第29話 レーダの決断
私は帝国軍調査艦ヒータ号艦長、レーダだ。
私はニホン領の港を制圧するために、ヒータ号を率いて帝国特務艦隊に同行したが、ニホン軍の攻撃によりヒータ号を除く帝国特務艦隊は一瞬のうちに壊滅してしまった。
残ったヒータ号は、私の指示で帆を下ろし、降伏の意を示したため、ニホン軍に拿捕されることとなった。
私は今、ニホンの責任者と思われる人物と2人の兵と共に、ヒータ号に横づけされたニホンの小舟に移ったところだった。
「すみませんが、一旦拘束させてもらいます。」
私は、手を後ろにされた形で拘束された。ただこの拘束具は鉄などの重いものではなく、ものすごく軽いので少し驚いた。
これで拘束できているのかと思い少し力を入れて解こうとしてみたが、びくともしなかった。
「変な抵抗は、やめてくださいね。」
「すまん、もうしない。」
軽く注意されてしまった。
小舟は聞いたこともない音を出しながら、動き出した。誰も漕いでいない。その上小舟のくせに速い。いったいどうなっているのだ?
しばらくして、私たちの乗った小舟は、ニホンの軍艦に横付けされた。ニホンの軍艦は見上げるほど大きい、いや大きいなんてものじゃない。巨大だ。近くで見ると城塞かと思えるほどだ。
艦の横から梯子が下りていた。そこでは、乗組員と思われる人物が出迎えてくれた。
「帝国艦の責任者、確保状態に異常なし!これより本艦へ移乗させる!」
「了解、周囲を警戒せよ。武器の有無、再度確認!」
わからない言葉で、何かがやり取りされる。私は、両脇を兵士に支えられながら、ニホンの軍艦に乗り移る。
艦内は非常に清潔感がある。変な匂いもしない。とても船の中だとは思えない。
私は艦内にある1室に案内され、椅子に座らされた。目の前にはテーブルがある。
しばらくその部屋待っていると、2人の人物が入室してきて私の向かいに座る。
1人はこの艦が所属する戦隊司令、もう1人はニホン国の外交官だった。
戦隊司令は案の定、帝国軍に関する質問をしてきた。私はそれに対し、全て答えられないと返した。
「そうですか、仕方ないですね。」
「ご、拷問されても私は答えんぞ!」
「そんなことはしません、ご安心を。では、外交官どうぞ。」
今度はニホンの外交官が、話し出す。
「あなた方は、あなた方の船と共に、一旦日本に連れて帰ることになります。そこで全員事情聴取を受けてもらい、その後は帰国していただいて結構です。」
「か、帰れるのか?」
「はい、大体3日くらいで事情聴取は終わるでしょう。その間、仮設で申し訳ありませんが、施設に軟禁状態になり退屈するとは思いますが、ご了承ください。」
「そんなに早く……。ただ帰ると言っても、帝国は我々の身代金を払うだろうか……。」
帝国は我々などに身代金を出すだろうか、不安になる。すると、外交官は笑顔で話し出す。
「身代金の請求はしません。準備が整い次第、そのまま帰国していただいて大丈夫です。」
「身代金なし?!いいのか、それで!」
「はい、問題ありません。」
いったいどういうことだ。勝者の利をいらないというのか。ニホンは我々とは何かが全く異なる。その何かが、得体の知れない何かが、恐ろしく感じてしまう。
数時間後、日本の港に到着した。当初、ニホンの港を占領してここに入港することを想像していた私だったが、こういう形での入港となるとは、何とも皮肉なものだ。
我々は、テントのようなものでできたところに連れていかれた。テントとはいっても私が知っているものとは異なり、しっかりしたもので、かなり広かった。
中には、ベッドもあり広いテーブルと椅子もあった。我々が使うような施設が、周りにいくつも見られたのだが、なぜかそこは無人のようだった。
そしてそこには風呂もあった。大人数が入れる大きな浴場のような物だったが、風呂など入ったことがない者がほとんどで、全員が入ることを望んだ。
風呂に満足した後、何よりも驚いた物が我々を待ち受けていた。食事だった。充実していて、とても美味しかったのだ。パンなどは柔らかく、こんなパン食べた事がないと言って、涙ぐむ者もいた。
捕虜に対してこんな好待遇は、想像をはるかに超えたものだった。疲れと充実した施設による安堵からか、その晩は全員が気を失うように、早々と眠ってしまった。
次の日から、事情聴取が始まった。乗組員は順番に別施設に連れていかれた。
私も、再度別の場所に呼ばれた。そこで私は、ニホン側から彼らの軍艦について説明を受けることになった。私は帝国の軍事関係に関して何一つ答えていないのにも関わらずだ。
そこで私が見たものは、黒い板に映し出された、本物そっくりな動く絵だ。これはいったいなんだ?確かにこの動く絵はニホンのあの軍艦だ。
その動く絵と共に、説明が始まった。すべてが驚愕の内容だった。
ニホンの軍艦は、すべてが風の力を使わず自走できるらしい。だから帆が必要ないのだ。いったいどのような仕組みなのか、詳しい説明は無かった。
魔道具か?こんな魔道具が、すべての軍艦についているのか?私は、ニホンの軍艦の数について思わず聞いてしまった。答えてはくれなかったが。
そして、帝国特務艦隊を壊滅させた、武器についても説明を受けた。それは大砲というらしい。
軍艦の艦首部甲板についている箱のようなものから突き出た筒から、砲弾というものが射出され、それが標的に触れた途端に爆ぜると言った武器らしい。
それでこの大砲の有効射程距離なのだが、なんと15000メートルあるという。私は一瞬気を失いそうになる。
これをすべてのニホンの軍艦が装備しているのか?先の海戦で6隻が確認できたが、あれが全てか?いや、まだあるだろう。あと10隻か?20隻か?このような恐ろしい魔道具の塊が何隻存在するのだ?
