白虎の十字架と、太陽の苛立ち
西門での騒ぎは、すぐに上層部へ伝わった。
「陛下」
ブランディアの声が、執務室の扉越しに届く。
「ひまわりの家と見られる孤児が、西門で保護されました」
マリアの手が止まった。胸の奥で、冷たい予感が膨らむ。
(ひまわりの家……)
(マカロンと、無関係なはずがない)
「ケインを呼んで」
マリアは、即座に命じた。
ほどなくして、白虎軍元帥ケイン・タタン・ヴィルナースが現れた。
「呼ばれて参上しました、マリア陛下」
いつもの穏やかな表情。だが、その目の奥に、わずかな硬さがある。マリアは、机に両肘をつき、組んだ指の上からじっと彼を見た。
「単刀直入に聞くわ」
「西方ヴィルナース連合の、その足元で――」
「“ひまわりの家の孤児だけを狙った何か”が動いていたことに」
「なぜ気づかなかったの」
室内の空気が、ぴんと張り詰める。
「十二星の一員のあなたほどの男なら、部下を総動員しなくても、少なくとも“違和感”くらいは拾えたはずよ」
「何の罪もない子どもたちが、死にかけているのよ」
ケインは、一度目を伏せ、それからまっすぐ顔を上げた。
「本来であれば、仰る通りです」
「しかし――」
「おそらく今回の黒幕は」
「下手をすれば、あなたと同等か、それ以上の存在です」
「私の権能と情報網をもってしても、“何かが起きている気配”までは拾えました」
「ですが、それを“事件として識別できる形”にすることが、どうしてもできなかった」
「情報そのものが、形を取る前に“消えていく”のです」
ケインは、自分の掌を見つめながら言った。
「ヴィルナース領は、孤児や移民の受け入れが多い土地ではありますが」
「少なくとも、記録に残る限り――」
「今回のように“孤児だけを狙い撃ちにした組織的な人身売買”が、町ぐるみで隠蔽されていた例はありません」
「まるで、どこか“外側”から、犯罪そのものを貼り付けられたような違和感がある」
「ネットワークも駆使しました。 それでも、断片的な噂以上を継ぎ合わせることができなかった」
「すごく・・・悔しい」
その一言には、白虎の元帥としての自負と、その自負を折られた痛みが混じっていた。制服の胸元、布の下で「白虎の十字架」がやけに重い。
プラチナの小さな十字架。その中央には、水晶と金と銀で立体化された白虎のシンボル。
先端には、青龍・白虎・朱雀・玄武を示す小粒の宝石が埋め込まれている
——元帥だけが持つ階級章だ。
「あなたから預かった、この十字架に恥じないよう努めてきたつもりでした」
「ですが、この有様です」
マリアは、しばし沈黙した。
ケイン・タタン・ヴィルナース。白虎軍70万を束ねる元帥。金星星権能《麗縁魅翔》の担い手。
この帝国で、「分からなかった」と悔しさを滲ませる姿を、彼女はほとんど見たことがない。
(ケインでも掴めない)
(“情報の形”ごと削り取っていく、何か)
(ヘン・・・・シャ――?)
喉の奥で、まだはっきりと言葉にできない名前が、黒い影のように揺れた。
「……理解したわ」
マリアは、背もたれから身を起こし直す。
「あなたの怠慢ではないことは、今の話で十分よく分かった」
「だからこそ、事態は重い」
窓の外の空に、視線を向ける。
「四神軍を一斉に動かすわけにはいかない」
東西南北を守る青龍・白虎・朱雀・玄武。それぞれ七十万を抱える大軍を、軽々しく動かせば、それだけで国の均衡が崩れる。
「でも、“ひまわりの家”と“マカロン”の周りで起きることを、これ以上放置するつもりもない」
マリアは、眉間に指を当て、小さく息を吐いた。
「ケイン」
「ヴィルナースとミントテレン周辺の情報網を、根本から組み替えて」
「“消された情報”を探すつもりで。今までの常識は、全部疑いなさい」
「了解しました」
ケインは、胸に手を当てて頭を下げる。
「マリア陛下」
「あなたが“仮初の太陽”であるうちに」
「この影の正体を、必ず突き止めてみせます」
「期待しているわ」
マリアは、口元だけ少し緩めた。だが、瞳の奥は、いつにも増して鋭く燃えている。
(マカロン)
(あなたの周りを、何度も何度も)
(今度こそ、守り切る)
マリア・サン・クオンドール。彼女が家名に「スエンジール」を名乗らないのは、自らを“仮初の王”と定めたから。それはささやかな、しかし決して曲げないこだわりだった。
だが、仮初であろうと、今この国の太陽であることに変わりはない。




