第8話
暗闇を進む私たちの行く先に、明りが見えてきた。
もう街道からは外れ、海岸へ向かっているが、夜にこんなところにいる王国民はいないだろう。あれはニホン国のキャンプだ。
キャンプに近づくと、そこには例の鉄の巨鳥がいた。それも2頭。
そしてそこには最初のキャンプにいた、ホヅミ殿の仲間が待っていた。
「クリスティーナ殿下、到着しました。ここで下車します。ここから海岸までは徒歩で行きます。」
「了解した。サーシャ、カーチャ、起きろ。」
私は、弟たちを起こし「ぱじぇろ」から降りる。
「弓原、俺たちはここまでだ。」
「高橋君、ろくに話してないじゃない。」
「まあ、しかたない。話はいつか、だ。」
「もう!」
どうやら先導してくれた2輪の者たちと馬車とは、ここでお別れのようだ。
世話になったな、「ぱじぇろ」。
私は車体を少しなでて、ここまで私たちを運んでくれた馬車を心で労らった。
そして波の音が聞こえる海岸の方へ歩き出す。
漆黒の海は、波が月明かりを受けて所々キラキラと光っていた。
海岸につくとそこには、やけに丸っとした小舟とその船頭が待っていた。
ホヅミ殿とその船頭がなにやら話している。
「殿下たちは、このボートに乗って、1キロ弱の沖で待機している船に乗船します。」
ホヅミ殿が私たちに説明する。ん?見たところ船は見えない。
「では、私もここまでです。これから王都に戻ります。」
「え?ホヅミ殿も一緒ではないのか?」
「はい、私は臨時領事館の武官ですので、突然いなくなるわけにはいきません。弓原は同行しますのでご安心ください。」
私の胸の中で何かがチリッとした。
「では、クリスティーナ殿下、アレクサンドロス殿下、エカチェリーナ殿下、また何かの機会に。」
「あ、あぁ……。」
ホヅミ殿は振り返り、鉄の巨鳥の方に歩いていく。
私は一瞬待てと手を上げそうになり、とどまった。
なんだ、冷たい奴だ!なにかこう……ないのか。抱擁してくれるだとか……って、何を考えてるんだ私は!
「クリスティーナ殿下?どうしました?ボート乗りますよ。」
ユミハラ殿が私に声をかける。弟たちはすでにボートに乗っている。
「わ、わかった!」
私もあわてて小舟に乗る。
小舟はドッドッドッという低い音を立てて動き出した。漕いでいる様子はない。そもそも私たち以外1人しか乗っていない。
これも、「ぱじぇろ」と同じような仕組みで動いているのだろう。
海はほぼ凪いでいる状態で穏やかだ。
出発して5分くらいたったが、船はどこにも見えない。
すると前方100メートルくらいのところの波が浮き上がって、10メートル四方の黒い板のようなものが現れた。その頂上からの光がこちらを照らす。
「あれに乗ります。」
ユミハラ殿が私たちに告げる。
なっ、なんだあれは!
そしてさらに巨体の一部が海面から現れた。
ク、クジラか?!あれに乗る?あれは船じゃないだろう!!
