有限の世界に帰るには
「ふっふっふっふ~♪」
と鼻歌を歌いながら鯛が入ったクーラーボックスを肩に下げて釣竿が頭上の鉄柱にぶつからないように気をつけながら少女は誰もない腐敗した鉄の町を歩く。そして、目に入った誰もいない鉄の町の一角に明かりが見えた。少女はそこに向かっていた。そこは店先で魚を売るような小さな店のようだ。水の張っていない水槽がいくつも並んでいる。その店先に赤提灯のようなものがかけられていて赤いランプが辺りを赤く照らす。
「ただいま~」
と帰りの挨拶をしたことから。
「誰かと暮らしているのか?」
と尋ねる。
「いや、ひとりで暮らしてるよ」
と釣りの道具を店先の脇に置いてクーラーボックスの鯛を取り出す。
「何食べようかな~。お兄さんは何がいい?」
「いや、何を食べたいとかの問題じゃなくて」
「鯛だからね・・・・・鯛めしにしよう!釜飯風にした方がおいしいかもしれない。あ、でも、釜がないな~。釜が欲しいな~」
と少女が呟くと俺の背後のゴミ捨て場みたいに鉄くずが山のようにたまっているところに何かが落下してきた。ガシャンと言う派手な音を立てて。思わず驚いて肩をびくつかせてしまって恐る恐る振り返る。
「怖がるお兄さん、かわいい」
「うるさい!」
それよりも何が突然振ってきたんだ?
少女が怯える俺の横を通って何かが落ちてきたもののところに向かうと。
「あ!釜が落ちてきた。洗えば使えそう」
「え?釜が落ちてきた?」
「そう」
うれしそうに笑顔を向けてスキップでクーラーボックスの中に戻した鯛を再び尾びれから掴んで店の奥に運んでいく。
どういうことだ?確かに彼女は釜が欲しいと呟いたから釜が空から落ちてきた。上を見上げるとそこはビルの住居のようだった。家の中に入ったときに部屋の中の家具は触れれば壊れてしまいそうな状態だった。釜を置いていた棚が朽ちてその重量に耐えられず壊れてそれがベランダまで転がってきてここに落ちてきたということなのか?鯛を釣ったときもそうだ。偶然にしては彼女の願いがすべて叶っている。
この世界は望めばすべて叶う。
少女の叶えた願いは小さな願いだったけども俺も真剣に願えば叶うのだろうか?
「俺は・・・・・」
願いを望みを言う前に少女が俺を呼ぶ。
「お兄さん!そんなところにいないでこっちに来なよ」
願いを言う前に出鼻をくじかれた。また、今度でもいいだろうと少女の下へ向かう。
少女が住んでいると思われる住居は元々魚屋だったようなでガラスが割れしまった水槽の裏側には調理できるスペースがありそこで少女が慣れた手つきで鯛を捌いていく。
「料理は得意なのか?」
という俺の問いかけに対して。
「うん!好きなの!」
という元気な返事が返ってきた。俺が欲しかったのは得意なのかそうでないのかを聞いたのだが・・・・・そんな皮肉を言っても仕方ない。周りを見渡すと片付いてはいるがやはり所々ガタが来ている。この元魚屋はコンクリート製の壁に包まれていて所々の壁にひびが入っていて一部ははがれて中の金属も見えてしまっている。見上げれば裸電球を吊り下げるためのコードの先には何もない。少女はただ、調理スペースが広いという理由でここに住み着いているだけみたいだと俺は結論付ける。もしも、ずっとここに暮らしているならここまで朽ち果てる前に何か対策を打ちたてるはずだ。
居住スペースであろう畳の敷かれた居間が店先とガラスとで繋がっていた。縁側のような小さなスペースの先に畳の部屋が見えた。少女は特に手伝えとは言わないので中を探索するために靴を脱いで中に入る。そこも表と同じコンクリート製の壁だった。梅雨時になると湿気がやばそうだ。だが、本棚や部屋の隅には布団がたたまれていて天井からは割れていない裸電球がぶら下がっている。窓もあって覗けばそこはビルとビルの境目でした薄ピンク色の海が白波を立てている。
「いいところでしょ」
調理中の少女がそう俺に自慢する。
「湿度が最悪なところを覗けばな」
「湿度なんかも望めばどうとでもなるよ!」
少女は調理場の隅においてある業務用冷蔵庫からしょうゆ、酒、みりんを取り出す。釜の中にはすでに白米が入っていて底に捌いた鯛と鯛の頭を入れてそれぞれの調味料を計量スプーンを使って入れていってふたをする。鯛を捌いていた調理代の隣にはガスコンロがあってそこに釜を置いてチャッカマンを使ってガスコンロに火を入れて釜飯を炊き始める。
「よし。少し休憩しよう」
「手馴れてるな」
「料理は好きだし、やらないとご飯食べれないし」
やらないといけない状況にあると彼女は言った。
「君はいつからここに住んでいるんだ?」
「う~ん、分かんない」
分かんないって・・・・・。
「この世界って1日中空は薄ピンク色のままなんだ。いつが昼で夜なのか分からないんだ」
「ここは昼も夜もないのか?」
「うん、ないの。だから、私が何日ここにいるか分からないわけなんだよ。時間って言う概念がないのかもね~」
おいおい、さすがに日付が分からないと帰ったときにいろいろ面倒だ。何日研究室をサボったかで先生の怒りボルテージが違ってくる。それに今日以外にも企業の会社説明会をスケジュールに入れている。何日もこんな何にもない無限の世界に居座るわけに行かない。
「でも、時間を計測する方法はあることにはあるよ」
「日が動かないのにか?」
「うん。お兄さんはどうやってここに来た?」
「・・・・・電車」
「無限鉄道っていうらしいだけど、この世界の唯一の交通手段なんだよ。しかも、時間通りに運行されている。電車は1日1本だけこの無限北方に停車する。その電車が来たら1日過ぎたって数えていれば何日ここにいたか分かるよ。私みたいにあきらめなければ」
少女が指を刺すほうを見て俺はすべての思考が一旦停止した。その壁一面に正という文字がまるで呪文のように刻まれていた。精神でも病んでしまったんじゃないかって心配したくなるほど正という文字が床すれすれのところから天井までびっしり刻まれていた。
「最初は数えてたんだよ。でも、途中で数えるのをやめたんだ」
「なんで?」
そもそも、数える必要性があるのか?電車は1日一本この町に止まるんだろ。だったらそれに乗って帰ればいい。が、数えるということは何か理由があるのだ。その答えを俺はすぐに知る。
「あの列車、有限に行くのは1ヶ月一本しかないんだ」
「・・・・・え?」
今度はさっきよりも長く思考が停止した。
海水が白波を立てる音と火にかけている鍋の蓋がガタガタと揺れる音だけが鮮明に聞こえた。




