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マカロン~世界の筋書きを殴り返せる少女~  作者: S@top


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19/45

「マカロン」の味と西門で倒れていた、ひまわり

数日後の午後。

「マカロン!」

イルマが、半分顔を出して手を振る。

「西棟の小会議室、今日のティータイムの担当、あなたに回ってきたよ」

「えっ、私が?」

「女王陛下と“白虎の元帥様”が、お茶会なんだって。お菓子とお茶の運搬、一式」

「……き、緊張します」

「落とさなきゃ大丈夫。たぶん」

たぶん、のところで笑うイルマの目は、半分本気だった。


西棟の小会議室。窓から見えるのは、丁寧に手入れされたバラ園。午後の光が白いテーブルクロスの上にやわらかい影を落としている。

「失礼します……」

マカロンは、きちんと整えたワゴンを押して部屋に入った。

そこにはすでに、二人が座っていた。

金の髪を緩くまとめた女王――マリア・サン・クオンドール。

その向かいに、先日廊下で会った青年。今は、きちんとした軍服姿で座っている。

「お待たせしました」

マカロンは、一礼してから、ワゴンの皿を一つずつテーブルに並べていく。淡いピンク、薄いピスタチオ色、クリーム色。小さな丸い菓子が、クリームを挟んで整然と並んでいた。

「来たわね」

マリアが穏やかに微笑む。

「今日のお菓子は、白虎軍元帥の“強いご希望”で用意した特別メニューよ」

「言い方というものがあるでしょう、マリア陛下」

青年――ケイン・タタン・ヴィルナースが、苦いような、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべる。

「ただの甘党に聞こえるではありませんか」

「違うの?」

「……否定はしませんが」

マカロンは、お茶のカップを並べながら、そのやり取りに少し心がほどけていくのを感じていた。

「さあ、座って」

マリアがすすめる。

「いえ、私はここで控え――」

「いいから。“味見係”も、立派な仕事よ」

マリアの視線が、わざとらしくケインに向いた。

「ねえ、白虎の元帥?」

「……そういうことにしておきましょう」

ケインは、苦笑しながらも頷く。

「今日のお菓子は、“マカロン”といいます」

マカロンの指先が、ぴくりと震えた。

「砂糖と卵白を泡立て、小さな丸い生地として焼き上げ」

ケインは、一つを指先でつまみ上げる。

「その間に、果実やナッツ、香草の風味を閉じ込めたクリームを挟んだものです」

「最近、帝都の菓子職人たちの間で工夫が続いていてね。今日はその中でも評判の店に注文しました」

「説明が丁寧すぎるわよ」

マリアが呆れたように笑う。

「でも、あなたらしいわね」

マカロンの前に、小さな皿がそっと置かれる。淡いピスタチオ色のマカロンが一つ。

「どうぞ」

ケインが促す。

マカロンは、両手で皿を持ち上げた。

(マカロン……)

自分の胸の奥にある紋章。ひまわりの家で呼ばれた名前。今目の前にある、小さな丸い菓子の名前。

「……いただきます」

そっとひとかじりする。

さく、と小さな音がした。

外側の生地は薄く、驚くほど繊細に砕ける。中は、少しだけ粘るようにしっとりしていて、甘さがゆっくりと舌の上に広がった。

ナッツの香ばしさ。砂糖のまるい甘さ。間に挟まれたクリームの、ひんやりとした感触。

(……)

