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第9話

 クリスティーナたちは朝食をとっていた。


 鉄のクジラ内の狭い食堂ではあったが、食事はおいしかった。大抵船での食事などろくなものではなかったのに。


 それに昨日も思ったが、艦内が清潔に保たれていることに驚いた。


 ただ、やはり狭いことには変わりはなく、朝起きた時にベッドに頭をぶつけてしまったのは内緒だ。


 食事が終わるころ、ユミハラ殿がまもなく日本からの艦隊と接触する事を告げに来た。私たちはそちらに移るのだそうだ。


 しばらくして、私たちは鉄のクジラに入ってきた時と同じ通路で外に出る。晴れた空を目にして、浮上できたことに安心した。


 そして洋上には、とてつもなく大きな船と、その手前に10メートルくらいの小さな船が見えた。


 こ、これが船?!こんな大きな船は見たことがない。宮殿が浮いているようだ。それに予想はしていたが、帆がない。


 ニホンの乗り物は、馬や風といった外からの力を必要とせず、自力で動くことができるものばかりだ。


 それにしても、この大きさは予想できなかった。


 そこから昨日乗ってきた小舟にまた乗り、手前の小さな船に乗り移った。小さな船に乗った際、何やらジャケットのようなものを着せられた。


 小さな船は、いつものような音を立てて動き出し、巨大な船の舷側に近づき、海面近くまで下りておりている階段の近くで停船した。


 私たちは無言で船を見上げる。さすがにカーチャも息をのんでいる。


 階段を上る途中でこの船が、やはり鉄でできていることに気付く。


 そして中に入ると、そこは鉄の鳥たちの巣だった。


 最初に見た鉄の巨鳥よりは小さいが、これらが船の中にこんなにたくさんあるとは……。


 私たちは、着ていたジャケットを脱ぎ、乗組員の案内で巣の横にある階段で上に上り、平らで非常に広い甲板に出た。


 ここから、鉄の鳥たちが下りたり飛び立ったりするのだろう。ん?ところで、巣とこの甲板との行き来はどうなっているのだろう?


 それにしてもこの解放感はすごい。甲板横に細長い城のようなものが建ってはいるが、それ以外は視界を遮るものはなく、海を見渡せてとても見晴らしが良い。


 海を見渡している私たちに、男性が声をかけてきた。


「クリスティーナ殿下、アレクサンドロス殿下、エカチェリーナ殿下。私は護衛艦「ひゅうが」艦長、1等海佐 柳本 良治です。本日、ここ護衛艦「ひゅうが」に皆様をお迎えできましたことを、乗員一同、心より光栄に存じます。本艦はこれより、目的地である新大泊港に向け航行いたします。皆様の航海の安全を、万全を期して任務を遂行してまいる所存です。どうぞ本艦でのひとときをごゆっくりとお過ごしください。」


 艦長のあいさつをユミハラ殿が訳す。


 そしてもう一人、乗組員と違う服装の男性が、今度は西大陸語で話しかけてきた。


「私は、日本国外務省、新大陸局の雅孝 山城と申します。殿下たちの日本国受け入れに関するご説明を行うため、まいりました。」


 私たちは、会議室のようなところに案内された。


 ユミハラ殿は、部屋の外に待機するとのことだった。少しの不安と緊張感が漂う。弟たちも少し顔がこわばっているようだ。


「どうぞ、おかけください。」


 ヤマシロ殿に勧められた椅子は頼りなく見たことのないものだったが、座ってみると意外としっかりしたものだった。


 ヤマシロ殿は話し出す。


「これから日本国に関してご説明させていただきますが、まず最初にお話ししなければならない事があります。」


 少し間をおいて、ヤマシロ殿が信じられないことを話し出した。


「我々日本国は転移国家です。この世界とは全く異なる世界から、突然転移してきたのです。」


「なっ、そんな馬鹿な話が……、い、いや、そうだったのか……。」


 咄嗟に信じられない気持ちが言葉に出たが、その言葉を続けることができなかった。


 私たちが今この瞬間まで体験してきたことをありのまま誰かに話せば、それは新たな神話の完成だ。


 ニホンは私たちと異なる世界からやってきた。そうだ、そうなのだ。思いもよらないことではあったが、納得してしまった。そして、何かほっとした気分にもなった。


 弟たちもだんだん理解できて来たのか、目をキラキラさせてヤマシロ殿に聞き出す。


「ニホンがいた世界は、どんなところ?!」


「うん、僕も聞きたい!」


 ヤマシロ殿は弟たちに、笑顔を返す。


「ご理解いただいて恐縮です。ではご説明させていただきます。」


 ヤマシロ殿はテーブルの上にある板のようなもののふたを開けるのと同時に、壁にかかる大きな黒い板に何とも精巧な絵が現れ、説明に合わせて絵がコロコロと変わっていく。


 なんだこの絵は。リアルすぎるぞ。


 私たちは目を丸くするが、ヤマシロ殿の説明は淡々と始まる。



 ニホン国は、2700年も前から続く単一王朝国家であるらしい。つまり2700年もの間、いくつかの政治体制に変わりつつも、王族の血統は途絶えていないということだ。


 私も王族だが、なんと羨ましいことか。


 長い歴史の間、内外の戦争をいくつか経験したが、一番最近に起きた非常に大きな戦争(複数国家が争う世界を巻き込んだ想像もできない大戦争)に敗戦してしまう。


 この戦争で、多くの人の命や領土を失い、国内も荒廃したが、国家自体は存続できた。


 この当時の日本のいた世界は、国を亡ぼしたり敵国の領土や民を搾取したりすることが、世界的な法律で禁止されていたということだ。


 ちょっと私たちの世界では考えられない。それならなぜ戦争をする?戦争の原因とは、目的とはなんだ?