これに対抗するには、どうすれば良い。大艦隊での力押しか。いったい何隻必要になるのだ。1000、いや5000か?無理だ。そんな大量な船を揃えるのは不可能だ。陸上での状況も同じようなものだろう。帝国はニホンにかなわない。
私は思考を完全に停止した。
打ちのめされた私が施設に戻ると、そこには5、6人の見慣れぬ者がいた。どうやら壊滅した艦隊から救出された乗組員らしい。誰もが手、足、頭に包帯を巻いていた。
そのうちの1人は、司令官が乗る旗艦にいた者だった。彼は艦隊が壊滅したのは、海底火山によるものだと話していた。司令官がそう発言しているのを聞いたと言っている。
ばかな!あれは、ニホンの攻撃によるものだ。つい先ほど、説明を受けてきたばかりだ。
確かに大規模な海底火山などで、29隻もの艦隊が壊滅する可能性はある。海底火山は、予兆がある場合もあるが、突然あのような水柱が上がるようなこともあるのだが。
彼の話を聞いていた者たちは、納得したようにうなずいていた。そうなのだ。帝国軍は最強で負け知らずということが、彼らの常識なのだ。だから彼らにとって、この艦隊壊滅は事故でなければならない。
私は結局、ニホンの攻撃によるものだということは、あえて発言しなかった。この小さな集団の中で、異なる意見で内部対立することが危険であることはわかっていたからだ。
私は、その後も何度か日本の軍事に関する説明を受けた。陸上にも馬の力を借りず自走する乗り物があり、それにも大砲が装備されていること、空を飛ぶ乗り物もあり攻撃する能力があること、そしてこれらはほんの一部の開示でしかないことなど。
想像を絶する説明ばかりで、私は思考感覚を麻痺させていたのだろうか、全て実在することなのだと納得してしまっていた。
そして3日が経ち、明日我々は帰国することになった。
私はこの3日間悩んでいたことがある。帰国する我々の中で最上位は私だ。帝国艦隊はたとえ事故で壊滅したということになっても、その責任を誰かが取らなければならない。その責任を取るのは間違いなく私だ。1個艦隊の壊滅だ。一生監獄の中か、場合によっては死刑かもしれない。
帝国軍人として責任を取るようなことになれば、それなりの覚悟はあるつもりだった。だが、このニホンという国にかかわることで、この国をもっと見て見たい気持ちも日に日に高まってもいた。
そんな私の顔色を窺ってか、ニホンの外交官が話しかけてきた。
「レーダ艦長、どうかされましたか?」
「いや、何でもない。」
「そうですか。実はレーダ艦長に折り入ってお話があるのですが。」
その話というのは、帝国のニホン侵攻を思い留まり、平和的解決を上層部に進言してほしいとのことだった。さらには現在王国、北方4か国に侵攻している帝国軍の無条件撤退を要求する親書を渡してほしいとのことだった。
そうか、そのために軍事力を私に教えたのだな。だがそのような大役、私には荷が重すぎる。
「ちょっと待ってくれ!私は艦長ではあるが、それは補助艦の調査艦だ。爵位は一代限りの準男爵でしかないのだ。帝国は私の言うことなど歯牙にもかけないだろう。今まで見せてもらったニホンの軍事力を話しても信用してもらえない。それどころか敗北主義者として処刑されてしまう。だからそのような大役は私には無理だ。」
「そうですか。残念ですがこの件は、諦めざるを得ないようですね。」
「ただ、その件がなくとも私は処分されるだろう。艦隊が壊滅しているのだからな……。」
「そうなのですか。私たちに何かできることはありますか?」
「えっ?」
ニホンは、私を、敵の人間を心配してくれるのか?なんて国だ。帝国とは全く違う、根本的な考え方が全然違うんだ。底知れぬ国ニホン。よし、決めた。帝国軍人として責任を取る覚悟はあるつもりだったが、やっぱり死ぬのはごめんだ。私はここに残るぞ。どうせ中年で未婚の身、両親ももう他界している。国で困る者など、めったに帰らない邸宅の使用人くらいだ。
「なあ、私はニホンに亡命を希望する、と言ったら受け入れてもらえるだろうか?」
外交官は一瞬目を大きく見開いたが、すぐ笑顔になり答える。
「はい、問題ありませんよ。あなたにとっても、そうされるのが一番良いかと思います。至急本省に連絡します。」
斯くして、帝国軍ヒータ号艦長のレーダは、日本に亡命することになった。




