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マカロン~世界の筋書きを殴り返せる少女~  作者: S@top


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24/45

ブリッツと、スエンジールのマルセ商会

同じ頃。南方マルス地方。

アレキサンドル・ルビリア・マルスの執務室で、一人の少年が書類を前に頭を抱えていた。

「……多い」

書類の山を睨みつけているのは、ブリッツ。

あの、港町フィオレアでマカロンとパンを分け合い、ふらりと姿を消した少年は、今や立派に――とまではいかないが、少なくとも「貴族として逃げ切れなくなり始めた青年」になっていた。

「これが、“視察報告書”……」

南方各地を回ってきた数年。アレキサンドルに命じられ、彼は貴族の跡継ぎとしての自覚を少しずつ植え付けられていた。

現地の生活。港の状況。税と交易の流れ。そこで暮らす人々の顔。

「ちゃんと見て、ちゃんと記録してこい」

アレキサンドルは、そう言って彼を送り出し続けた。

(“偉い人の遠い甥”だからって、遊んでていい立場じゃないってことだよな)

この数年で、ブリッツの中には、「自分の居場所」が少しずつ変化していく感覚が生まれていた。

かつてフィオレアで見た、ひまわりの家。港の裏路地。マカロンの笑顔。

あの日のことは、ずっと胸の奥にしまったままだった。

「……マカロン」

名前を口に出すと、胸の奥が少しだけ苦くなる。

(きっと、どこかで元気にしている)

そう思いたかった。そう思わなければ、やっていけない部分もあった。

そんなある日。

「ブリッツ」

アレキサンドルが書類から顔を上げる。

「帝都に用事だ」

「用事、ですか」

「マルセ商会を知っているか」

「……名前だけ。帝都でも指折りの大商会だって聞きましたけど」

「そうだ。王宮近くに本店を構える、大商人だ」

アレキサンドルは、簡潔に説明した。

「帝国全土の物資流通に関わっている。南方にも支店が多い。今回、その一部の契約見直しのため、直接先方と話してほしい」

「俺が?」

「お前が」

淡々とした口調の中に、わずかな期待が混じっている。

「貴族の名前を盾にするな。マルセの当主と、ちゃんと人間として話してこい」

「……はい」

ブリッツは、深く息を吸った。

(帝都、か)

帝都には、彼がひそかに「いつか一緒に行きたい店」と思っている場所がひとつあった。

有名パティシエ、ショコラの菓子店。帝都でも評判の店で、そこで売られる「限定スイーツのマカロン」は、ブリッツにとってどこか特別な響きを持っていた。

(いつか、あいつと一緒に食べたいな)

そう胸の奥で呟きながら、彼はマルセ商会へと向かった。フィオレアから北へ。あの港町から遠く離れた帝国の中心。

そこに、かつて一度だけ救いの手を差し伸べることができなかった「誰か」がいるかもしれない。

(いやいや)

(そんな偶然あるわけ――)

頭を振って、余計な期待を振り払った。


帝都スエンジール。

王宮の外縁に位置する商区画。その中でもひときわ大きな建物が、マルセ商会本店だった。

大きなアーチ型の入口。磨き上げられた石床。壁には美しい布地や絵画。通りを行き交う人々の服装も、どこか裕福さを感じさせる。

ブリッツは、肩に掛けたカバンをぎゅっと握りしめた。

(場違いでは……)

庶民の服装をやめ、今回はアレキサンドルの意向で、きちんとした礼装を身に着けている。しかし、身にまとった服ではなく、所作に染み付いた「庶民感覚」が抜けない。

「いらっしゃいませ」

受付の女性が、丁寧に頭を下げる。

「本日は、どのようなご用件で」

「南方マルス地方、ルビリア家より参りましたブリッツ・ルビリアと申します。マルセ商会当主殿に、お取り次ぎ願いたく」

用意してきた口上を、かろうじて噛まずに言い切る。

受付の女性の目が、わずかに見開かれた。

「ルビリア……様」

「少々お待ちください」

彼女は、奥へと消えた。

待つ間、ブリッツは視線を泳がせる。ふと、カウンター越しに店員たちの会話が耳に入った。

「……そういえばさ」

「王宮でよく働く、かわいい少女がね」

「時々このマルセ商会にも、お使いで来るんだって」

「へえ、誰?」

「名前はマカロン、って言うらしいよ」

心臓が、一拍跳ねた。

(今、なんて)

さりげなく聞き耳を立てながら、ブリッツは動揺を顔に出さないよう必死に保つ。

「ほら、あの……帝都のお菓子で有名な“マカロン”と同じ名前の」

「へえ〜、いい名前だね」

別の店員が笑う。

「でも、半年に一回くらいしか来ないんだってさ。王宮の仕事が忙しいんだろうね」

(マカロン)

(王宮)

(マルセ商会に……お使いで?)

世界が、一瞬だけ狭く見えた。

(そんなの……)

(そんなの――)

「ルビリア様」

受付の声に、ブリッツはハッとして振り向いた。

「当主が、お会いになります」

「すぐに応接室へご案内いたします」

「……はい」

足は、自分の意思と無関係に少し震えていた。


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