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第6話

 王都から北に向かっている小さな商隊の幌馬車の中。向かいに座る秘書が口を開く。


「王都をうまく出ることができました。」


「この日のために商会を作っておいたからな。身分証明書以外は皆本物だ。」


ようやくここまで来た。ゲルハルト・ミュラーは目を閉じ、これまでの事にを思い返す。



 ゲルハルトは、ミュラー伯爵家の嫡男として生まれた。ミュラー家は建国当初からある伝統のある家柄であった。


 ミュラー家先々代当主の時代、領地内の鉱山の収入と堅実な領地経営、政治的センスにより全盛を迎えることになった。


 しかしそのような才能は次の代には受け継がれず、ゲルハルトの父親の代になると、事業の失敗、さらには鉱山の採掘量の激減が追い打ちをかけ、徐々にミュラー家は落ちぶれていく。


 このような状況でゲルハルトの両親は、次第に不仲になっていった。


 ゲルハルトが物心つくころ、ついに別居状態になってしまい、以降ミュラー家には子供は生まれなかった。


 ゲルハルトが6歳のころ、まだ何とか貴族の体裁を保っていたが決して状況がよくないミュラー家を、自分が立て直さなければと考えるようになった。


 ただ、どうすればよいのかまだわからなかった幼いゲルハルトは、勉強をして偉くなった人のことを聞き、勉学に励むようになる。


 そんな折、ゲルハルトに婚約の話が舞い込む。新進気鋭のカリウス男爵家からの打診である。


 当時勢いのあったカリウス家は家格を上げるため、ミュラー家は資金援助を目的に、お互いの思惑が一致したことにより、瞬く間の婚約となった。


 お相手は、レベッカ・カリウス。ゲルハルトと年齢は同じであった。


 ただ2人は婚約時に会うことはなく、実際に顔を合わせたのは、貴族学院入学直前のゲルハルト12歳の誕生日の祝いの席だった。


 その席でゲルハルトはレベッカのことを、貴族の令嬢にしてはよく話す子だなと思ったが、かわいらしく決して不快な感じは受けなかった。


 普段は自身からはあまり話をすることはせず、黙って話を聞くといったことが多かったが、なぜかついつい受け答えしてしまうような不思議な感覚を受けた。


 一方レベッカの方は、ゲルハルトのことを物静かでおとなしい人と思ったが、会話することで直感した。「この人は将来すごい人になる」と。


 入学後は、学院内で姿は見かけることはあっても、特に親しく話すわけでもなかったが、手紙でのやり取りなどで良好な関係は深めていった。


 在学中の6年間、ゲルハルトは主席の座を一度も譲らなかった。レベッカも成績は上の中で決して悪くわなかったが、それにも増して驚異的だったのは、人を見る目と人を引き付ける一種のカリスマ性だった。


 レベッカと親しくなる学友は、いずれもすぐれた人物であり、また男爵位でありながら上位貴族からの相談を受けるなど、学園内での彼女の人望的なヒエラルキーは、異常なものとなっていた。


 2人の卒業の年には、数々の事業の失敗から酒に溺れるようになったゲルハルトの父親により、ミュラー家の財政は悪化の一途をたどり、没落寸前になってはいたが、レベッカの強い助言によるカリウス家からの最低限の援助で、何とか没落には至らなかった。


