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無限という異世界は

 重量感のある列車の扉が開く。俺の地元ですらも絶滅危惧種に指定されてもおかしくない後払いで乗車料金を払うワンマン鉄道は降りるときに料金は払わないといけないのだが、そこで俺は初めてこの列車には運転手がいないことに気付く。だが、扉は開いて自由に降りてどうぞと俺を導く。俺はその流れには逆らわずに電車から降りると比に電車の扉が仕舞ってアナウンスも発車のベルもなしに電車が汽笛を鳴らしてエンジンの回転速度を上げて走り去っていった。

 追いかける気も起きずに降り立った駅を眺める。途端の屋根に周りは飾り気のない灰色の鉄板で囲まれている。駅というよりは鉄くずを集めて作ったゴミ屋敷のようだ。下へ降りる階段があってそれを降りる。頭上には電光掲示板があったがその掲示板に明かりは灯っておらず真っ黒だ。この駅には北口と南口があるらしくその案内板を見る。

 なんとなく北口へ向かうとそこには俺がよく見る改札機が置かれていたが。埃をかぶっていて切符を通していないお客を止めるための板も外れて床に転がって完全に壊れて動かないのが目に見えている。改札の駅員室を覗いてもそこに人の気配はない。置いてあるパソコンのキーボードのキーのいくつかが抜け落ちていて画面の割れてしまっている。資料は腐敗しているせいかぼろぼろになって床に散乱している。

 まるで突然人間が消えてしまったかのようだった。そんな不気味な雰囲気に飲まれそうになる。

 改札を通って駅から出ると鉄の地面に高々と飛びえた角は鉄の建物。剥き出しの鉄骨に鉄板を貼り付けて窓をつけただけの安易なつくりの建物が駅を囲んでいた。道というものは存在せず金網で作られた通路のようなものが迷路のようにビルの間へ延びていた。本当に重々しくて冷たい金属に囲まれた町は金属アレルギーの人が迷い込んだら命に関わるだろうなとこの場においてどうでもいいことを思いながら足を進める。人を探して。

 閑古鳥の鳴く鉄の町には人の気配はない。鉄のビルの間に洗濯紐が繋がっている洗濯物が干してあるが風で隅っこに密着していたり朽ちて穴が開いているものもある。そして、歩く金網の下はあの薄ピン色の海が見えた。ほのかに香る磯の香りからして潮風が町のいたるところをさびさせて朽ちさせている。

 見上げれば海の色と同じ薄ピンク色の空。鳥が飛んでいるのが見える。生き物がまったく住めないというわけじゃない。気配はないが人が住んでいた形跡はある。では、どうして人がいない?潮風でさびて所々方が来ているがまだまだ住めるビルだ。そもそも、根本的なことを考えれば。

「ここはどこだ?」

 駅名から無限北方という地名なのだろう。駅名は基本的のその土地に由来するものが多い。北方という地名からして町の北のほうなのだろう。でも、無限ってなんだ?無限なんて地名があれば俺が知っているはずだ。小説家を目指すに当たって雑学的にいろいろと気になったことを調べては知識として蓄えている。その中で無限なんて地名があれば一度は目に留まってもおかしくない。こんなゴーストタウンならばなおさらだ。

「まじでここどこだよ?」

 人が誰もいないことがここまで不安に感じたことはない。今まで人の流れというものを嫌って避けてきた俺がここまで誰か人がいないかと欲したのは本当に何年ぶりだ。とにかく、この街を歩き回ればきっと誰かいるだろう。やけくそに町を歩き回る。

 鉄の町には屋台がある。鉄板は茶色くさびてしまっている。何か八百屋か魚屋のような店を見つけたが軒先に並んでいるはずの食料品は見る影もない。ポスターを貼るための掲示板を見つけたが紙を止める画鋲を残してポスターはなくなっていた。ためしに建物の中に入る。足元が見える金網の階段をビルの二階に上がって錆びた防火扉を開けると中はフローリングの廊下が続いていた。土足で上がって近くの扉を開けるためにドアノブに触れて引くとドアノブが取れてしまった。完全に木製の扉が腐っているせいだ。中はベッドルームのようだが羽毛が部屋中に散乱している。窓ガラスが完全に割れ落ちていて鳥が侵入してきてベッドの羽毛を巣の材料にもしたのだろう。他の部屋も同じ感じだ。家具はなんとか形を残しているが触れれば今にも崩れて壊れてしまいそうだ。

