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マカロン~世界の筋書きを殴り返せる少女~  作者: S@top


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五つの鍵と十二の星

灰銀の小城は、相変わらず中庭のど真ん中で、しれっと鎮座していた。


王城離れの中庭。昼過ぎの陽光。

花壇は風に揺れ、泉はきらきらと水面を震わせる。

その中でただ一つ――灰銀の小城だけが、世界から切り離されたように静まり返っていた。


「……好き勝手してくれたわね、陛下」


マリアは城の前で腕を組み、ため息をついた。

足元には、細い縄で即席の封鎖線。その外側に近衛たちが警戒線を張っている。


「先帝ガルド陛下の話では?」

と、マカロンが小声で尋ねた。


「ええ。あの人、生きてる間でも十分好き勝手してたのに、死んでからも仕事増やしてくるのよ」

マリアは紙片を軽く振った。

「“五大賢者の戒めを解け”……ってね」


紙の上では、ガルドの癖のある字が踊り、その上に雑なひまわりがニコニコ笑っている。

字面だけ見れば、可愛い悪戯メモでしかない。


「……すぐにでも、ブランディア宰相が合流します」

ブルートが報告する。

「近衛の配置は?」

「小城の周囲五歩を封鎖。結界への接触禁止。報告を受けてから、猫一匹も近づけておりません」

「猫まで?」

マカロンが目を瞬く。

「隊長が“好奇心だけは近衛並み”って言ってたからな」

ブルートは真顔だった。

「……誰のことですか」

「主にマリア陛下です」

「あとマカロン少将も」

さらっと追加され、マカロンはむせた。


「なにか言った?」

マリアが片眉を上げる。

「いえ、“太陽とひまわりは好奇心旺盛”とだけ」

「間違ってないわね」


そこへ、足音が近づいてきた。

落ち着いたヒールの音と、早足の軍靴。

銀髪の宰相ブランディアと、その後ろにケイン、シン、そしてアレキサンドル――十二星のうち数柱が姿を見せる。


「お呼びと聞きました、陛下」

ブランディアが一礼するなり、視線を灰銀の小城へと走らせた。

その目が、一瞬で鋭く細くなる。


「……嫌な予感しかしませんね」


「私もよ」

マリアは、ひらひらとガルドのメモを見せる。

「先帝陛下の私印付き。『五大賢者の戒めを解け』。おまけに、小城まで生えてきたわ」


ケインは、静かに小城を眺めた。

「見事な“署名”ですね。ここまで堂々としていると、逆に清々しい」


「このあたりの大地の層、何か変だ」

シンは、しゃがみ込んで石畳に指を触れた。

彼の土星星権能《輪環封鎖》が、地面の下の「輪」をなぞるように広がっていく。


「……五つ。マリア陛下の見立て通りだ」

「やっぱり」

マリアはうなずく。

「音の層、衝撃の層、時間の層、因果の層……あと一つは?」

「“外側”からの干渉を遮る層」

シンが淡々と言う。

「世界の書き換えに使われる線を、一時的に遮断している」


マカロンの胸の奥が、ちくりと痛んだ。

(世界の書き換え……)

(ひまわりの家が消されかけたあの感じと、同じ匂い……)