私たちが呆然としていると、ユミハラ殿が説明する。
「あれは潜水艦と言って、海の中を潜って航行する船です。」
「わあ、私たちクジラさんに乗るのね!」
「そ、そうみたいだね。」
カーチャははしゃぎ、サーシャは引きつった笑いを浮かべている。
そして私たちを載せた小舟は、クジラの背中に乗り上げた。
すると背中の一部の蓋が開き、中から人が出てきた。おそらく船員なのだろう。サーシャとカーチャを抱き上げ、開いた蓋の中に入っていく。
「クリスティーナ殿下、あそこから中に入ります。足元が大変滑りやすいので、お気を付けください。それとその剣は一旦預からせてください。艦内はすでに日本国でして、許可がないとそのような剣は、日本国内に持ち込めません。」
「そうなのか。」
私はユミハラ殿に剣を渡し、クジラの背中に足をかける。
ん?鉄でできている?今度は鉄のクジラか。
だが鉄は沈みこそすれ、浮かばないだろう?本当に大丈夫か。私たちは再び浮かんでこれるのだろうか。これは空を飛ぶより怖い……。
不安いっぱいで、蓋の中を覗き込む。するとそこには梯子があり、中に降りてゆくことができる。
私は、ゆっくり中に降りてゆく。
降りきるとそこは狭い通路で、照明は赤色だった。そしてそこには、すでに降りていた弟たちと壮年の男性が待っていた。
「私は「わふー」艦長 2等海佐 草加 敏行です。よくここまで無事にお越しになりました。これより、我々が責任を持って、みなさんを安全な場所へお送りいたします。安心して、ゆっくりと心と体を休めてください。とは言うものの、艦内は大変狭いですが。」
草加艦長のあいさつを、後から降りてきたユミハラ殿が通訳する。
それから私たちは士官室に案内された。
どういう理由か教えてはもらえなかったが、この艦は武装を搭載はしているものの、封印してあるらしく兵器士官が乗っていないため、士官室が空いているらしい。
案内された士官室は、やっぱり狭かった。驚くことにベッドが3段になっていた。その上1段の高さが非常に低い。
弟たちは物珍しいのか、一番上で寝て見たり、2段目で寝て見たりしてはしゃいでいたが、そのうち静かに寝てしまった。考えてみればもう深夜だ。
私は、空いている一番下のベッドに寝てみる。天井が顔の30センチ上にある。
私は今、海の中……、ホヅミ殿は……。
振動と轟音の中、幸太郎は王都に戻るV-22の中にいた。
危なかった……。クリスティーナとの別れる際、彼女の自分をじっとみつめるうるんだ瞳を見て、思わず抱きしめたくなった。
本当に危なかった。そんなことをしたら国際問題になっていたかもしれない。
幸太郎自身、殿下たちに対して好意は持ってはいたが、特別な感情は持たず、別れるときも平静を保っていられると思っていたのだが……。
幼少のころから抱いたことのない感情に、自分自身でも驚いていた。
八月一日 幸太郎は、要保護児童だった。
今時珍しく保護施設の前に置き去りにされ、捜査の甲斐なく両親は特定されなかった。
ちなみに姓は8月1日に保護されたことで、あと名は幸せになるようにと保護施設のある区の区長はつけた。なんとも安直だ。
幸太郎は保護施設で育ったが、虐待、親の病気、経済的困窮など、親がいた子たちと違い、生まれた時から親がいないという環境が当たり前で、負の過去はなかった。
そのため普通には育ったのだが、やはり親がいないということは、子供ながらに意識したのか、周りの様子に敏感に感じ取る子であった。
そんな幸太郎は、大人から見れば物静かで落ち着いた子、悪く言えば子供らしくない子供と映ったかもしれない。
大きくなるにつれ、体格も学力も優れた力を発揮し、早いひとり立ちを望んでいた幸太郎は、高校入学時に防衛大学を目指すことを決意する。
防衛大学入学のため、高校3年間を着実にに準備した甲斐があり、見事に防衛大学に入学を果たした。
だが入学してすぐに突然、日本は異世界に転移してしまう。
大混乱に陥った日本ではあったが、そんな中、あらたに必要となった異世界の西大陸語と幸太郎の相性が良く、在学中に読み書きはもちろん、会話もかなりネイティブに話すことができるようになっていた。
卒業後、陸上自衛隊に入隊し、幹部候補生学校に入校。
1年後、幹部候補生の教育を終え、3尉で得意の西大陸語を生かすため、国際貢献部隊へ任官する。
国際貢献部隊配属後は、新たに日本の領土となった地で様々な任務に従事し、2年後に2尉の昇進。
さらに2年後、国際貢献部隊での活躍が評価され、ボアザック王国臨時領事館付き防衛駐在官に抜擢され1尉に昇進する。
そしてボアザック王国にて、クリスティーナたちに出会うことになる。
殿下たちは今頃、寛いでいるだろうか。
特にクリスティーナのことが気になった。
年齢の割には大人びていて、それでいて時折見せる年相応のしぐさの美しい少女。
はっ、何を考えているんだ、俺は。10歳近く離れている少女に……。
V-22を降り、パジェロで王都に向かうなかで、幸太郎は気持ちを切り替える。
殿下たちともう会うことはないだろう。さあ、通常の勤務に戻るぞ。
そんな時、運転している隊員が幸太郎に話しかける。
「このパジェロ、長距離を走ってかなり酷使したにも関わらず、ずいぶんと調子がいいですね。1尉、何かされました?」
「いや、何もしてないが。」
パジェロは快調に王都に向かって疾走する。
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