第7話 科学は万人の力です
「殿下、朝早く申し訳ございません。出発しますので、お仕度ください。」
まだ夜が明ける少し前に、ユミハラ殿に起こされる。
支度を終え外に出ると、「ぱじぇろ」が待っていた。もう出発の準備ができているようだった。
「これで海岸まで移動します。長距離なので殿下たちと私、弓原二曹の5人のみでの移動となります。ただご安心ください。日が暮れる前には、護衛の増援と合流する予定です。」
ホヅミ殿が道中の簡単な説明をしてくれた。
その後、私たちは「ぱじぇろ」に乗り込む。
「道中お気をつけて。我々もここを片付けた後、一旦帰還します。」
「ありがとう。そちらも気を付けて。」
ホヅミ殿は、見送りの者と言葉を交わし、ユミハラ殿に命令する。
「弓原二曹、出発する。」
「はい。」
御者席のユミハラ殿の操作(運転というらしい)で、「ぱじぇろ」は動き出した。
隣の御者席にはサーシャとカーチャがベルトで固定されて座り、後ろの席は私とホヅミ殿だ。
ただ、弟たちは御者席でまだうとうとしている。
昨日も乗っていて感じていたが、「ぱじぇろ」での移動は私たちが普段乗っている馬車に比べると、揺れはするが何か特別な仕組みが働いているのか、やわらかく負担が少ない。
17~18時間とかなり厳しい行程だが、これなら何とか耐えられそうだ。王国では、1日8時間以上馬車に乗ることなど考えられないことだ。
そして道中での話だが、ニホン国の話は領事館で少し聞いたが、詳しい話は船についてから、しかるべき者から説明させるとのことだった。
というわけで、今更ながらではあるが、ホヅミ殿たちについての話から始まった。
自分たちは、日本国を守る軍事的な組織に属する一員であると。なんだそれは、要は軍隊と軍人であろう。そう言うと、
「まあ、そうですね。」
苦笑いをしながら、なんとも歯切れの悪い返事であった。いったい何があるのだろう。
それと、今まで会ったニホン人たちは皆、姓を持っていたので、貴族だと思っていた。
ただ従者たちがするような仕事も彼らがやっている。そもそも、その従者がいない。
そのことを聞いてみると、信じられない返答が帰ってきた。なんとニホンには貴族がいないということだった。王族以外すべてが平民で、そのすべてが姓を持っているのだそうだ。
それでは一体だれが国を統治し、運営しているのだ?確か王には実権がないはずだ。
そのことを尋ねると、統治する側は、国民の中から国民が選ぶのだそうだ。
「本当はもっと複雑な仕組みがあるのですが、大雑把に言えばそんな感じです。」
ホヅミ殿はそう答えたが、それはおかしい。国を統治運営していくことは、それなりの教養が備わってないとできないはずだ。
これに対する返答も、さらに信じられないものだった。
ニホンの成人の文盲率はゼロに近く、そのうえ四則演算もほぼ全員ができるらしい。
なんと6歳から15歳までの間、全国民は学校に通うことが義務だそうだ。
国民全員が貴族レベルの教養・・・。本当にそんなことが可能なのか。
2時間ほど走ったところで、小休止になった。
ホヅミ殿は何やら箱のようなものを耳にあて話をしている。そういえば、出会ったばかりの時にも板のようなもので話をしていた。
その様子をじっと見ていると、ホヅミ殿がそれに気が付いて話してくれた。本国と話をしていたと。
はっ?!本国は4000キロの彼方ではないのか?なんという伝説的魔道具。
以前使っていた板の方は、領事館付近でしか使えなかったが、これは本国まで届くらしい。
いや、そっちすら国宝級だろ!呆然としている中、出発となった。今度はホヅミ殿が運転をするようだ。
辺りはもうすっかり明るくなっていた。
「ぱじぇろ」は快調に走っている。
王都と海岸の港町を結ぶこの道は、平原で開けている上、王国の大動脈であるためかなり整備されている。
「案外早く着くかもしれないですね。」
ユミハラ殿は言いながら、何かを取り出し両目に充てて前を見る。
「一尉、村が見えてきました。あとこちらに向かってくる商隊のようなものも見えます。」
「了解。殿下、一旦街道を外れ商隊と村を回避します。揺れますがしばらくご辛抱を。」
私が不思議がっていると、
「見ます?」
と、ユミハラ殿がそれを私に差し出す。
私はユミハラ殿をまねて、それをのぞいて前を見る。
「!」
私は一旦それを外して前を見て、再びのぞいて確かめる。見える!村とこちらに向かっている商隊が!またしても国宝級魔道具!!