「ブランディア」

マリアが紙を手渡した。

「政治の目、よろしく」

ブランディアは羊皮紙に目を落とす。

短い一文と、雑なひまわり一輪。


「“五大賢者”。それ自体は、神話にも文献にも頻出する概念です」

ブランディアは、まるで難題を前にした教師のように淡々と語り始めた。

「世界創世期に理論化と封印を担当した五人の賢者。時間、空間、因果、記憶、生命。それぞれの理を整序し、“乱用禁止”の戒めを残した、とされます」


「乱用、してた人が言うと説得力あるわね」

マリアがぼそっと呟く。

「誰のことでしょうね」

ブランディアは軽く微笑む。


ケインが、紙を覗き込む。

「『戒めを解け』――ということは、“封印を全部外せ”という意味ではないでしょうね」

「でしょうね」

ブランディアは即答した。

「五大賢者の戒めを全部外したら、世界は三日と持ちません」


「三日も?」

マカロンが思わず口を挟んだ。

「意外と長いですね」

「長くないからね、それ」

マリアが額を押さえる。


「現実的に考えるなら」

ブランディアは、紙の上のひまわりに指先を添える。

「“五つの戒めに一部例外を設けろ”という意味でしょう」

「つまり?」

マリアが首を傾げる。


「今、この世界に対して行われている“外側からの書き換え”それに対して、五大賢者が遺した『これはやるな』のルールを、限定的に解除する」

ブランディアは、小城を見据えた。

「ガルド陛下が、先にやっていたのかもしれません。“反撃の公式”の仕込みを」

「……あの人ならやるわね」

マリアは深く息をつく。

「“世界が退屈してるから、楽しい問題を置いていく”とか平然と言ってたし」

アレキサンドルが、腕を組んだ。

「それはいいんだが――実務上はどうなる?」

「五つの層、それぞれに“鍵”が必要だと思われます」

シンが灰銀の城を指す。

「一つ一つ、違う性質の結界。

 音を開く鍵。衝撃を開く鍵。時間と因果と、外側の手を――」


「そして、記憶」

マリアが付け足した。

「アビス・オブリヴィオンで、世界の奥に沈められた“誰かの記憶”。

 それを、部分的に引き上げる鍵が必要になる」


「記憶……」

マカロンは、自分の胸元を押さえた。

ひまわりの紋章の奥。

ストロベルン、絶・深淵忘却。

覚えていないのに、確かに自分のものだと感じる“穴”。


「五大賢者の戒めを解くということは、五つの鍵を揃える、という意味でしょう」

ブランディアは静かに結論づけた。

「そして、そのために――十二星が選ばれた」


「ここで十二星を巻き込んでくるのね」

マリアは苦笑する。

「やっぱり陛下、仕事を分散させるのは得意だわ」

「自分だけで抱え込む人に言われたくはありませんが」

ブランディアは容赦がない。


灰銀の小城から少し離れた一室に、王城の最高戦力が集められていた。


マリア。ブランディア。マカロン。

ケイン、アレキサンドル、シン。

そこに、今は帝都に滞在中の十二星の何人か――ローズ、ウルティア、シルフィア、メルティア、アストロン、メテオス――が顔を揃える。


「なんというか……」

ウルティアが、会議室の天井を見上げた。

「“世界会議 in 王城の小部屋”って感じね」


「軽く言うな」

シンがぼそりと言う。

ローズ・フォン・ピースは、両手を胸の前で組んで、小城の見取り図に目を細めた。

「五大賢者の戒め……。

 私たち(十二星)の中にも、それぞれに対応する“欠片”があるはずね」

その瞬間、マカロンは見逃さなかった。ローズにはまだ及ばない。私はこれからまだまだ成長するのだ・・と。


マリアがうなずく。

「大丈夫よマカロン。あなたはこれからよ。」

マリアは少し笑いつつも話を続ける。

「五大賢者と十二星の対応表、簡単に整理しましょう」

ブランディアが、手元のメモをさらさらと書き換え、机の中央に滑らせた。


- 時間 ……冥王星《死と再生》メルティア

- 因果 ……降竜星ドラゴンテイルメテオス

- 運命 ……昇竜星ドラゴンヘッドアストロン

- 記憶/物語 ……太陽《獅子》マリア、月《蟹》ブランディア

- 空間/境界 ……土星《山羊・水瓶》シン、海王星《幻海》シルフィア

- 風・通信系の調律 ……水星《双子・乙女》マルクス

- 富/価値のバランス ……金星《牡牛・天秤》ケイン

- 戦火と抑止 ……火星《牡羊・蠍》アレキサンドル

- 人の心と希望 ……木星《射手・魚》ローズ

- 変革のトリガー ……天王星《革命》ウルティア


「五大賢者は本来五人だけど、その“仕事”の要素は世界から削り取られて十二に分割された」

ローズが、指先で机上の印をなぞる。

「誰か一人、あるいは一柱で全部抱えるのは不可能だから」


「つまり、五つの層を開けるには」

アストロンが腕を組む。

「十二人(+太陽と月)の協力プレイが必要ってことだな」


「よくある冒険譚ならラスボス直前のダンジョンだ」

ウルティアがさらっと言う。

「お姉ちゃん、例えが軽い」

シルフィアが苦笑した。


マカロンは、自分の席で小さく固まっていた。

(いま、この部屋の中にいる人たちの顔ぶれ)

