第10話
ニホンの船に乗ってから、1日が過ぎた。
船の生活にも少し慣れ、ユミハラ殿と私たちの間にも親交が進んで、名前と愛称で呼び合うようになった。
コズエの話だと、ニホンの港に到着するまで、あと2日半くらいかかるらしい。
私たちには、再び士官室が用意された。今度のベッドは2段だったが、鉄のクジラの部屋と比べるとそれなりに広い部屋だった。鉄のクジラと同様に部屋も船内もとても清潔で、ただあの船のような狭さはなく、さらに快適で、ここでも温かい食事をとることができた。
私が当初想像していた船での生活は、どこに行ってしまったのか。
弟たちは船での生活は初めてだろうが、これがそうだと思ってしまっては、王国の船に乗った時に、大変失望してしまうのではないだろうか。
王国の船……か。そもそも、再び王国の船に乗ることはできるのだろうか。
2日目、再び会議室にて。
ヤマシロ殿は私の心配が分かったのか、ボアザック王国の現状を話してくれた。
私たちがニホン臨時領事館に保護を求めた日、やはり兄上と軍部によるクーデターが起こっていた。
父上と義母上は捕らえられ、貴族牢に護送されたようだ。
そしてクーデターと同時に、義母上の母国であるスバンドール公国への侵攻も開始された。
王国常備軍のほとんどと、艦隊との大規模合同演習が行われることは、騎士団にも報告があったが、まさか最大の友好国への侵攻が開始されるとは。
その上周辺国にも、属国になるような通達をしたらしい。ホヅミ殿もそのようなことを言っていた。いったい兄上は何を考えているのだ!
私が怒りを露わにしていると、それを見てヤマシロ殿が話し出す。
「それにしても王国のこの行動は、まったくもって不可解です。殿下たちが何かご存じかと思いましたが、そのご様子だと何もご存じないようですね。」
「何が不可解なのだ?」
私は聞くと、ヤマシロ殿から驚愕の返答が返ってきた。
「クーデターの5日前、帝国軍6万は北方4か国の一番東の国、帝国と国境を接するテトラ王国に侵攻を開始しているのです。」
「なっ……、6万?テトラ王国の侵攻に6万も?」
北方4か国すべて相手にするにしても、過剰な戦力だ。まさか……。
「そしてそれだけではありません。クーデター当日、今度は北方4か国の一番西の国マート王国に、帝国艦隊の5千の軍による強襲上陸が行われ、備えていなかったのか、王城は占拠され王族は捕らえられてしまいました。マート王国はその日のうちに降伏、帝国の手に落ちました。」
ヤマシロ殿からの立て続けの状況報告に、私は確信した。これは来る!帝国は本気だ。
「テトラ王国は、すぐ近くで動員されている6万もの軍勢を事前に察知して、最初から首都の王城に立てこもる作戦をとっています。北方4か国は、王国の友好国と認識しております。6万もの軍勢は、すぐには動員できませんので、当然王国には事前に報告が上がっていたはずです。にもかかわらず、北東の帝国による軍事行動に対して、王国は南西のスバンドール公国へ侵攻を開始しています。我々の感覚からすると、これは不自然です。」
確かにそうだ。これではまるで、どうぞ攻めてくださいと言っているようなものだ。王国は、帝国の動向を全く把握していなかったのか。
「日本は事前に事態を認識してはいましたが、この世界での外交は、まだ始めたばかりです。この状況をどう解釈すればよいのかわからず、様子うかがっている状態です。」
すると、今まで話を聞いていたカーチャが、突然声を上げる。
「ねえ!お父様とお母様を助けて!お願い!」
「そうです!ニホンならできるはずです!ですよね、姉様。」
カーチャが、目に涙を浮かべ訴える。サーシャも潤んだ目で、私の方を見て同意を求めている。
くっ、やはり無理をしていたのだ。彼らなりに周りに気を配り、今までのこの不安な状況を我慢してきたのだ。そんな弟たちに、どうにかしてこたえたい。
「ヤマシロ殿、国王陛下、王妃陛下の救出をお願いできないだろうか!必要なことは何でも協力する!」
ヤマシロ殿は悲しそうな顔をしたが、すぐに表情を戻して言った。
「残念ながらその件につきましては、今ここで私がお答えできる内容ではありません。日本に到着した後、首相との会談を設けております。日本としましても、内部で協議してまいります。その際に何らかの回答ができればと考えております。」
「シュショウ?」
「日本国の政治の最高責任者の役職です。」
「……わかった。是非良い回答をお願いしたい。」
「うわーーーん!」
ついにカーチャが泣き出してしまった。それにつられてサーシャもしくしくと泣き出す。
外に待機していた、コズエがドアを開けて入ってきた。
「カーチャ殿下!」
「コズエーーー!」
カーチャがコズエに向かって走り出す。コズエは膝をつき、カーチャを抱きしめる。
「カーチャ殿下、サーシャ殿下、私は殿下たちの頑張りをずっと見てきましたよ。今までよく頑張りました。すごいですよ、さすが王国の殿下です。」
コズエは、抱いた手でカーチャの背中を優しくさすり、もう一方の手でサーシャの頭を撫でる。それを見てこみあげてくるものがあったが、泣くわけにはいかない。
私が弟たちを守り、安心させてあげなければならない。
「コズエ、すまないが弟たちを連れて、見ていてくれないか。私はもう少しヤマシロ殿と話をする。」
「わかりました。さっ、食堂で何かおいしいものいただきましょう。」