「姉さま、私にも見せて!」
「私ものぞいてみたいです。」
すっかり目を覚ましていたカーチャとサーシャが目を輝かせながら、私に手を伸ばしてくる。
私がユミハラ殿を見ると、笑顔で軽くうなずいて見せた。
私は、その魔道具をカーチャに渡す。
弟たちはそれを交代でのぞいては、大はしゃぎをしている。かなり退屈をしていたのだろう。
それ以降、村や商隊の接近の報告は、弟たちの仕事となった。
それにしてもニホンという国は、魔道がすごく発達した国で、偉大な魔法使いが作り出した国宝級の希少な魔道具を惜しみなく使用して、私たちをサポートしてくれる。
ニホン国民に選ばれた統治者代表に、できれば感謝の気持ちを伝えたいとユミハラ殿に話してみた。
「へ?魔道具?偉大な魔法使いですか?日本には魔法はないし、ですので偉大な魔法使いもいませんよ。ん、ちょっと待てよ。こっちに来て日本人になった人には、魔法ができる人もいるかもしれませんね。私はそのような人にあったことありませんが。そう言えば脱出の時の風、殿下の魔法だったんですよね。すごいです。ほかにどんな魔法が使えるんですか?魔法いいですよね。私がもし魔法を使えたら、どんなことしようかな。おいしいものをいっぱい出す?かっこいい人と巡り合う魔法とか?あ、とこでこれは大きな声で言えませんが、一尉なかなかかっこいいですよね。あの若さで一尉なんて、ちょーエリートですし。それに--」
「ちょ、ちょっと待て、魔法がないだって?!」
私は再びユミハラ殿の話をぶった切る。
ユミハラ殿の魔法がない発言が衝撃的で、「こっちに来て日本人になった人には・・・」以降の話は全く頭に入らなかった。
「はい。魔法はないし、魔法使いもいないです。」
「で、では今までの魔道具、いや魔道具ではないのか。その、様々な道具は、鉄の巨鳥は、ぱじぇろはいったい何なのだ?」
ユミハラ殿は、一生懸命説明してくれるのだが、そもそも説明の中で出てくる単語が、私たちの言葉に当てはまるものがないらしく、ほとんど理解ができない。
そのようなやり取りで、2時間近くがたち再び小休止となった。
ユミハラ殿はうまく説明できなかったことで、少ししょんぼりしているようだが、決して彼女が悪いわけではない。
おそらく前提となるものが、大きく違っているからだろう。
例の箱で話が終わった後、ホヅミ殿にユミハラ殿とのやり取りを話した。
「そうですか。自分にもうまく説明できるか自信はありませんが、とりあえず出発しましょう。話は道中で。」
再びユミハラ殿の運転となり、私たちは出発した。ホヅミ殿は話を始める。
「弓原二曹は、一つ一つの事象を説明しようとして失敗していると思います。その事象の説明で科学とか科学力とかいう言葉がよく出てきたと思いますが、」
確かに出てきたな。
「この科学、科学力は魔法、魔力と同じ位置づけものと思うことです。つまり、お互い相手の力がよくわからない不思議な力という位置づけですね。」
そうか、私が魔法で風を起こしたとき、確かホヅミ殿たちは驚いていたようだったな。
「将来どうなるかわかりませんが、今はこれくらいの理解で良いのではないかと。私の個人的な考えではありますが。」
すこし置いて、ホヅミ殿はまた話し出す。
「ただ、明らかに違うところは、魔法や魔力は個人の力で、それに対して科学は万人の力です。」
「誰でも発動できるということか?」
「あー、魔法と同じイメージで言ってしまうと、違いますね。」
ホヅミ殿は少し考えて、話し出す。
「そうだな、例えば光る道具ですが、魔道具の場合、高名な魔法使いがひとつひとつ丹念に作りますので、当然ながら数多く作ることはできないですよね。ところが科学場合、仕組みと設備さえあれば、だれでも作ることができます。ですのでこの道具は日本の家庭すべてに備わっています。パジェロにもありますし。」
私は王国の平民の家すべてにこの光る道具があることを想像しようとしたが、できなかった。
この後は、お風呂、洗濯をしくれる道具、食べ物を冷やして保存する道具など終始、日本での生活に関する話ばかりになった。
5度目の休憩、辺りは暗くなってきて、あと30分もすれば夜という時、今朝ホヅミ殿が言っていた護衛の増援と合流した。 増援といってもたった3人だったのだが。
その3人が乗ってきたものがまた驚きの物だった。車輪が2つしかないのだ。どうしてあれで倒れず乗れるのか。科学の力なのだろうか。
科学は万人の力。私にも乗れるだろうかとユミハラ殿に聞いてみると、
「練習すればきっと乗れますよ。」
という答えが返ってきた。ぜひ練習して乗ってみたいものだ。
「第1空挺団 空挺偵察中隊 第1小隊 1班 2等陸曹 高橋 翔太です。これより集結地まで、後送の警戒に当たります。準備が整い次第、出発します。」
「ボアザック防衛駐在官 一等陸尉 八月一日 幸太郎だ。準備は完了している。直ちに出発しよう。」
「わかりました。暗闇の中での移動ですので、街道の両側にケミカルライトを約80メートル間隔で設置してあります。右側は緑、左側は赤です。自分たちが前衛を務めます。」
「了解した。」
ホヅミ殿と護衛の人との話は終わった。出発するようだ。
するとユミハラ殿が突然、護衛の人に話しかける。
「高橋君?」
「!弓原か?戻ってきたのか。」
「久しぶりだね。」
「あぁ、話は後だ。出発する。」
「うん。」
ニホン語はわからないが、どうやら彼らは知り合いのようだ。
「殿下、あと3時間ほどで目的地です。彼らは護衛の任につきます。ではパジェロにご乗車を。出発します。」
「わかった。」
ホヅミ殿から説明を受け、弟たちと一緒に「ぱじぇろ」に乗り込む。
弟たちは暗くなってしまって、仕事が無くなってしまったことと、長い時間の乗車で疲れてしまったのか、出発してすぐに眠ってしまった。
私とユミハラ殿は護衛が乗ってきた乗り物(「ばいく」と言うらしい)について話していた。
2輪なのにどうして転ばないのか不思議だったし、練習すれば私にも乗れるというのでいろいろ聞いてみたのだが、「じゃいろコウカ」??やっぱりわからなかった。