路地裏で食べた固い黒パン。ひまわりの家で、特別な日に出された甘いスープ。どこかの店の裏でもらった、欠けた焼き菓子。

それらとはまるで違う。

ただ空腹を満たすためではなく、「おいしくあってほしい」と願われて作られた甘さ。

胸の奥が、じんわりと温かくなった。

「どう?」

マリアが、興味深そうに身を乗り出す。

「……こんな味、初めてです」

マカロンは、少し考えてから言った。

「今まで食べた中で、一番――」

言葉が見つからない。

「一番、幸せな味、でした」

ケインは、ほっとしたように笑みを浮かべる。

「作った菓子職人に、伝えましょう」

「“女王の身近に仕えるメイドが、そう言った”と」

「だいぶ脚色してない?」

マリアが突っ込む。

「少しくらい誇張した方が、腕も上がるものです」

「あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」

マリアは、カップを持ち上げた。

「じゃあ、“マカロンが初めて食べたマカロン”に乾杯しましょうか」

「……それ、ずっと言いたかっただけでしょう」

「ええ」

マリアは、満足そうに紅茶を口に運ぶ。

マカロンは、残り半分のマカロンを、小さく区切りながら大切に口へ運んだ。

(これが、“マカロン”)

自分と同じ音を持つ、小さな甘い菓子。

それは、彼女の中で「この世界にいていい」という実感と、静かに結びついていった。


ティータイムから、いくつかの日常が過ぎた。

マカロンは、相変わらず名もなき使用人として、城内を走り回っている。帳簿のチェック。食器倉庫の在庫確認。厨房の手伝い。洗濯場の補助。

忙しいけれど、ひとつひとつの仕事に「ここにいていい理由」がある。

(あの路地裏からしたら、夢みたいだな)

そんなことを思いながら、厨房から文書棟へ戻る途中だった。

「宮廷西門で子どもが行き倒れている!」

石廊下に、門番の叫びが響いた。

「担架と治癒士を至急! 兵士隊長、最優先で呼べ!」

空気が一瞬で張りつめる。

(子ども……?)

マカロンの胸に、嫌な寒気が走る。

「マカロン!」

別の兵士が、彼女を見つけて手を振る。

「悪い、通路の確保を手伝ってくれ! 医務室までの道を塞がれたくない!」

「わかりました!」

マカロンは返事をして、西門へ走り出した。

王城西門の内側。石畳の上に簡易担架が並べられ、子どもたちが次々と横たえられている。

泥だらけの服。ひび割れた唇。腕や脚には、新しい傷と、古い痣が幾重にも重なっていた。

「この子は出血が多い!」

「こっちは意識が浅い、急げ!」

治癒士たちが、手際よく応急処置を進める。

マカロンは通路に人垣ができないように、人を誘導しながら、その光景から目が離せなかった。

担架の上で、ひとりの少年が、かすかに顔を動かす。

茶色い髪。痩せた頬。ひまわりの家で、皿洗いをしながらよく笑っていた顔。

「……ビッケ?」

名前が零れた。

少年の瞼が、重く持ち上がる。

「……マカ……ロン……?」

焦点の定まらない目が、こちらを探す。

「ビッケ!」

マカロンは、担架の傍に膝をついた。

「何があったの? みんなは……!」

ビッケは、かすれた声で、なんとか言葉を搾り出した。

「……ひまわりの家の……孤児たちだけが……」

「“謎の盗賊”に……追われてる……」

「死んだ子も……いる……」

「僕たちは……なんとかここまで逃げてきたけど……」

「もう……限界……」

その言葉を最後に、ビッケの頭が力なく傾き、意識が途切れた。

「ビッケ!」

マカロンの悲鳴に、すぐ隣の兵士が手を当てる。

「生きている! 脈はある!」

近衛軍宮廷西門管理隊長、ブルートが短く命じた。

「担架を運べ! 医務室まで最短ルートだ!」

彼は、マカロンを一瞥する。

「済まないが、詳しい話は後だ」「“ひまわりの家”については、落ち着いてから、聞かせてもらう」

そう言って、足早に担架の列を率いていった。マカロンは、その背中を見送ることしかできない。

(私だけじゃ、なかった)

(私だけが、ひどい目にあっていたわけじゃない)

(あの子たちも……)

「どうして……」

頬を伝う涙を、止めることができなかった。

「どうして、こんなことに……」

自分が王城の中で“守られて”暮らしている間も、外のどこかで、同じひまわりの家の子どもたちが、地獄のような道を歩いてきた。

(私、何もできていない)

(守られているだけで、なにも返せていない)

小さな拳が震えた。


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