豊穣神光(フローラル・ラグナロク)の祈り
大精霊建国祭はいよいよ最後の儀式、豊穣神光の祈りが執り行われる。今まではガルド一人で行っていたが、今回はマリアが務める。
もともと荒れ果てた広大な土地を大地の神であったエンドールが破壊と再生を繰り返し、頑丈な大地とし豊穣の精霊マルシェールが緑豊かな土地にした。そしてスエンジールに人々が集まり、町ができ、都市となり、国となった。その後はガルドの先祖たちが代々大事にしてきた領地が繁栄し始め、やがて周辺を併合し今のアル・スエンジール帝国となった。
さて、大精霊建国祭は豊穣神光の祈りが厳かに始まった。真っ白な装束をまとったマリアが、ゆっくと祭壇の前に立ち大きな声で
「祖国創造の神エンドールよ。
豊饒の恵みと、人々の営みの礎を授けしマルシェールよ。
われら民は、その御名のもとに感謝を捧げ、敬い、愛し、信じ、決して背かず、
授かりし永遠の幸福をここに讃えん。
いま、この地に生きるすべての民を代表し、
われらの信仰の極みと、紡がれゆく平和の久しからんことを、ここに祈り願う。」
広場に響き渡るような声で、祈りがささげられた。
次の瞬間エンドール像の眼が白く輝き、光の柱が神界まで届くくらい空高く伸びた。
しばらく伸びたのち、帝国全土を覆うような虹色の様な魔法陣の様なものが広がっていった。
帝国全土を覆う「光の天蓋」の様だった。
人々は歓喜に沸く。余りのスケールの大きさに見とれるもの、感謝の言葉を繰り返すもの、抱き合うもの、興奮してその場で踊る者、様々である。
「見ろよ……」
「空が……畑みたいだ……」
誰かが呟いた。
確かにそれは、「空に逆さまに生えた田畑」のようでもあった。
光の畝が走り、光の雨が降り、光の種子が、見えないまま各地に埋め込まれる。
マリアは、祭壇の上で膝をつきかけながら、それでも立っていた。
こうして、豊穣神光の祈りは無事に終わった。マリアは汗だくだった。
祈った瞬間に一気に魔力が持っていかれた感覚だった。
聖四神軍元帥たちは跪き、「ありがとうございました。」と口をそろえて言う。
マリアは
「こんなのガルド王はやっていたの?信じらんない。これ1回で痩せるわね。」
間髪入れずブランディアが言う
「そうですね。装束のサイズアップが間に合ってよかったです」
「乙女の秘密をばらすとはいい度胸ね」
大爆笑する元帥たちを遠目で見ていたマカロンだった。
儀式が終わり、四人がそれぞれの持ち場へと戻っていく。
観衆から、自然と拍手が起こった。歓声はない。ただ、静かな感謝と敬意の音だけが広場を包む。
マカロンは、人波の中でその背中を見つめていた。
東へ去る、青龍軍元帥。西へ向かう、白虎軍元帥。南へ戻る、朱雀軍元帥。北の方角を振り返りもしない玄武軍元帥。
(すごい人たち)
(でも――)
(マリア様も、ブランディアさんも)
(あの日、路地裏で私を拾い上げてくれた腕の温かさも)
(全部ひっくるめて、「この国」なんだ)
ふと、広場から少し離れた場所で、ひときわ目立つ少年の姿が目に入った。
少し伸びた薄茶の髪。南方マルスの紋章をあしらった礼服。真剣な眼差しで、中央広場を見つめる横顔。
(……ブリッツ)
胸が、高鳴る。
つい昨日、公園のベンチで限定マカロンを分け合いながら、「明日も帝都にいる」と聞いたばかりの人だ。
約束通り、今は南方マルスの一員としてここに立っている。
声を出しかけて、マカロンは思わず口を結んだ。
(本当に……“あのブリッツ”なんだ)
(ひまわりの丘でパンを分けてくれた人が)
(今は、“南の風”の列にいる)
人波。警備の線。儀式後の動線。
マカロンは、一歩踏み出しかけて足を止めた。
(今、勝手に飛び出したら)
(仕事の邪魔になる)
(マリア様に教えられたでしょ)
“守られているだけの子”から、“ここで働く人”になるって、決めたんだから。
胸の奥が、きゅっと痛む。
(でも――)
(会いたい)
知らせが行けばいい。「王宮でよく働くかわいい少女、マカロン」が、きちんと「ここにいる」と届けばいい。
視線をそっと送る。ブリッツが、こちらを見ることはない。
代わりに、アレキサンドルがふと振り返り、群衆の中を一瞥した。
南方の炎の目が、一瞬だけマカロンの存在をかすめたような気がしたが――それは、気のせいかもしれない。
「マカロン、戻るよー」
イルマが手を振る。
「片付けも仕事だからね」
「……はい!」
マカロンは、深呼吸をひとつして、振り返った。
ひまわりに似た背中は、今日も王城へ向かって歩き出す。
その少し離れた場所で。風を探す少年もまた、帝都の空を見上げていた。
群衆の中に、一瞬だけ見覚えのある背中が見えた気がする。ひまわりみたいに、まっすぐ立つ小さな背中。声をかけたい衝動を飲み込み、ブリッツは拳を握る。
(今は、南方マルスの一員としてここに立っている)
(儀式を崩すわけにはいかない)
(だから――また今度、ちゃんと)
(いつか)
(この聖域の中で)
(ちゃんと、向き合って話せる日が来る)
四聖の結界に守られた帝都で。太陽と月と四聖獣と、ひまわりと風が。
まだ交わらないまま。少しずつ、確実に、出会いに向かって進んでいた。




