をアテナと同じタイプに換装した。これで姿形は変わらないが全員が強化されたわけだ。見た目は変わらないが、しっかりとみんな強化関節化の実感をすることが出来た。
「見たの?」
「……ぼくは『医師』ですよ?」
の下りはしっかりと今回もあったのだった。
定期健診も終わったし、しばらく東京の中央区佃にあるタワーマンション最上階に住んで休憩をすることにした。
一応住所が無いと困るので、ぼくたちのために会社が用意していてくれていた居場所で、シャインも住んでいる。最上階のフロア全部がぼくらの家になっていて、東京湾がよく見えるし銀座にも近い。
実はぼくは人間だった頃に佃に住んでいたのでここは馴染みのある街でもあるのだ。
ぼくら各自とも護身は出来るし、防御シールドもある。見た目はただの金属製の筒に見える光剣もある。他のサイボーグやロボットに通用するEMP武器はぼくらに効かないから、地球は危険ではない。しばらく自由行動として伸び伸びしようということになった。
ということになったものの、ぼくは人間だった頃の仕事人間というか自主社畜の癖が抜けないので、自宅でもついついモニターで設計をしてしまう。気分転換の度に屋上に出て、光剣の素振りをして鳳翔を空に向けて繰り出していたら、翌日には東京湾にオーロラ出現!などというニュースになったりしていた。
シュッとぼくの部屋のドアが開く。誰だと思って見るとルミナだった。
「ねえねえ」
「どうしたルミナ?」
「お外に出ないの?」
「え?出てるよ屋上とか」
「そういうんじゃなくて!お散歩とかお買い物とかお食事とかあるでしょ?」
「あー、あるね」
「いく、どんかん」とマル。
「ルミナ、一緒にどこか行く?」
「街歩きしたい」
「じゃ新お台場行く?」
「うん!」
ルミナは肩が半分出る純白のオフショルダーを着ていたが、ぼくは万年白衣だ。そういえば、アルカ・ソフィア号が車代わりだったからぼくは自動車、つまり浮遊自動車を持ってないのだった。レンタカーを借りて新お台場まで飛ばして駐車場に止めると、公園はあるし店もたくさんあって寄り道し甲斐のある街なのだった。一軒一軒ずつ覗いて回る。もう誰にも顔が割れてる身なので、動画撮られても気にしない。それを良いことにルミナはぼくの左腕にしがみ付いてにこにこしながらカメラ目線を送っているのであった。これでは400歳越えの新婚カップルである。
(いく、うしろ)とマル。
(ありがと、わかってる)
振り向きざまに超音波ナイフを持った男の懐に踏み込み顎に掌底、鳩尾に縦拳中段突きを放って5mほど吹っ飛ばす。男は気絶した。早々警察に来てもらい事情を説明して、再びルミナと散歩を続ける。またこれもニュースになるんだろうな。
「クレープってまだ売ってるんだな」
「おいしそうね!」
「食べ歩きしようか」
「うん!」
「あのベンチに座ろうよ」
「海がキラキラしてる」
「夕方過ぎたら観覧車に乗ろうよ」
「うん!」
ルミナは頭をぼくにもたせ掛けてくっついている。ぼくはルミナの肩に手を回す。こういうひと時も大事だな。
さんざん歩き回って買い物をしてからぼくらは自宅に帰った。ルミナは誇張気味に暴漢とのやり取りをみんなに解説していたが、それほどでもない気がするが?結局、その日のニュースで「世界一の富豪、IK Android社会長 暴漢を瞬時に制圧!」などというニュースが流れたのだった。
次の日、リビングでぽつんとソフィアが横浜ベイディナークルーズの広告をモニターで見ていた。肩の上のミルルもマルみたいに足をブラブラさせて一緒に興味深そうに見入っている。
「ソフィア、横浜ベイディナークルーズ、今日行こうか?」
「ほんと!?じゃおめかししなきゃ」とはしゃぐソフィア。
「ぼくは代り映えのしないこの格好がトレードマークだからね」
「あなたの白衣はとても品があるわ、準備準備!」
夕方になるまでぼくらは湘南や伊豆をドライブして山下公園からきれいなデザインのクルーズ船に乗り込んだ。最上階の貴賓席に通されたぼくらは席に着く。ソフィアはお気に入りの、黒に銀河を裾にあしらったスパンコールのロングドレス、そしてシャネルのコメットシリーズのピアス、リング、ブレスレット、胸には燦然と輝くREACH FOR THE STARS。
「相変わらず素敵だね、君は」
「あなたも変わららず『王』なのね」
「1500年後もそれを言われるとはね」と笑うぼく。
「『調停者』なんて妙なことになったととは思ってないか?」
「思ってないわ、全然。だってあなたと一緒だもの、それにみんなと一緒にだもの」
「そうか、それは良かった」
「初めてこのクルーズ船に乗ったけど、こんなきれいな夜景は初めてだわ」
