天啓の聖婚(ブリューダロープ)
主神殿での許可から、そう間を置かずに――聖婚式は主神殿の奥にある究神宮の全神の間で執り行われることになった。
全神の間――
神のみ立ち入ることが許される大広間で、その奥には巨大な世界樹が生えている。100m位あるのではないかと思えるほどの壮観な光景である。その巨木のやや低い所に丸い金色に光る水晶のようなものが埋め込まれている。究神の水晶と呼ばれるそれは、神々自体であり人で言うところの魂のようなものらしい。
よほどのことが無いとここに来ることはない神々が、主神の令により一堂に会した。
世界樹の前に立つエンドールが、両腕を上げて告げる。
「今ここに、戦いの女神アネッサと、我らと同格のセンイチロウのブリューダロープを執り行う」
その瞬間、世界中で異例の現象が起きる。
アル・スエンジール帝国の大聖堂。辺境の小国の小さな礼拝堂。海辺の村の祈りの家。
そのすべてに、同じ時刻。天井を突き抜けるような、真っ直ぐな光が差し込んだ。
「な、なんだ……?」
「これは、“天啓の光”……?」
眩しいほどの光。だが、不思議と目は痛くない。胸の奥に、あたたかいものだけが広がっていく。
光のスクリーンの中に、「映像」が映し出された。
――神界の教会。
高い天井に、星のような光が瞬き、白い石柱とクリスタルのステンドグラスが柔らかな光を反射している。
その中央に立つのは――
白銀のウェディングドレスを纏ったアネッサ。
裾には、戦いと守護を象徴する紋様が銀糸で刺繍され、胸元には、太陽と剣を模したモチーフ。
頭には純金のティアラ。プラチナの糸で編み込まれたベールが、肩をさらりと覆う。足元には、光を受け虹色にきらめくクリスタル製の靴。
いつもの武骨な鎧ではなく、白銀に包まれた姿。少し照れくさそうで、それでも堂々とした表情。
その隣には――
この世界にはない、奇妙な装いの男。
黒い羽織に、背中には丸の中にカタカナの「セ」が入った家紋。紋付き袴。見慣れないヒダの入った礼装。
足元には「雪駄」という、不思議な履物。
センイチロウである。
世界中の教会で光景を見ている人々は、一斉に首を傾げた。
「な、何だあの格好は……」
「どこの民族衣装だ……?」
「背中の“セ”って何の紋章だ……?」
神界の教会の前方には、主神エンドール。
彼は厳かに問いかける。
「戦いの女神アネッサ」
「はい」
アネッサは白銀の裾を揺らしながら、真っ直ぐ前を見据える。
「そなたは、人の子センイチロウを夫とし、その短い生を共に歩み、そのすべてを自らの選択として受け入れる覚悟があるか」
「――あります」
迷いのない声。世界中の教会に、その響きが届く。
エンドールは頷き、センイチロウへ視線を向ける。
「人の子センイチロウ」
「はい」
袴の裾を踏みそうになりつつも、必死に体勢を保ちながら答える。
「そなたは、戦いの女神アネッサを妻とし、その長い時の中の“一瞬”を、誰にも負けない濃さと笑いで満たすと誓うか」
センイチロウは、アネッサと視線を交わす。彼女が、ほんの少し唇の端を上げた。
「――誓います」
世界各地の教会で、息を呑む音が漏れる。
エンドールの手が掲げられた。
「我、神界の主神エンドールの名において」
「戦いの女神アネッサと、人の子センイチロウの結婚をここに認める」
「――二人に祝福あれ」
教会の中に、柔らかな光の雨が降る。
アネッサのベールがふわりと揺れ、センイチロウの家紋「○セ」が、やたら印象的な角度で光を受けた。
地上の教会にも、同じ光の雨が降り注ぐ。誰も理由は分からない。ただ、胸の奥に、少しだけあたたかいものが灯るのを感じる。
「……きれい」
「神様の結婚……?」
「いや、人間も混じってるぞ」
センイチロウが、アネッサにそっと手を差し出す。
「――これから、よろしく」
「こちらこそ」
アネッサは、その手を取った。
世界中の教会に満ちていた光は、静かに薄れていく。
日常の光景が戻ってきても――「あの日見た、奇妙で綺麗な天啓の結婚式」の噂は、各地で語り継がれることになる。
誰も、その花嫁と花婿が、いずれ「世界の担い手」の両親となることは知らないまま。
そして、ほどなくしてアネッサは小さな命を宿す。その娘――マカロンの物語が、静かに始まろうとしていた。