(神様級と、世界の背骨級と、それから――)

(路地裏出身の少将)


猛烈に場違いな気がして、膝に力が入る。

「マカロン」

マリアが、あえて軽い声で呼ぶ。

「はい!」

「そんなに固くならなくていいわよ。あなた、この城の“ひまわり担当”なんだから」

「ひまわり担当……」

「重要な役職です」

ブランディアも淡々と言い添えた。

「この場にいる誰一人として、ひまわりの家の現場を自分の目で見てはいない。あなたの記憶と判断は、誰とも取り替えのきかない“鍵”です」


「……鍵」

胸元の少将章と、服の下の紋章が、同時に重くなる感覚がした。


「五つの層のうち」

マリアが、指を折る。

「音――書き換えの際に生じる“ノイズ”を遮断する層」

「衝撃――外からの物理的・魔力的干渉を跳ね返す層」

「時間――中の時間軸をずらす層」

「因果――外の因果から切り離す層」

「そして、“外側の手”そのものを弾く層」


「この五つを、一つずつ“こちら側の裁量で開ける状態”に持っていく必要があります」

ブランディアが補足する。


「そこまでして、中を開ける価値があるのか?」

ケインが、慎重に問うた。

「先帝陛下の置き土産であるのは間違いないが、ガルド陛下の“遊び心”と“世界規模の悪戯”は、いつもぎりぎりの線を攻めてくる」


「価値はある」

マリアは即答した。

「“五大賢者の戒め”が、外側の手に一方的に悪用されているなら。こちらが指一本触れないうちに、世界の筋書きが好き放題いじられるなら」

「それに対抗するための“例外ルール”は、どうしても必要になる」

「そしてその例外は、誰か一人の都合で使わせてはいけない」


ブランディアが静かに続ける。

「だからこそ――十二星と太陽と月。“多数決”で鍵を扱う必要がある」

「……つまり」

ウルティアが、面倒くさそうでいて目だけはきらきらしている。

「世界システム改変の管理者グループ、ってこと?」

「端折るとそういうことです」

ブランディアが認めた。


「で、私の出番は?」

マカロンが、おそるおそる手を挙げた。

この場には、どう見ても自分より強い人たちしかいない。


「あなたは、“五つの層のうち、どこにひまわりを咲かせるか”を決める人」

マリアが言う。

「世界の書き換えの影響を一番食らってきたのは、路地裏と孤児院と、ひまわりの家」

「だから、ガルドはここに城を生やした」

マリアは灰銀の小城の方を顎で示した。

「“この城の中身は、ひまわりの担当者に触らせろ”っていう意思表示よ」


「ひまわり担当者……それ、私しかいませんよね?」

「そうね」

マリアはあっさり肯定する。

「帝都の『ひまわり線』を全部握ってるの、あなただけだし」


マカロンは、こくりと喉を鳴らした。

(ガルド王)

(あなたの“楽しい問題”、ひまわりに投げてきましたね)