 まるで俺の心のようだ。夢を立たれて現実に見放されて何か次に起きる大きなショックで俺という人格が壊れてしまいそうだ。夢も現実もすべて捨てて、俺という人格がぶっ壊れて、社会という世界の中でいらない子扱いされて朽ちていく。心も体も。

 ベランダに出ると鉢植えの花は枯れ果てて中の土も完全に水分を失っている。鉄の柵は俺が体重を乗せてもまだ壊れることはない。ワイシャツに赤錆がつくことも気にせずに柵にひじをついて町を見つめる。

「なんにもない」

 何もない。今の俺だ。何もない。夢もない。行く先もない。

 ある人は夢を最後まで追うべきだというが、現実は夢など追わずに堅実に働けという。それが俺の今後の人生を幸せなものにするからだ。賭け事と同じだ。金を夢という宝くじを買ったとしてもその夢は結局夢でしかなく、その宝くじで幸せになれるものなんてほんの一握りなのだ。本物の幸せというものを掴むのは社会に出て流れに逆らわず堅実に生きるものだ。

「それの何が楽しいんだ?」

 それはこの社会というものが堅実に働いたほうがいいほうに流れるように仕込んでいるだけだ。実際はそうじゃない。別に自分のやりたくない仕事をして、自由時間を潰して得た幸せというものは本当にすばらしいものなのだろうか?

 結局のところ、この考え自体が社会に出て働きたくないという逃げに思考だ。そんなものは捨てないといけないとは分かっていても夢を胸のうちに掲げている以上それを捨てることは容易じゃない。小学生くらいの子供なら夢を抱いても大人はきっとそれをこうして応援してくれるがいずれそれが無理だと自分で悟る。大人が抱いた夢というのは子供のときに抱くときと違い否定されることが多い。でも、がんばれば叶えるだけの力を大人は持っている。それが俺の行く道を混沌とさせる。

 このまま考えるのをやめてここから飛び降りて死ねばどれだけ楽だろうかと何度も考えてしまう。でも、死ぬのは怖いから下を見ないで遠くを見る。

 一瞬だった。一瞬、影が見えた。俺はそれを見逃さず身を乗り出すようにその影が見えた方向をじっと見つめるとビルとビルの間を何か陰が横切った。それは鳥のような小動物じゃない。しっかり二本足で立っていて歩いていた。まさにあれは人間だ。

「人がいた!」

 慌ててベランダから朽ちたリビングを通ってそのビルの一角の家を飛び出して金網の通路を走って影の見えたビルの間を抜けるとそこは海だった。見渡せば薄ピンク色の海と空が広がっていた。建物を支える巨大な鉄柱に薄ピンク色の海水がぶつかって小さな白波を立てている。左右を見渡して俺が見たあの影が幻覚でないことが証明された。

 そこはまるで船着場のようにコンクリートで鉄の島から飛び出していてその先にはところ心茶色く錆びた白い灯台がある。その膝元に長いすり竿を水面にたらして辺りを待つ人影がいた。俺がその人影の元へ駆け寄るとその人影は俺の接近に気付いて顔をこちらに向ける。

 人影は少女だった。年は14,5歳くらいだ。数年前まで同世代といっても過言ではない年の子だ。黒髪の後頭部にまとめポニーテールになっている。パッチリとした大きな瞳に低い鼻は美形といってもいい顔だ。青いチェックのスカートに半そでのワイシャツにサマーセーターはまるで制服のようだ。その手には不釣合いの釣竿が握られていて脇にはクーラーボックスが置かれている。釣りをしているのだ。不釣合いだけど・・・・・。