 レベッカの両親は、レベッカの人を見る目を大変信頼してたからだ。


 ゲルハルトは官僚試験に合格し、卒業後は官僚になることが決まっていた。そして卒業と同時に2人は、結婚した。


 結婚後まもなく、体を壊したゲルハルトの父親は、他界する。


 それと同時に、先々代からほぼ義理で使えていた年老いた家令・執事・家政婦長が辞意することになり、当主となったゲルハルトは、出だしから頭を抱えることになった。


 これを救ったのは、伯爵夫人となったレベッカである。


 彼女はあらゆる人脈を使い、極めて優秀な家令・執事・家政婦長を探し出し、実家からのさらなる援助を引き出した。


 新たな家令により、悪化の一途をたどっていた領地経営は、裕福ではないがそれなりの状態まで回復していくことになる。


 家内の状況も極めて良好で、ゲルハルトは、官僚としての仕事を思う存分発揮できた。


 彼はもとから優秀ではあったが、特に語学と外交的センスは秀逸で、数々の功績をあげ、王国に多大な利益をもたらした。


 結婚の2年後には、2人の間に娘が生まれる。パウリーネの誕生である。


 産後の状態が悪く2人目は難しいと言われたが、ゲルハルトにはそんなことは気にならなかった。


 妻と娘が無事でいてくれたことは、彼にとっては何よりも嬉しかったからだ。


 生まれたばかりの娘と隣に添い寝するレベッカを見て、ゲルハルトは一生彼女らを守ろうと誓った。


 そしてパウリーネは、両親の愛情を一身に受ける。そのかいがあって彼らの愛娘は、健やかに育ち、性格も容姿も母親そっくりになってゆく。


 多少お転婆なところもあったが知的な面もあり、ミュラー家のスタッフ達も彼女ことを大変かわいがった。


 パウリーネが13歳の時、当時の宰相が年齢を理由に引退することになり、次の宰相に官僚として数々の功績をあげたゲルハルトが、国王より抜擢された。


 ゲルハルト、レベッカ、パウリーネ、ミュラー家スタッフ、すべての者が幸福の絶頂だった。


 ところがパウリーネ14歳の時、この幸福は突然終わりを告げる。彼女の死によって。


 パウリーネは、レベッカと数人の側使いを連れて、馬車で街に買い物に出かけたいた。


 店を出たところで馬の暴走とその先にいる市井の子供に気付いた彼女は、子供を庇った際に、レベッカの目の前で馬にはねられて帰らぬ人となってしまったのだ。


 最初その報告を受けたゲルハルトは、報告の意味が理解できなかった。いや理解したくなかった。


 ただ呆然と立ち尽くす彼に、さらに追い打ちをかける。


 事故を目撃したレベッカも気を失って、目を覚まさない状態で館に運び込まれたということだった。


 ゲルハルトが急いで館に戻ったそこには、物言わぬ愛娘と気を失って目を覚まさないレベッカのベッドに寝かされている姿だった。


 彼は膝から崩れ落ち、その場を1日近く動けなかった。


 その後レベッカは目を覚ますが、ショックのあまりろくに食事もとれない状態が続いた。


 半年後、主人を支え、ミュラー家の再建に多大な貢献をし、愛娘にできる限りの愛情を注いだ唯一無二のゲルハルトの妻は、衰弱によりパウリーネの後を追うように亡くなってしまった。


 この半年、ゲルハルトは、薬、医師、魔法など、ありとあらゆる手段を使い、レベッカの回復を試みたが反面、もう戻ってはこないだろうことも悟っていた。


 12歳の時に初めて会ってからパウリーネの事故の前まで、周りに生きる元気を振りまいていたレベッカが、事故後、まったく生気を失い、みるみると痩せ細っていく姿を見たゲルハルトは、やがて来る別れを黙って迎えるしかく、一生彼女らを守ろうと誓った自分の無力に、ただただ絶望するしかなかった。


 娘、妻と立て続けに亡くした事で、国王から休めということで、少し長めの休暇をもらったゲルハルトは、レベッカの葬儀が終わった翌日、まだ休暇の期間ではあったが、館にいてもただつらいだけなこともあり、本日から復帰することを告げるため登城することにした。


 王城内通路の曲がり角の向こうから、貴族同士の話声が聞こえてきた。どうやら自分の事の話題のようだったので、一旦足を止めた。


「ミュラー卿は、まだ休んでおられるのか?」


「あぁ、陛下から少し休むよう言われたらしい。」


「そうか、ご息女の事故から奥方までだからな。」


「まああの事故さえなければ、当然こうはならなかっただろうからな。」


「運がなかったな。事故原因も表向きはああだが。。。」


「おい、その話は。」


「そ、そうだったな。」


 ゲルハルトはその話を聞いて、あわてて身を隠した。


 表向き?あの事故は馬具が古くなって破損したことと、たまたま近くで大きな音がしたことが重なって起きたのではないのか?