「まず一段目――音の層は、私とアレキサンドルが扱うわ」

マリアが決める。

「世界の“ざわめき”と、戦場の“轟音”を一番浴びてきた組み合わせ。

 ここは、外側のノイズだけを落とすフィルターに変える」


「二段目の衝撃は、俺とマルクスが受け持つ」

ケインが続けた。

「白虎の刃と、青龍の盾。

 物理と魔力の攻撃は、こちら側で選別して通すようにする」


「時間と因果は、私たち三姉妹とドラゴン兄弟で分担だな」

メルティアが口を開く。

「冥王星(時間)、降竜星(因果)、昇竜星(運命)。

 必要な分だけ、“引き伸ばし”と“巻き戻し”をできる状態に整える」


「外側の手を遮る層は、私とシルフィア」

シンが静かに言う。

「土星の輪で世界を囲い、海王星で幻と現を切り分ける」

「……それ、やりすぎると、外側の“善意”まで遮断しません?」

ローズが首を傾げる。

「だからあなたも必要なのです、ローズ」

ブランディアが頷く。

「木星《星導恩寵》――人の希望と祈りを拾う役」

「“誰かを救いたい”という意思は通し、“世界を書き換えたい”という手だけを弾く」

ローズは少し照れて笑った。

「そんな綺麗にできるかしら」

「やってもらうわよ」

マリアがさらっと言う。


「そして最後に――」

ブランディアは、マカロンを見た。

「記憶と物語の層」

「絶・深淵忘却アビス・オブリヴィオンで消されたもの、塗りつぶされたもの。

 ひまわりの家の“本来の線”を、必要なだけ掬い上げる鍵」


マカロンは、ゆっくりと息を吸った。

胸の奥のひまわりが、じわりと熱くなる。


「……怖いです」

正直な言葉だった。

「アビス・オブリヴィオンで沈められたものを、引き上げるのは」

「誰が、何を思い出すか分からない」

「でも――」

彼女は、まっすぐ顔を上げた。

「それでも、やりたいです」

「“誰かの都合”で消された線を」

「自分で選び直せるところまで、戻せるなら」

マリアの口元が、ゆっくりと緩んだ。

「それが、“世界の担い手”の親に仕込まれた子の答えね」


「とある国の行方不明の天才変態科学者の変態ぶりを引き合いに出すのはやめてください」

アストロンがぼそっと文句を言った。

「認めるのね、そこは」

ウルティアが笑う。

「変態は褒め言葉ですよ」

シルフィアまで真顔で言い出す。

後で知ることになるが、この変態こそマカロンの父親である。当然この時は物語の鍵を握る人物である事

はマカロンの含めて誰も知らない事である。


会議室に、かすかな笑いが広がった。

重苦しい話ばかりの中に、ようやく生まれた、少し柔らかな空気。


「方針は決まりました」

ブランディアが要約する。

「五つの層を、“解除”ではなく“こちらの裁量で開閉できる状態”に組み替える」

「その際に、五大賢者の戒めのうち必要な部分だけに例外設定を行う」

「そして――」

「この灰銀の城の中身を、一番最初に確認するのは」

彼女の視線が、マカロンに向く。

「帝都のひまわり担当。近衛軍少将、マカロン」

「……は、はいっ」

マカロンは、思わず声を裏返しながら返事した。


「その前に」

マリアが口を挟む。

「ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと準備してからね」

「またそれですか」

「前回、少将叙任の前日に『寝ろ』って言ったのに、あなた、ギリギリまで手紙書いてたでしょ」

「うっ……」

図星だった。


「灰銀の城は、逃げないわ」

マリアは、灰銀の小城を振り返る。

「むしろ、逃げられても困るけど」

「だから、今日明日で無茶はしない」

「十二星側の準備も必要だしね」

ブランディアも頷いた。

「必要な資料、理論、儀式式文。全部揃えるのに、最低でも数日は要ります」


「じゃあ」

マリアは、改めて全員を見渡した。

「この問題、しばらくは“宿題”よ」

「世界規模の宿題ね」

ローズが肩をすくめる。

「夏休みどころか、世界の終わりまでに提出しないといけないやつ」

「期限が分からないのが、一番厄介なタイプです」

ブランディアが静かに言った。


「でも」

マリアは、紙の上のひまわりを指で軽く叩く。

「ガルド王がわざわざ残した問題なら――」

「どうせ、どこかに“解ける前提のヒント”も隠してある」


「そのヒントが、“生えた城”なんですけどね」

ケインが苦笑する。

「さすが先帝陛下。スケールが違います」


「……問題児の親の尻拭いをさせられてる、問題児の娘って感じね。えー、どうせ問題児ですよ」

マリアがぼやいた。

「誰が娘です?」

ブランディアが即座にツッコむ。

「あなたも十二星に選ばれた時点で、半分は“同罪”ですからね」


マカロンは、そのやり取りを聞きながら、小さく笑った。

(太陽と月が、問題児って言いながら笑っている世界)

(その真ん中に、灰銀の城と、五大賢者の戒めと、ひまわりの剣)


(ここから先には、きっと、今まで以上の“理不尽”が待ってる)

(でも――)


彼女は胸元の少将章をぎゅっと握った。


(守るって決めたから)

(“世界の担い手”の娘としてじゃなくて)

(この国のひまわりの剣として)


灰銀の城は、黙って中庭に立っている。

五つの層の向こう側で、何かが静かに待っている。


――五大賢者の戒めを解け。


ガルドの悪戯好きな声が、どこか遠くで笑っているような気がした。

太陽と月と十二の星とひまわりと。

世界の「宿題」は、ようやく問題文が読み上げられたところだった


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