トーク3:原田和泉の学校事情
午前五時。目覚ましが室内に響き渡る。
ベッドボードの上に置いた目覚ましを布団の中から手を伸ばす。音は静まらない。
渋々布団から這い出て、机の上に置いてあるスマホから響くアラームを止める。まだ止まない。
次に壁掛けのデジタル時計から鳴っている目覚ましを止める。やっと鳴り止んだ。
「和泉、うるさい。早く止めて」
「ごめんおかあさーん…ふわぁ…」
とある住宅街にある原田家の朝は、私だけ早い。
お母さんは寝たりないのか不満そうに自室に戻る。
…確か昨日は夜勤だったかな。看護師って大変。
部屋を出て、軽く身支度を調えてから…再び部屋に戻って制服に着替える。
早くしないと電車に乗り遅れてしまう。
お母さんが用意してくれていた今日のご飯代を机の上から取り、早速学校に———。
「和泉、リュック忘れてるよ」
「あっ!?ありがとうお父さん!」
「いえいえ…相変わらずそそっかしいねぇ」
「ごめん…」
「あ、ああ…責めている訳ではないんだよ。そこも和泉らしいいいところだからねぇ」
「そそっかしいが?」
「言うだろう?短所は長所とも。思い切りがよくて、勢いよく行動する無鉄砲さは心配になるけれど、そう動ける人は早々いないから」
「…」
「ほら、荷物は大丈夫?早くしないといつもの電車、乗り遅れるよ」
「そうだった!いってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん!」
お父さんは仕事に行く前に私を見送ってくれる。
公立の受験に落ちて、この近隣で唯一後期試験を実施していた冷染女子に通わせてくれている両親。
高い私立の学費を払ってくれている二人には、頭が上がらない。
中学は散々だったから、高校では心配かけないように頑張らなくっちゃ!
人一人いない住宅街を駆けて、駅に向かう。
そこから電車で二時間。冷染女子高校の道は遠い。
◇◇
満員電車にぎゅうぎゅうにされるのが常。
やっと解放されても、こうして坂の上を歩くのだから…通学って大変。
今日はなんとなくだけど、人が多かった。
全然座れないし、もみくちゃにされるし…まだ学校始まってもないのに、疲れちゃったなぁ。
「はよ、和泉」
「舞先輩…おはようございます」
最寄りに到着する頃は、登校のピーク時間。
同じ制服の子が何人も坂の上を目指して歩いていた。
勿論、舞先輩もこの時間…と、いうより私に合わせてこの時間に到着するようにしているらしい。
本当に、変な人。
「今日もお疲れだねぇ。おんぶしてあげようか」
「悪目立ちをするので、勘弁してください…」
「でも顔色悪いよ?肩ぐらいは支えさせな〜?」
そっと肩を抱き寄せて、身体を支えてくれる。
少し歩きにくいけれど、悪い気はしないかな…。
「おはようございます、舞。和泉は…大丈夫ですか」
「おはようございます、律葉先輩。和泉は満員電車で揉まれて、しおれておりまして」
「大変ですね…どこに住んでいるんですか?」
「あー…月村です」
「…神栄からはかなり遠くないですか?」
「電車でも二時間ぐらいかからない?」
「はい。各駅停車じゃないので、もう少し早いんですけど…徒歩を入れたら、二時間ぐらいです」
「「そこまでしてこんな何にもない高校へ…?憧れの出身校だったり…?」」
「二人からしたらそんなに魅力がないんですね、この学校…」
確かに、百年の歴史があるだけで…名前さえ書けば割と誰でも合格できるおバカ高校としての側面が強い。
舞先輩とか律葉先輩とか、紅奈先輩とかが異常側で…実際は私のような成績の子が多い様子。
「私は、ここしか選択肢がなかったので。公立高校落ちましたし…ほら、ご存じの通りの成績なので」
「「あー」」
「お二人は、どうしてこの高校に?」
「私の家、駅前の本屋だから。徒歩五分ぐらいで通学楽だな〜って思って。ここにした」
「あの本屋さん、舞先輩の家だったんだ…」
確かに、駅前に堂々と構えた個人書店が存在していたが…まさかあれが舞先輩の家だったとは。
「安くは出来ないけど、電車待ちの時は立ち読みしてっていいよ」
「いや迷惑ですよね」
「家主の子供がいいって言ってるんだからいいんだよ!」
「んな暴論な…」
それに私読書苦手だし…。
本屋に立ち寄って、舞先輩から「愛読書」を薦められるのもなんだかなって思うし…。
舞先輩の読んでる本、小難しそうだからご遠慮しておきたいんだよなぁ…。
「勿論私が作ったコーナーの作品は網羅して貰う。特にこのバイブルはおすすめ。私がこんな学校に偏見を拗らせたきっかけの本」
「へぇ…女子校の姉妹制度を取り扱ったラノベですか。古い作品ですが」
「名作!あんたんところの畑もあるでしょうが、そういうの!」
「まあ、そうですね…」
「?」
らのべ?畑?…訳の分からないワードが飛び交うが、二人は気にせず軽く目配せをしてその話題を切り替える。
…あまり話したくないことなのかな。
「まあ、読書週間とかなさそうだし…とりあえず漫画を読むとかさ。いいの揃えてるよ。この前テレビアニメ化したあの作品とか…」
「ごめんなさい、うち…アニメとか全然見なくて…」
「面白い作品沢山ありますよ。最近は配信サイトで見れたりしますし…最近話題になった鬼になった弟を救うお姉さんの話とか。社会現象になったではないですか。あれとかも…?」
「親がそういうのは早いって…見せて貰っていませんね。キャラとかは何となく知ってはいるんですけど…」
「過保護なご両親だねぇ。もう高校生なんだから、好きに見させたらいいのに」
「…私が小さい頃、とある映画で主人公がワインに溺れてしまうシーンがありまして…それを血に誤解してしまって、夜も眠れないぐらいのトラウマになっちゃって…以降、血が出てくる作品は絶対に見せて貰えてなくて…」
舞先輩も律葉先輩も「そうはならんやろ…」みたいな目をしていた。
…そうだよね。流石にワインが血に見えただなんて…。
「子供の想像力って凄いですね」
「ま、わからんでもないかなぁ。古い作品だったら血の色とワインの色とか似てる…ってことにしておこうかな」
「すみません…」
「でも、そういう環境なら…周囲との話題にも困っていたのではないですか?」
「いえ、特には…ほら、月村の市街地はともかく、ちょっと進んだ先は山ばかりで、一クラスどころか、学年が纏められている環境とかザラなので…。理由は違っても、似たような感じの子は沢山いましたから」
「へぇ…同じ県でもこんな違いがねぇ…私は見ての通り神栄産まれ神栄育ちなんで、ごくごく普通の学校生活でしたが、律葉先輩はどうだったんです?」
「私ですか?そうですね…私は普通の小学校から、あの中学に…」
律葉先輩が示した先は山。
そこの上にある女子校を、私達が知らないわけがない。
勿論冷染女子ではない。冷染女子は、駅から徒歩五分———市街地の中に構えている高校なのだから。




