主神エンドールの結婚条件
神界、主神殿。メイクもバッチリ決めた、まさに神界の女神アネッサに手を引かれながら、慎重に歩みを進める。重厚な石柱が立ち並び、穏やかな光が差し込む広間。その奥、階段の上の玉座に、主神エンドールが座っていた。銀髪に白い衣。瞳は深い蒼。優しげな面差しの奥に、世界を見通す力が宿る。
その前に、アネッサとセンイチロウが並んで立つ。
「――人の子よ」
エンドールの声は、静かだがよく通った。
「名を、何と言う」
「センイチロウです!」
「うるさい」
小声でアネッサが肘で小突く。
エンドールは、二人をしばらく見つめ、それからゆっくりと目を閉じた。
「なぜ、アネッサがお主を選んだか……正直、私にも分からん」
「ひどくない!?」
「……ただ、彼女が“選んだ”という事実を、私は尊重する」
エンドールはまぶたを開き、センイチロウを真っ直ぐに見据える。
「神が人と結婚することは、極めて異例だ。それは、“長さの違う時”を結びつけるということでもある」
「我ら神は、人よりも長く生きる。アネッサにとって、人の一生は――一瞬だ」
玉座の上から降りてくる言葉は、責めるでも、試すでもない。ただ、厳然たる事実を告げているだけだった。
「それでも、お主と過ごすその一瞬を、アネッサが“幸せだった”と言えるのか。それを、私は見定めねばならぬ」
空気が、ぴんと張り詰める。
「条件は、二つある」
エンドールは指を折りながら告げた。
「一つ。お主が、我々と同等以上に戦えるのか」
「神を選ぶということは、神と肩を並べて歩むということだ。背中を守るのは当然として、時に前に出て、時に隣で笑いながら戦えるのか」
センイチロウは、少しだけ表情を引き締めた。
「二つ目だ」
「不自由なく、アネッサを幸せにできるのか」
エンドールは視線をアネッサへ移し、それから再びセンイチロウを見る。
「戦いの女神であると同時に、一人の“女”でもある彼女が、お主と過ごす時間が短くとも、そのすべてを“幸せだった”と思えるかどうか」
センイチロウは、一拍置き、ぽつりと言う。
「ならば、一つ目を――ここで試しますか?」
エンドールの眉がわずかに動いた。
「お主、自分が何を言っているか分かっておるか」
「“神と同等以上に戦えるか”って条件なんでしょう?」
センイチロウは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「机上の空論で論文書いても、信用されないじゃないですか。だったら、ここで実技試験やらせてもらった方が、話が早い」
アネッサが口を挟む。
「馬鹿言わないで。相手は主神よ? それに、戦い専門の神なんて――」
「アネッサ」
センイチロウは、ちらりと彼女を見た。
「俺さ、“戦いが好き”なわけじゃないんだ。でも、“守りたいものを守るために殴る”のは嫌いじゃない」
それは、彼なりの真面目な告白だった。エンドールは、しばし考えるように目を閉じ――やがて、静かに頷く。
「よかろう」
広間の片側の扉が、重々しく開く。そこから、三つの影が歩み出た。
一人は、アネッサによく似た鋭い目つきの男。短く刈り込んだ紅い髪に、黒い戦装束。戦場の匂いをまとった身体。
戦いの神――ファイゼン。
もう一人は、金の長髪を後ろで束ねた男。深い緑の瞳は、微かな笑みを湛えながらも、底が見えない。
神界の裁判官――ゴルディア。
最後の一人は、柔らかい茶髪の青年。簡素な白衣に、穀物の穂を模したペンダント。
豊穣の神――マルシェール。
エンドールは言う。
「アネッサの兄、戦いの神ファイゼン。神界の裁判官ゴルディア。豊穣の神マルシェール」
「順に三柱を相手に戦い、お前が倒れずに立ち続けることができたなら――一つ目の条件は合格としよう」
センイチロウは三人を順に見やる。ファイゼンは、露骨に不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「おい、アネッサ」
「なに?」
「よりにもよって、こんなひょろ長い人間を連れてきたのか」
「うるさいわね。ひょろ長くたって、ちゃんと戦えるわよ、コイツ」
「フォローとして微妙に失礼じゃない!?」
ゴルディアはくすりと笑う。
「面白いね、君。神界で、いきなり神々相手に“就職試験”を始める人間なんて、初めて見たよ」
マルシェールは、穏やかに頭を下げた。
「力だけの話ではないのですよ、センイチロウ殿。どこまで“諦めずに立っていられるか”、それを見せていただきましょう」
センイチロウは、深呼吸して姿勢を正した。
「じゃあ、一柱目からお願いします」