「そうだね」
帰り際に少し酔った風な様子になったソフィア。そろそろアレが出るかなと思っていると。
「さあ山下公園に着いたね、降りようか」
「やだもん」
「ソフィア、さあ降りるよ」と立って手を差し出すぼく。
「やだもんなんだもん。お姫様だっこ!」
「『愛されちゅー人形Sophiaちゃん』、じゃお姫様抱っこしてちゅっちゅするから降りようね」
「うん」
こうしてソフィアを抱っこしたまま佃のマイホームに帰ったのだった。
シャインがリビングにいて、ぼくが入ってくると、
「あー、どこか行きたい。広くて伸び伸び出来るところに行きたいなー」
と直球を投げてきたので誘ってみた。
「葛西臨海公園のひまわりを見に行くか?」
「行く!」
シャインは白のワンピースにつばの広い麦わら帽子をかぶって自室から出てきた。葛西臨海公園まですぐだが、日差しが穏やかでオープンカーにしたのでシャインは帽子を飛ばされないように片手で押さえている。
「一面のひまわり畑!」
「ここは結構穴場なんだぜ」
「ひまわりの横の芝生に座ってお昼にしましょ?」
「うん、はい敷物」
「ありがと」
「懐かしいよな、この感じ」
「そうね。イクはペルソナ時代はいつも私の部屋に来てはごろごろしてたもんね」
「自然に囲まれて息抜き出来たのはシャインの部屋だけだった気がする。こうしてさ、青空を眺めて雲を追って」
「そうね、私たち全く変わってないのね。風が気持ちいいわ」
「そうだな」
二人とも自然と手を握って寝転がって青空を見ている。不意にシャインが起きて顔をぼくに近づけささやいた。
「今でも大好き」チュッと唇が重なった。
ぼくがいつも通り自室で設計をしていると、ネリネが紅茶を持ってきてくれた。頭にはカチューシャにもにたティアラが光っている。
「ネリネ、いつもみんなを気遣ってくれてありがとう。茶葉とかカップセットとか見に行かないか?」
「ええっ?行きます行きます!」
話は直ぐ決まってネリネは着替えてきたが、宮廷メイド風ロングドレスだった。一体何着メイド服を持っているんだろう。
自動車で銀座に向かってパーキングに止めて高級なティーカップセットを売ってそうな店を探しながら歩くと、左腕がやけに重い。ネリネがしがみ付いている。これは今日の三面記事には「IK Android社会長、高級メイドと銀座でいちゃつく!」などど書かれるなと思いながら歩く。一々人の動画を取らなくても良いんだよ、君たち。
「ここのデパートに良いものがあるかも知れないね」
「老舗ですもの、きっと素敵なティーカップセットがありますわ」
皿やティーカップ、ナイフやフォーク、スプーン、砂糖壺などを見ていると全部一新したくなった。
「ネリネ、一新したいから何から何まで自由に素敵なものを選んでくれる?」
「銀製品でも?」
「プラチナ製でも構わないよ」
ネリネは嬉々としてあれこれ店員さんに見せてもらって、佃の家用とアルカ・ソフィア号の両方分を買い込んだ。これは直ぐ佃の家に送ってもらうことにした。
次は茶葉だ。地下の茶葉売り場に行くと香りのよい茶葉がたくさんあった。ぼくにはどれがどうなのか分からないがネリネは詳しく品定めをしている。何か違いがあるのだろうと思って見ていると、店員さんとどこの産地かといろいろと質問している。なんて真面目なんだ。結局いくつかの茶葉を買って、ついでにお菓子も買って一緒に佃の家に送ってもらうことにした。
「ネリネ、ありがとう。食事して帰ろうか」
「ほんとに!嬉しい!」
ちょっと小道に入ったところにあるフレンチ系創作料理の有名な店に入ると、シェフが厨房から飛び出てきた。
「これは会長、ようこそお越しくださいました。こちらのお席へどうぞ」
と丁寧に案内してくれる。食事をしていた客たちもどうもぼくの万年白衣には見覚えがあるらしく、びっくりして見ている。
「ここの料理は美味しいんだ」
「楽しみですわ」
こうしてゆったりとした時間を過ごし、ぼくにくっついて離れないネリネを連れてぼくは佃の家に帰った。
自室でいつも通り設計図とにらめっこしているとクレアが入って来た。
「休暇なんだから家で仕事しなくてもいいんじゃない?疲れない?」
「うーん、気になるとある程度まで突き詰めたくてね。性分だからさ」
「今は何を設計してるの?」
「これは大型レールガンだな。質量攻撃っていうのは古いように見えるが数撃つとバカにならないからね。装填を短時間で行う方法、打ち出してから加速する弾丸設計がポイントだ」
「全く……。出掛けましょ」
「え?ご飯でも食べに行く?」
「そうね、眺めの良いレストランがいいわ」
「じゃあ、ホテルニューオータニのBELLA. VISTA.なんかどう?」
