第30話 訓練
私は今、懐かしのパジェロに乗っている。私たちが世話になったあのパジェロに。
そのパジェロには、八月一日殿と梢が同乗している。
さらに、ギャビー達弓兵の10名と、ジュドー殿たち4名が「いっとんはん」という大きな馬なし馬車、いやトラックに乗って同行してた。
加えて、梢の知り合いである高橋殿6名とバイクの護衛付きだ。
私たちは、リシャール辺境伯領と大樹海の境に向かっている。目的は、ギャビー達弓兵の訓練のためだ。
彼らは、多くの弓兵の中から選ばれた10名だけあって、新しい弓の扱いの習得が早かった。固定目標であれば、100メートルの距離で、狙ったところに命中させることができるようになるまで、さほど時間を必要としなかった。
そこで今回、移動目標への対策として、魔獣駆除を兼ねた訓練となった。
リシャール辺境伯領と大樹海の境には、もうすでにリシャール兵に変わって日本の自衛隊が、展開していた。高橋殿たちはその部隊と一緒に、この地に展開していたが、前回の経験もあって私たちの護衛に選ばれたようだ。
今パジェロを運転しているのは、八月一日殿で、その隣に私が座っていた。その彼が私に尋ねる。
「前から気になっていたことがあるのですが。」
「ん?」
「戦場で魔法は、使われるのですか?ファイヤーボールみたいな。」
「戦場で使われる魔法は、風魔法が代表的なものだな。弓の軌道を変えたりする。ただ、風魔法は、船にとって重要なものなので、ほとんどの風魔法使いは、艦隊に引っ張られて、地上軍にはあまりいないな。
あとは、野営とかで火、水魔法は重宝する。ただ水は大部隊になると、魔法だけではどうしても不足するな。ところで「ふぁいやーぼーる」とはなんだ?」
「えっ?」
彼は一瞬こっちを見たが、すぐに運転のため前を向く。
「火の玉を敵に目掛けて放ち、相手にダメージを与えるようなものですが。知りませんか?」
「そんな魔法があるのか?それはすごいな。つまり火を起こすだけでなく、それを投射して、さらには狙った敵にぶつけるということか?まさか、そんないくつもの魔法を同時に操る賢者が、日本にいるのか?」
「いえいえ、元からいた日本人に、魔法を使える人はいません。今言ったのは、日本の物語での話です。」
引きつった笑いを浮かべながら、運転をする八月一日殿。
「そうか、実在はしないのだな。私たちの世界でも、そんなすごい魔法は、聞いたことがない。」
「結構地味なのですね。この世界の魔法。」
後ろから、聞いていた梢がぼそっとつぶやいた。実は私には、ある戦闘用の魔法が扱えるのだが、それについては口外することはできない。
「ところで、八月一日一尉。」
「なんだ、弓原二曹?」
「私たち今、自衛隊から派遣されてNWSにいますよね。」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「もう一尉とか二曹じゃないですよね?だからお互い呼び方換えませんか?」
「あぁ、そうか。じゃあ弓原だけにしよう。」
「そうじゃなくてですね、せっかくですから名前で呼び合いましょうよ、幸太郎君!」
「こ、幸太郎君?!」
彼の運転が少しぶれる。
「そう、私のことは、こずえちゃんって呼んでください。」
「こ、こずえちゃん?!普通に弓原でいいだろう!自分のことも八月一日さんで!」
「えー、つまんないなぁ。私は幸太郎君って呼びます!」
「やめろ!」
「しょうがない、じゃあ幸太郎さん。」
「まあ、それならいいか。わかったよ。」
ずっ、ずるいぞ梢。私も八月一日殿を名前で呼びたい!でもそんなこと恥ずかしくて言い出せない。うーー、そうだ!