コズエが、弟たちを連れ出す。コズエには本当に感謝している。弟たちも良く懐いているし、細かいことにもよく気が付いてくれる。
弟たちが部屋の外に出たのを確認して、私はヤマシロ殿と向き合う。
「ヤマシロ殿、それでは現在の戦況を聞かせてもらえないだろうか。ニホンは昨日今日の状況も、手に取るように把握しているのであろう?」
「はい。元々お話しするつもりでおりました。昨日までの帝国の侵攻の状況ですが……」
ヤマシロ殿は、表情を変えず話始める。
「ひゅうが」が新大泊港到着する数時間前、日本新大陸の新豊橋市にあるオフィスビルにある警備会社 ニューワールドセキュリティー(NWS)の会議室で、3人の男女が、会議が始まるのを待っていた。
その中の1人の男性が、頬杖をついて窓の外を見ている。
俺の名はジュドー、日本の警備会社NWSの社員だ。
この会社は日本で唯一、武装を許されている会社で、俺はそこの警備部の現場で働いている。
主な仕事は、大樹海から侵入してくる魔獣などの対処だ。大樹海沿いに張り巡らされたセンサーの反応から、こちらに侵入する魔獣を、銃火器で武装した俺たちが駆除する。
何度か駆除を経験したが、この銃火器の火力といったら、なんと表現したらいいのか、とにかく瞬殺だ。
小さなころ魔獣が何度か集落を襲い、集落全体で対応したが、何人もの死者が出て大変なことになったものだ。
このような魔獣の対応を行う現場社員は1000人弱いて、ほとんどが元原住民の日本国籍を持った人たちで、24時間体制で警備を行っている。
だが、俺は日本国籍を持っていない。警備部の中でも、俺のように日本国籍を持たない社員が100人くらいいる。
そんな俺たちのことを社内では、通称「パラミリ」などと呼んでいる。
パラミリの言葉の意味は知らないが、俺達にはもう一つの仕事がある。それは傭兵を装ってボアザック王国に入り、商隊などの護衛を行うことだ。
この時の武装は、当然銃火器などではなく、剣・槍・弓などだが、これらは防具も含めてすべて日本製で、その性能たるや通常のものと比べ物にならない。
俺のチームは4人いて、商隊の護衛はいつもその4人で行っている。俺たちの仕事はただ商隊を護衛するだけではなく、現地の情勢、動植物や鉱物の状況などの調査も行う。
一度、盗賊による商隊の襲撃にあった。そのときの商隊が大きかったため、うちの会社以外の傭兵も含めて20人ほどいた。
倍の盗賊に対して何とか撃退したが、傭兵は10人ほどやられてしまった。ただ俺たちのチーム4人は無傷な上、盗賊撃退に大きく貢献した。
そんな俺たちと同じようなチームが20余りあり、同様に護衛・調査を王国各地で行っている。最近は帝国にも出向いているらしい。
王国に日本の臨時領事館ができたらしいが、俺たちの仕事が成果を上げた結果だと思うと誇らしい。
俺は12歳の時の冬に、病気で両親を亡くし一人になってしまった。
俺のいた集落はすべての人が貧しく、だれも俺一人すら助けることができない。
何とか冬を乗り切ったが、ろくに食べることができず、餓死を待つような状況だった。
そんな時、集落に突然日本人たちが現れ、俺はその人たちに保護された。
俺はどこかの施設に預けられ、衣食住が確保された上、勉強まですることができた。
俺にとっては夢のような世界で、あっという間に6年が過ぎた。
そして6年が過ぎた春に、俺に何らかの適性があったらしく、この会社を斡旋された。
仕事の内容が説明され、5年務めた後に日本国籍が取得ができることのことだった。
日本の保護下に入ることは大変良いことだとは思うが、日本国籍を取得するとパラミリを抜けなければならない。
俺は今の護衛と調査の仕事は結構好きで、警備長なる位ももらっているので、ある程度は続けていきたい。
日本に恩返しができる上、給料までもらえるのだから、5年後の日本国籍の取得は見送るだろう。
パラミリに所属している社員は、皆俺と同じような境遇の者たちで、思っていることも俺と大して違いはないだろう。
そんなことを考えていると、会議室に男性が入ってきた。
ん、警備部本部部長?わざわざなんだ?思わず皆、立ち上がろうとした。
「あー、そのままそのまま、座って座って。実は今度の仕事についてなんだけど、」
いつもニコニコしている本部長が話し出した。
「ちょっと特殊で、特別な訓練が必要なんだ。仕事の内容はまだ明かせないし、まだその仕事自体、実施されるか不特定なんだけど、訓練は急がなければならなくてね。でも訓練も仕事扱いだから無休とはならないよ。申し訳ないけど今は質問もなし。というわけなんだけど、受ける気ある?別に断ってもペナルティーなんてないから、チームに持ち帰ってよく考えてね。」
珍しいな、本部部長から直々とは。でも俺たちをわざわざ選んでの依頼だ。もちろん受けるさ。持ち帰るまでもない。
「よく考えてねとは言ったけど、返事は明日中にお願いね。それじゃあ解散、よろしくね。」
本部部長は短い説明が終わると、あっという間に去っていった。
会議室にいた俺以外のやつも、やる気満々だな。どうやらそういう性格の者ばかり集めたようだ。
でも、訓練が必要な仕事って……。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回更新は【6月5日 21時】を予定しています。
よろしくお願いいたします。