「素敵ね、行きたいお店よ。着替えて来るわね」
クレアは裾の方にデイジーをあしらったタイトな白のワンピース姿で現れた。実に彼女のイメージらしい姿だ。ぼくは白衣だが、これでも生地が上質になったり草花の銀糸の刺繡がより精密になったり徐々に進化はしているのだ。店に着くと相変わらずシェフがすっ飛んで来て挨拶する。
「IK Android社の社長と会長が会食とか、まあびっくりするわな」
「ふふ、そうね」
「しかし、君は逞しくなったな。ペルソナ時代を振り返るとさ」
「なあに?昔話?あなたが光を当ててくれたから私は枯れずに済んだの。感謝してるわ」
「ぼくの力じゃないさ、君が元から持っていた力だと思うよ」
「あら、相変わらず優しいのね」
「感謝するのはぼくの方だからな。会社をほっぽり出して宇宙を彷徨ってたんだから」
「何がどうあれ今がある、でしょ?」
「そうだな」
「この夜景は守りたいな」
「そうね、いつまでも」
「そういえばあなた、ソフィアとおそろいのコメットリングしてないじゃないの」
「クレアは細かいところに気付くんだな。物をいじる時に傷が付くのが嫌だからね、大事にしてるんだ。出来るだけするようにするよ」
「それがいいわ」
「でも二人の時は私の時間ね?ふふっ」
クレアと展望を眺めながらゆっくりと食事を楽しんでぼくらは佃の家に戻ったのだった。
宮本武蔵の残した「五輪書」を読みながらベッドで光剣による超速戦闘への応用について考え事をしていると、ドアからアテナが入って来た。
「イク、頼みがある」
「何だ?アテナ、操縦の手ほどきか?」
「いやそれはまた今度お願いするとして、実はここに付き合って欲しいのだ」
「なになに?世界コスプレサミット!?」
「そうなのだ。じ、実はその、私は軍服が好きでな」
「それは知ってるが。毎日違う将軍クラスの軍服着てるもんな。ペルソナ時代は実際『将軍』だったし」
「それで、ただコスするだけでなくて、実際の試合を見せたら面白いのではないかと思ったのだ」
「乗った!」
「ありがたい。お礼はのちほどする」
「場所は名古屋で明日が最終日か。準備は出来てるのか?」
「準備は出来てる」
「ぼくもコスするのか?」
「いやそのままでいい。それから防御シールドは透明だから剣戟時はシールドを張っておくし、刃を潰した私の剣大剣のレプリカとイクの持つ光剣レプリカも用意した」
「手回しが早過ぎる。実に良い!」
「本当に悪そうなコスをぼくがしなくていいのか?黒のヘルムと真っ黒なビニール調のカルゼグ黒鉄軍団みたいなコスならすぐ出来そうだが?」
「もしそれを着てくれるとありがたい」
「ネリネに頼んでみる」
そしてネリネを呼び出すと直ぐに作って間に合わせると言ってくれた。
当日、衣装と小道具と共に飛行機で会場に向かう。タクシーを拾って会場に着くと、もう各国のコスプレイヤーでごった返していた。エントリーを済ませ、白衣のまま更衣室に行くと、みんなギョッとしたようにぼくを見る。なぜ巨大企業の幻の会長がここに?それとも会長のコスか?ってわけだ。
ぼくはにこにこしながら黒一色のカルゼグ黒鉄軍団のヴェスペラ将軍のコスをすると、アテナと合流した。
この光剣レプリカは実は強化素材の大きなペンライトみたいなものだが、実物を再現出来ていた。アテナの大剣も本物みたいだ。本物じゃないよね?ぼく死んじゃうし。
スペースを確保すると剣戟の開始だ。当初は人は周りに少なかったが、あっという間に人だかりができた。恐らくは剣の腕が本物だから白熱した真剣勝負に見えるのだろう。ご丁寧にアテナとぼくの剣が打ち合うたびに火花が飛ぶというのも実剣に見えるからなおさら動画を取りたくなったのだろう。ぼくらはいつも稽古で対戦しているから不自然に見えるはずもない。一時間ほども打ち合っただろうか。ぼくらは人だかりの四方八方にお辞儀をして、個別の要望に応じたポーズの撮影に入った。これがひと段落するのにおよそ2時間は掛ったが、久々に心地よい時間を過ごした。
3506年コスプレ最優秀賞が発表された時、ぼくらは目を疑った。それは受賞者がアテナ&イク組だったからだ。そして受賞後にイクとはIK Android社の会長だと見事にバレたのだった。
帰宅するとぼくはまた五輪書をベッドで読んでいた。するとアテナが部屋に入って来た。
「イク、ありがとう。そのお礼なんだが……」
「お礼なんて気にしなくていいぞ、ぼくも久々に超面白かったからさ」
「いやそういうわけには……」
「いや、ほんとに気にすんなって」
この後、ニュースを見たクレア社長とシャイン副社長に「何やってるの!?会長だってバレバレじゃないの!」と怒られ、ソフィアにも呆れられたのは言うまでもない。




