世界の隅っこで咲くひまわりと
儀式のあと、センイチロウとアネッサは、祈祷場の外で目を覚ました。
「……頭、痛っ」
「何か、大事なことを……したような……」
二人は互いを見やり、そして苦笑する。
「まあ、いっか」
「そうね。生きてるなら、どうにでもなるわ」
彼らの“癖”は、何も変わっていなかった。
世界を歩き、困っている人を見つければ助け、妙なトラブルに首を突っ込んで、どこかで笑っている。
ただひとつだけ欠けている。胸の真ん中に、ぽっかりと穴が空いたような感覚だけを抱えたまま。
「なんか、忘れてる気がするんだよなぁ」
「あなた、いつも忘れ物してるじゃない」
「それもそうか」
二人は、世界のどこかへと旅立っていった。
一方、マカロンは――フィオレアという名の港町へ向けて、静かに送り出されることになった。
ストロベルンから帝都スエンジールまでは、3000km以上。そこからさらに南へ下った帝国最南端の港町フィオレアまでは、単純距離にして4000km近い。
徒歩で行ける距離ではない。
「……二ヶ月」
村一番の足を持つ猟師が、地図を前に呟いた。
「夜だけ歩いて、日中は身を隠せば、そのくらいで“帝国との国境付近”までは行ける」
「そこから先は、昔から行き来している商人の荷に紛れさせるしかあるまい」
長老たちは話し合い、決断した。
マカロンを抱えた数人が、夜の山道を選んで歩く。日中は洞窟や廃屋に身を潜め、人にも獣にも、そして“世界の嗅覚”にも見つからないように。
ストロベルンからガーデア王国の境を越えるまで、およそ二ヶ月。そこから先、帝国側へは、古くから行き来する商人が、言葉少なにマカロンを預かった。
「昔、ストロベルンの野菜に世話になった」
老商人はそれだけ言って、荷車に小さな寝床を作る。
こうして、「世界の端の村」で生まれた子は、誰にも知られぬまま、帝国南端の港町へと運ばれていった。
アル・スエンジール帝国の最南端、港町フィオレア。港町の外れにある、小さな孤児院「ひまわりの家」。
そこで、一つの名だけが伝えられた。
「――この子の名前は、マカロン。」
それ以外の情報は、誰も知らない。
月日の潮風にさらされ、少し錆びた倉庫群のさらに向こう。街道から外れた小高い丘の上に、古びた木造の建物が一つ建っていた「ひまわりの家」は、壁にはひびが入り、雨のたびにバケツを並べなければならない天井。庭の土は痩せているが、それでも毎年どこかにひまわりが一本は咲いた。
そしてこの孤児院を支えるのが、院長アンナ。
四十を少し越えた、日焼けした肌の女性。ひっつめ髪には白いものが混じり始め、袖をまくった腕には洗濯や薪割りで鍛えられた筋が浮き出ている。
声は少ししゃがれているが、よく通る。笑えば、目尻に皺が一気に増えた。
「今日から、あんたはマカロン。うちの子だよ」
ストロベルンから運ばれてきた赤ん坊に、アンナが最初にかけた言葉がそれだった。
マカロンは、そのときの記憶をはっきりとは覚えていない。けれど、その声の柔らかさと温度だけは、胸の奥のどこかに刻み込まれていた。
ひまわりの家には、マカロンのほかにもたくさんの子どもたちがいた。
少しぼんやりしているが、誰よりも優しい少年ビッケ。おませで口の達者なエレン。よく食べ、よく走るマックス。泣き虫だが、気配り上手なローラ。拾ったボタンや石を「バッジ」と呼んで集める、いたずら好きのバッジ。
「こらバッジ、誰のボタン引きちぎった」
「違うよアンナ、道に落ちてたの」
「落ちてたって言い張るときはだいたい嘘だよ」
アンナは渋い顔をしながらも、目は笑っていた。
マカロンは、その輪の中に自然といた。
「マカロン、こっち手伝って」
「はい」
水汲み、洗濯、薪集め。小さな体でできることはなんでもした。字を覚えてからは、帳簿の端で数字を数える手伝いもした。
「マカロンは、本当に賢いねぇ」
「えへ……」
褒められるのが、少し照れ臭い。
ただひとつ、他の子と違うところがあった。
胸の中央、服の下。淡い金色の、細い筆で星空をなぞったような紋章が刻まれている。
アンナは、それを一度だけ見て、首を傾げた。
「変わった印だねぇ」
けれど、それ以上何も聞かなかった。
「どんな印があろうとね」
マカロンの頭に手を置き、ぽんぽんと叩く。
「あんたはあんた。うちの子には変わりないよ」
「……うん」
ひまわりの家の生活は、豊かではなかったが、温かかった。
朝は、薄いスープと固いパン。昼は畑の野菜を煮込んだ鍋。夜は、誰かが拾ってきた魚の切れ端が入る日もある。
「アンナ、お腹すいた」
マックスが皿を掲げる。
「はいはい、このブタめ」
「ぶ、ブタじゃない」
「食べっぷりだけは立派な家畜さ」
そんなやりとりが、毎日続いた。
アンナがひまわりの家を支えていたのは、帝国からの補助金ではない。フィオレア領から支払われる僅かな補助金と、近隣の教会からの寄付、そして自分の僅かな蓄えだった。
書類上は、孤児院への補助は「領主の慈善」であり、「財政状況に応じて増減あり」と小さく書かれていた。
その「増減」が、後にひまわりの家の運命を大きく変えることになる。




