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マカロン~世界の筋書きを殴り返せる少女~  作者: S@top


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ひまわりの祈りと、眠りからの目覚め

保護された子どもたちは、外傷こそ治癒魔法である程度落ち着いたものの、一向に目を覚まさなかった。

一日。二日。三日。

一週間が過ぎても、誰ひとりとして瞼を開かない。

「脈も呼吸も安定していますが……」

治癒士の一人が、記録を見ながら呟く。

「深い闇の底に沈んでしまったようです。心を呼び戻す、何かが必要かもしれません」

マリアは、報告を受けて、救護室へ向かった。白いシーツが並ぶ部屋。

そのそれぞれに、ひまわりの家の子どもたちが眠っていた。

ビッケ。エレン。ローラ。マックス。バッジ。

頬はこけ、唇は色を失い、まつ毛だけが妙に長く見える。

(あの時の、マカロンと同じ)

路地裏で、雨に打たれていた小さな背中が、脳裏に蘇る。

(もしあの時、間に合わなかったら)

(私は、こうして“間に合わなかった子”を見守るしかできなかったのだろうか)

胸の奥が痛んだ。

「陛下、こちらが西門で最初に倒れていた少年です」

宮廷治癒士兼メイド序列六位、リリーが案内する。

マリアは、ひとりひとりの顔を覗き込んだ。寝顔だけを見れば、ただ眠っているだけの子どもたちだ。

(ごめんね)

(世界の仕組みそのものと戦っている、なんて理屈は)

(あなたたちには関係ない)

視界がにじみ、頬に一筋の涙が滑り落ちた。

「陛下……」

リリーが、心配そうに声をかける。

マリアは慌てて手の甲で涙を拭った。

「大丈夫よ。少し、昔のことを思い出しただけ」

(泣いている場合じゃない)

(私は、仮初でも、この子たちの上に立つと決めたんだ)

自分にそう言い聞かせた、そのときだった。

救護室の扉が、そっと開く。

「……マリア?」

マカロンが、顔を覗かせていた。

「ここにいるって聞いて……」

視線が、まっすぐベッドの方へ吸い寄せられる。

そこで眠る顔を見た瞬間、マカロンは凍りついた。

「……ビッケ?」

「エレン……ローラ……」

足元がおぼつかなくなりながら、ふらふらと近寄る。

「ひまわりの家で、一緒だった子たちです」

かすれた声。

マリアは振り返り、マカロンと目を合わせた。慌てて涙の跡を隠そうとしたが――

(バレたわね)

マカロンの目が、わずかに柔らかくなる。

「マリア……」

マカロンは、そっとマリアの隣に立った。小さな手が、マリアのマントの裾をぎゅっと握る。

「もう、泣かないで」

か細い声。

「……お願いだから」

マリアは、胸がきしむのを感じた。

(守るはずの子に、慰められてどうするの)

(でも)

裾を握る手は、震えていた。

マカロンは、ベッドに眠る子どもたちを見下ろす。

「みんな、起きてよ」

ささやくような声。

「笑ってよ」

少しずつ、声が強くなっていく。

「私だけ、生き残って救われても」

「嬉しくも、何ともないよ」

喉の奥が、焼けるように熱くなる。

「みんなで幸せになるって、院長先生、いつも言ってたじゃない」

アンナの笑顔が蘇る。

『ひまわりのようにね。力強く、明るく。みんなで笑うんだよ』

「だから……お願い」

マカロンは、涙に滲む視界の向こうに、手を伸ばした。

「ひまわりのように――」

悲鳴に近かった。

その瞬間、マカロンは何か見えない壁の様なものを触れた気がした。この壁の向こうに皆がいるというのは感覚的に分かった。

見えない壁さえ壊せばみんなを救えるはずという根拠のない理由ではあるが、とにかく壁を壊すことに意識が向く。するとマカロンの全身から光が溢れはじめる。

しかし見えない壁を押し壊そうとすればするほど、光は強くなり意識がだんだん遠のいていく。そして意識を失いかける寸前、

「力強く、明るく笑ってよッ!!みんなで一緒に!」

悲鳴とも絶叫ともとれる大きな声。あまりの大きな声に周りが驚いているその時、黄色とも黄金ともつかぬ輝き。強く眩しいのに、目を焼かない。そんな優しい光が最高潮になる。

それは、救護室全体を包み込み、壁や天井に反射して、部屋がまるごと昼のように明るくなる。

リリーが、思わず目を閉じる。

マリアは、光の中心にいるマカロンから目を逸らさなかった。

(これは――)

治癒魔法の光ではない。もっと根源的な、世界の地の文そのものを照らし出すような光。

耳の奥で、超高音の響きが鳴る。人の声にも、音楽にも聞こえる。けれど、どちらとも言い切れない。ただ、確かに「祈り」だけがあった。

やがて、光はゆっくりと収束していく。

マカロンは、その場に崩れ落ちた。

「マカロン!」

マリアが抱きとめる。

「……すやすや寝ています」

リリーが脈を確かめて頷く。

「体温、脈拍とも正常。ただ、かなり大きな力を使ったのでしょう」

「力、ね」

マリアは、腕の中の少女の顔を見つめる。頬には涙の跡。呼吸は穏やかで、眠りは深いが、苦しそうではない。

そのとき。

「……ん」

ベッドのひとつで、小さな声がした。

「ビッケ!」

リリーが駆け寄る。少年のまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。

「……ここ、どこ?」

乾いた声。

「王城の医務室だよ」

いつの間にか扉のところに立っていたブルートが答える。

近衛軍宮廷西門管理隊長ブルート。東西南北に門がある宮廷の西門を預かる近衛軍の責任者の一人。冷静な判断力と観察力。そして有事の際は自らが壁となり絶対に守り抜くという忠誠心の熱い漢である。

「もう、お前たちを追う奴らはいない」

別のベッドでも、エレンが、ローラが、マックスが、バッジが、順に身じろぎを始めた。一人、また一人と目を覚まし、周囲を見回す。

「夢……見た」

ビッケが、ぽつりと言った。

「マカロンがね……」

「院長先生と一緒に、“起きろ〜〜〜”って言ってた」

「すごく楽しそうな顔で……」

エレンも、涙目で頷く。

「同じ夢、見た……」

マックスも、ローラも、バッジも、それぞれが同じ内容を口にした。

マリアは、それを聞きながら、腕の中のマカロンを見下ろす。

(本当に)

胸から、大きく息が漏れた。

「よかった……」

子どもたちが目を覚ました安堵と、マカロンが無事でいてくれた安心と。

それが一度に押し寄せてきて、堰を切ったように、涙が溢れた。

「本当に、よかった……」

「マカロン、ありがとうね……」

太陽の女王は、眠る少女を抱きしめたまま、子どもたちの前で声を上げて泣いた。


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