「お兄さんどこから来たの?」

 不思議そうに首をかしげる姿はかわいいが、俺が手を出せば犯罪といわれてもおかしくない。そういうお年頃になってしまったのだ。悲しいことに。

 しかし、質問されたら答えなければならない。それが就活生をしている俺の定めとなってしまっている。その流れには逆らうことはできず俺は答える。

「どこからって千葉からだけど」

 地元は岐阜県だけど、現住所は千葉県なのでどこから来たといわれたら後者の県名を答えるのが自然なのだ。

「千葉って・・・・・どこ?」

「え?知らないの?」

 少女はうなずく。

 いやいや、千葉県を知らない人って日本に存在するの?岐阜県知らない人は山のように会ってきたけど、千葉県知らないとか夢の国と称されるねずみの国を知らない人ってことになるぞ?それって大丈夫なの?社会的に?ってその社会を否定する俺が心配することでもないけど。

「あ~!」

 何か気付いたように声を上げる少女。さすがに千葉県がどこにあるかを思い出したようだ。

「おにいさん有限から来たのかな?」

 何を言っているんだ?この少女は?

「ゆ、有限?」

 俺の疑問を押しつぶして少女は続ける。

「有限。お兄さんが来た世界の名前だよ。有限の世界はその名のとおり有限なんだよ。世界のどの場所に行って結局は一周して元の場所に戻ってくることになる。物に無限という言葉が存在しない世界」

「え~と、つまりどういうこと?」

「有限からきたってことはお兄さんはこの世界がどんな世界なのか知らないよね?」

 知らない。

「ここは無限の世界。すべてが無限に続く世界だよ」

 すべてのことが無限に続く世界ってどういうことだよ?

「そーか、そーか。すごく久しぶりに人に会えてうれしいよ」

 といって釣竿の糸を引く。至極うれしそうに。

 そして、糸に浮きが見えたその浮きの先に針はなかった。

「それだと魚は釣れないぞ」

 と無難に指摘した。

「釣れるよ」

 餌もないのに針を見て、「あ、うまそう」とか言って針に食いつくバカな魚はこの世に存在しないだろ。奴らだって生きているんだ。俺たちに食べられるために生きているわけじゃない。

「お兄さんはこの世界に来たばかりだから知らないだけだよ。この世界では望めば何でも叶う世界なんだよ」

「望めば何でも叶うのか?」

「そうだよ」

 至極まじめに少女は答える。まさか、そんな。大人をバカにするのもほどほどにしておけよ。

「なら、彼女が欲しいって言ったら君は俺の彼女になってくれるのか?」

 と冗談のつもりで言った俺の望み。ちなみに彼女は小学生以来いた記憶がない。小学生ながらに俺は気付いてしまったのだ。女と恋人という関係で付き合うことは普通に付き合うよりも意味が分からないくらいめんどくさいということに。

「いいよ。お兄さんの彼女になってあげる。ほら、叶ってでしょ」

「いや、それ叶ったって言うのか?」

 からかわれたの間違いじゃないか?

「いまいちお兄さんが信じていないみたいだから証明してあげよう」

 と回収した餌のついていない釣竿を投げるって言うのか分からないが釣竿を振った少女の釣り針は沖のほうでポチャンという音をたてて沈んでその上で浮きが浮いている。

「さて、何を釣ろうかな?晴れてお兄さんの初彼女になれたわけだからめでたいことだよね」

 なんで俺が年齢=彼女いない歴みたいな解釈になってるの?

「来た!」

「はぁ?」

 餌もついていないのに魚が食うわけないと思っていたのに釣竿はしなって引いていた。

「嘘だろ」

「うおおおぉぉぉぉぉ!」

 雄たけびを上げながら少女は糸を巻いて吊り上げたのは桜色のうろこを持つ魚。

「めでたいからね。鯛を釣ろうと思ったんだよ」

 といって釣れた鯛を慣れた手つきで掴んで俺の方に笑顔でブイサインで自慢してくる。

 だが、釣り糸には餌はついてなかった。どうして、それで鯛がつれたのか?この鯛がバカなのかもしれないが、目の前の少女は俺に教えてくれた。この無限という世界では望めば何でも叶う世界だと。

「ようこそ、無限の世界に」

 俺が迷い込んだのは無限という異世界といっても過言ではない場所だった。

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