 未来の戦争は、私の知らない複雑な事情があるということか。なにか空恐ろしい。


 その後ニホンは復興、さらには発展を繰り返し、転移前には前世界の中でも有数の先進国になった。


 これも私たちの世界ではない話しだ。敗戦した国は、たとえ滅ぼされずに残ったとしても、2度と表舞台には出ることができない。


 2700年も続く国がなせることなのだろうか。


 そんな順風満帆なニホンが、10年前にこの世界に突如として転移してきた。転移当初は、大混乱だったようだ。


 転移直前のニホンには、360万人もの外国人がいたそうだが、転移後、この人たちは消えてしまった。


 日本国籍(国籍というのがわからないが、どうやら臣民の証のことらしい)を持つものだけが、この世界に転移してきた。


 さらには、重病や重症な人、お年寄りは、転移による何らかの衝撃に耐えられず、亡くなってしまったうえ、鉄の鳥の事故も多発し、多くの人が亡くなった。


 この時、日本の人口は1億人を切ったらしい。冗談ではなく、本当に1億人もいたのか。


 人的資源喪失もさることながら、ニホンは国家を運営するための、資源、食料の大半を輸入に頼っていたためこれも途絶えたことにより、ニホンの歴史始まって以来の存亡の危機に晒されることになった。


 こんな状況の中、ニホンに奇跡が起こる。肥沃な土地と豊富な資源地帯の発見だ。


 さらに幸運なことに、その土地には国家がなく、小さな集落が点在するような場所であったため、ニホンは原住民も含めて平和裏に取り込むことに成功する。


 これにより、ニホンは再び復興を遂げ、現在に至ったとのことだった。


 とんでもない国だな、ニホンは。


 私はここまで長く続く歴史の上に成り立つニホンという国に、窮地から何度も復興を遂げる力強いニホンの国や臣民に驚き、そして強く羨望した。


 私たちも何年か後、このような国を築けるのだろうか。そしてふと思ったことをヤマシロ殿に聞いてみた。


「今の王国は、ニホンの歴史上どのあたりにいるのだろうか。」


「そうですね。いろいろな要因があって正確にはわかりませんが、600年くらい前でしょうか。」


 ヤマシロ殿が答える。


「600年も……かかるのか……。いや、それくらいはかかるのだろうな……。」


 私はかなりがっかりしながら、つぶやいた。


 ヤマシロ殿はそれを聞いて、少し困ったような顔をした。私は何か変なことを言っただろうか?



 山城は決して声には出さず、心の中で思う。


 総合的に見て600年位前と言ったが、この世界の発展速度はかなり遅い。


 一番の要因は、火薬だ。この世界には、火薬がまだ発明されていない。これは大きい。


 それと、魔法が足を引っ張っている。基本的に貴族しか持たない魔法によって、平民と貴族の力の差が歴然としすぎている。これでは世界は動かない。


 まあ我々日本が、この世界にどうかかわるかで、また変わってくるとは思うのだが。



「今日は、この辺までにしておきましょう。あまりいろいろお話しても、混乱してしまうでしょうし。」


 ヤマシロ殿が、黒い板の蓋を閉めると、大きな黒い板からも絵が消えた。


 私はもっと聞きたがったが、弟たちはもう限界かもしれない。


 会議室を出たドアの脇に、ユミハラ殿が待っていた。


「この船は、もう日本に向けて動いていますよ。先ほどの甲板に出て見ますか?」


 動いている?この船は、本当に動いているのか?全く揺れてないようだが。


「あぁ!是非!」


「では、エカチェリーナ殿下は私が抱っこします。アレクサンドロス殿下は、クリスティーナ殿下と手をしっかり繋いでくださいね。かなり風が強いですから。」


 私たちは、甲板に出た。


 風が強いということで、少し天候が悪くなったかと思ったが、そうではなかった。船の速度が速い、速すぎるのだ。


 弟たちは、風をいっぱい受けることにはしゃいでいる。


 不思議なことに、風は進行方向から吹いてくる。帆がある船なら風は逆だ。つまりこの船はかなりの速度で自走しているということだ。


 これなら、「拒絶の海」も難なく渡ることができるだろう。


 そして「拒絶の海」の向こうのニホンは、いったいどんなところだろう?


 「ひゅうが」は、日本の新大陸の新大泊港に向かって、一路航行する。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

次回更新はいつもより少し早い【6月1日 21時】を予定しています。

よろしくお願いいたします。

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