 ゲルハルトは、急いで館の戻り執事に秘密裡に事故の調査をするよう指示した。公的機関や資金は使えないので、すべての調査は自費で行った。


 半年に及ぶ調査の結果、事の次第が判明した。


 酒に酔った若い貴族たちが、悪ふざけで馬車に繋いであった馬具を壊し、その馬の尻を蹴飛ばしたということからの馬の暴走だったのだ。


 そしてその若い貴族の中に、有力貴族の長男が混ざっていた。


 この暴走が原因で宰相の娘が死んでしまったことでにあわてた有力貴族は、ミハエル王子に相談した。


 王子は有力貴族からの相談に気分を良くし、成人したばかりで自身の影響力を早急に拡大したいことも相まって、権力を使って真相をもみ消してしまった。


 事故に不信を抱き、再調査を求めた者もいたが、今度は国王がこれを止めた。


 当時内外に対し融和政策を実施していた国王は、貴族内に波風が立つのを嫌ったのだ。


 結果、ゲルハルトの娘を亡き者にした馬の暴走は、不慮の事故として処理されることになった。


 執事からの報告で、これらのことを知ったゲルハルトの心は、大切なものすべてを失った虚無感から、腹の底から湧き上がるどす黒く熱い怒りへと変貌した。


 許さん!大切な家族を奪った貴族、それを庇った王族。絶対に許さん!!


 知っていて見て見ぬふりの貴族、賄賂により目撃した真相を曲げた平民、ゲルハルトの怒りは、ついには王国全体に広がっていく。


 こんな国、滅んでしまえばいい!!


 ゲルハルトは決意する。王国に復讐をすることを。そして、自分の家族に対する深い愛を証明することを。


 執事が突然話し出す。


「旦那様、今何かを決意されましたか?原因となった貴族への復讐ですか?もしそうであれば、私にも手伝わせてください!」


「いや、それはできない。これは私個人の問題だ。お前には関係のないことだ。」


「いえ、関係なくはございません。私は前主人に些細な忠告したことで紹介状も出してもらえず、解雇され途方に暮れていました。そんな折奥様に拾われ、ミュラー家にやってまいりました。ここでの仕事は、大変充実してやりがいがありました。そして奥様もお嬢様も、私共にあたかかく接していただけた。そんなお二人を・・・許せません!」


「そうだったのか。」


「旦那様、他の者も同じような境遇で、奥様に拾われました。その者たちも含め、私達にもなにかお手伝いをさせてください!どうかお願いいたします!」


「わかった。よろしくたのむ。」


 ゲルハルトは、関係者を絞り込むため宮廷貴族となることを決め、領地の王国返還を申し出て、領地にいた家令を秘書とした。


 このようにして、ゲルハルトはスタッフの中から慎重に人選し、集めた同志とともに王国への復讐を進めていくのであった。



 そして今、ゲルハルトは同志とともに王都を脱出して、北の地へと向かう商隊を装った幌馬車に揺られている。


 そんな中、ふと思い出した。娘の葬儀の弔問に訪れた人の中に、震えた声で心底娘の死を悼み悔しがっていた人物を。


「クリスティーナ殿下……。」


 誰にも聞こえない声でつぶやく。


 クリスティーナ殿下は、娘と同年代だったため、学生時代、交友関係があったようだった。


 ふっ、たとえどんなに娘と友好があったとしても、あなたも王族だ。復讐の対象なのだ。と、言っても、もう復讐ができなくなっているかもしれないが。


 ゲルハルトは王国の最後を見届けるため、帝国の支配するマート王国に向かうのであった。

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