「八月一日殿。」
「はい、突然日本語なんですね。どうしましたクリスティーナ殿下。」
「わたしも、名前で呼んでいい?私のことはティナって呼んで。」
「は、はぁ?」
今まで西大陸語での会話だったが、覚えた日本語でお願いすることによって、恥ずかしさがかなり軽減できた。
「いや、自分のことは名前で呼び捨てで結構ですが、さすがにそれは……。とりあえずティナ殿下では?」
「ティナ!」
「ティナ様。」
「ティナって呼んで!」
「いやいや、じゃあティナさん。」
「わかった……、それでいい。」
私は、仕方なく妥協したが、彼を名前で呼べることは、とても嬉しい。ありがとう、日本語。
「ラブコメかよ。」
梢が後ろで、再び何かつぶやいたようだ。
私たちは、大樹海が切れた草原に到着した。
パジェロを降りた私に幸太郎が、荷台から何かを持ってそばまでくる。
「クリスティーナ殿下。」
幸太郎が私に話しかけるが、私は無視をする。
「?」
「呼び方。」
「あっ、えーっと、ティナさん。」
「なんだ、幸太郎。」
「ずっと預かっていたこれ、お返しします。」
彼は、鉄のクジラ、潜水艦に乗り込む際に預けた日本の剣を差し出す。
父上から授けられそれを見て、私は弟たちと共に邸を抜け出し、幸太郎に出会ったことを思い出す。これを抜いて彼に向けたこともあったな。
「あぁ、ありがとう。」
私はそれを両手で受け取りしばらく見つめた後、腰に差す。
私たちが到着したこの辺りは、最近少数の小鬼が頻繁に出現するという。
私、幸太郎、梢、ジュドー殿のチーム、そして今回の訓練の主役であるギャビー達の弓隊は小さい丘に陣取った。
そして高橋殿たちのバイク隊は丘のふもとから、小鬼たちを引き付けるような行動を執る。
バイク隊の方に引き付けられる小鬼を、弓隊が弓を射る。
流石に動いている小鬼には、矢はなかなか命中しない。幸太郎の言う偏差射撃は、相手の未来位置を速度から予想して射るというものだが、最初は感覚をまだつかんでいないのか、小鬼の前後に矢が飛んで行く。射ち漏らした小鬼は、バイク隊が銃で処理していく。
ただ時間が経つにつれて、矢が命中し出す。流石選ばれた者たち、感覚をつかんできたようだ。
「状況終了。今日はこのまでにしましょう。」
2時間ほどたち、幸太郎が訓練終了を告げる。
ギャビーがふうと息を吐き、難しい顔をして幸太郎に話しかける。
「少数だけど、ここまで小鬼が出現するということは、大規模な群れが近づいているかもしれない。」
「はい、自衛隊の方でもそのことは警戒しているようです。何か異変があれば事前に連絡が入ります。安心してください。」
「事前に連絡?、そんなことが可能なのですね、あなたたちは。あの大きな馬なし馬車や、2輪で走る乗り物とか、あの火が出る筒とか、信じられないものばかり見せられれば、まあ納得なのですけれど。」
私も銃が使われるところは、初めて見た。あれは、矢がとどかない遥か遠くでもあの威力を発揮するらしい。
銃があれば、私たちは帝国を圧倒できると思う者はいるだろう。だが私たちには銃は扱えない。武器の概念が全く違う。まずそれを理解しなければならないし、それを理解したうえで、今の私たちの戦い方とは全く異なる戦い方を学ばなければならない。
私たちにそんな時間はない。そもそも日本が銃を、私たちに与えるとも思えない。
「明日、またここで訓練を行います。では戻りましょう。」
2日目、同じ場所で昨日と同じ訓練を始めた。
今日は最初から、矢が命中する。昨日の感覚を持続できているようだ。
小1時間ほどが経過し、矢がかなりの確率で命中するようになり始めた時、高橋殿がバイクで丘の上までやってきた。
「八月一日さん、連絡が入りました。小鬼の群れが近づいてきています。」
「やはり来ましたか。数は?」
「1000ほどだそうです。」
「わかりました。訓練は中止します。撤退しましょう。」
「了解です。」
私たちは、南から来る小鬼の群れから離れるように、大樹海沿いの道を北に向かう。
出発してすぐだった。私たちの後ろを走る1トン半トラックの前を、野兎が横切る。
それを避けるためハンドルを切ったトラックが、突然止まった。
「ガツン!!」
トラックは、何か穴のようなところに左後輪がはまってしまい動かない。
私たちは、パジェロを降りて様子を見にトラックに近づいた。どうやら原因は野兎の巣の入口のようだ。トラックの後輪が、完全にはまってしまっている。
何度か脱出を試みるが、完全にはまってしまっている。その上、トラックのサスペンションというところも損傷しているということだ。
さらに運が悪いことに、穴にはまった時の衝撃で、弓隊の一人が頭を打ち気を失い、もうひとりは足をくじいてしまった。
「ジュドーさん、怪我をした2人と殿下を乗せて、パジェロで先に戻ってください。他の者はトラックからMINIMIと20式と弾薬、それとアクリル盾を下ろしてください。」
「やるんですか?」
「ええ、ここで迎え撃ちます。徒歩で撤退も考えましたが、帰るのにまだ距離がありますし、装備したままだと体力的な問題で追いつかれる可能性があります。装備を捨てれば体力的な問題は解決できるかもしれませんが、まだ大樹海はそこですし、丸腰で他の魔獣に襲われると対処ができません。」
「俺はMINIMIを扱ったことがあるんで、俺が残ります。チームの別の者にパジェロは任せます。」
「了解です。急ぎましょう。」
何を、何を言っているんだ、幸太郎、私だけ戻るなんて、そんな。
私は、行こうとする幸太郎の腕を掴む。
「ちょっと待ってくれ。私も残るぞ!」
「殿下は大事な身です。万が一の事があってはなりません。大丈夫です。我々も無事に戻りますよ。先に戻っていてください。」
「大丈夫なら、残っても問題ないだろう!!それに幸太郎たちに万が一の事があれば私は……。」
「残ってもいいんじゃないですか。私がティナちゃんには指一本触れさせませんので。」
梢が私を援護してくれた。でもティナちゃんって……。
「わかりました。説得する時間惜しいので、仕方がありません。」
幸太郎が高橋殿に近づき何か耳打ちをしている。
「高橋二曹、念のため救援要請を。」
「了解しました。」
内容は良く聞こえない。それが少し気になったが、幸太郎は大丈夫だと言った。1000の小鬼に対して私たち20名で。大丈夫と言ったら大丈夫だ。私は幸太郎を、日本を信じている。




