第27話 拿捕
時間は少し遡る。
ヒータ号は風魔法の影響は受けず、帝国特務艦隊より少し離れた位置で、艦隊を追うように航行していた。
艦隊の単横陣は、勇ましいものであった。同じ帝国艦隊に所属しているレーダは、この光景を誇らしく見ていた。
「見事なものだ。ニホン艦は1隻ずつ、艦隊により沈められるか、拿捕されるだろう。できれば拿捕してあの帆のない船を詳しく調べてみたいものだな。」
レーダはひとり呟く。と、その時、突然艦隊の前に6本の水柱が立ち昇り、轟音が襲ってくる。
なっ、何だあれは?!まさか敵の攻撃?いや、そんなことはあり得ない。距離がありすぎる。じゃあ何なのだ、あれは。
レーダは正体不明の水柱が、何かとてつもなく恐ろしいものに感じていた。
すると艦隊が、先ほどの水柱が発生した地点を避けるような航路を取ったのを確認した。
「艦隊の後を追うように、こちらも進路変更!」
つい先ほど、ニホン艦の拿捕を思い浮かべていたレーダだが、水柱を見て以降、ずっと嫌な予感が続いていた。
艦隊は迂回したおかげで、艦同士が少し距離を詰めた。艦隊の練度は高く、衝突などは起こらない。
そして、その時はついに訪れる。そう、艦隊が爆ぜたのである。
実際に爆ぜた6隻の艦はすべて海の中に消え、それ以外の艦のマストはすべて折れていた。火災を起こす艦もあり、沈んでいくのは時間の問題だ。
レーダは膝をつき、その光景を涙を流しながら呆然と見ていた。他の乗組員もすべて同じ様子だ。
彼らの世界観が、ほんのわずかな時間で音もなく崩れ落ちていった。
そしてレーダは、無意識に言葉を発する。
「神よ……。」
帝国艦隊は後方の1艦を残し、全ての艦を無力化したとの報告を受けて、あらかじめ稚内空港に待機させていた厚生労働省の検疫官・医師を乗せたSH-60K 6機が、各艦に向かう。
「きりしま」の戦隊司令は、他の5艦に十分な警戒させた上で生存者救助を命じ、自らは後方の残った帝国艦に向う。
途中、帝国艦隊に近づいた時、あらためて被害の惨状を目のあたりにした戦隊司令は、息をのんだ。
こっ、これは酷い。
これが自分たちの行った行為によって生み出された結果だということを、実際に目の当たりにした時、手は震え背中に冷たい汗が流れるのがわかった。
自衛隊内では、この世界の海戦の艦隊の戦術は、単横陣を組んでくるということを予想していた。
そこで1隻が放つ1発の砲弾で、帝国艦5隻を受け持つような統制射撃を計画した。
これにより、射撃の目標となる艦は撃沈、両隣の艦は甚大な被害、その隣の艦は航行不能にできると判断した。その中で航行不能艦には、ある程度の生存者がいると予想していた。
ところが、そうはならなかった。
1つの原因は、帝国艦隊の練度が良かったことだ。警告射撃の地点を回避する艦隊行動が、大きな回避運動にならないよう艦同士の距離を詰めてしまった。
自衛隊側も、この艦隊の状況はわかっていたが、誰も統制射撃の見直しを言い出す者はいなかった。
一見冷静に見えた全員が、実は興奮状態だったのだ。戦後初の防衛出動で、誰もが日本を守るという気質がそうさせてしまっていた。
そしてもう1つの原因、これは後でわかることだが、帝国艦のコーティングだった。
元の世界の帆船のコーティングは、様々なものがあったが(タール等)、どれも船体に補強を施すもの、または水から守るものであった。
だが、この世界は魔法によって、それを行っている。そしてこの魔法によるコーティングは、物理的な衝撃に弱かった。
この2つの原因により、帝国艦隊に与えた損害は、予想を越えるものとなってしまった。
放心状態のレーダの目に、接近してくるニホン艦が映る。
しばらくそれを見ていたが、はっと我に返る。
やられる!この艦も跡形もなくなる!どうすれば!
彼は咄嗟に思ったことを大声で命令する。
「帆を下ろせ!早く!!」
今だ放心状態の乗組員は言われるがまま、慌ててそれに従う。
船の速さでは到底かなわない。頼む、わかってくれ!
「きりしま」のCIC(戦闘指揮所)に、ブリッジから逐次報告が入る。
「艦橋よりCIC。帝国艦、帆を下ろし、その場に停泊。戦意なしと認められます。」
「そうか、どうやらこの帝国艦には話の出来る者がいるようだな。艦長、拿捕の準備を。」
報告を受けた戦隊司令は、艦長に拿捕の指示を出す。
「了解。砲雷長!帝国艦に対し、これより近接監視に移行する。至近距離での防御・警戒体制をとれ!」
今度は艦長からの命令に砲雷長が指示を出す。
「了解。砲雷科、各員に伝える。CIWS水上モード! M2重機関銃、両舷銃座へ展開。臨検・立入検査部署、用意!」
「きりしま」艦内では、ヒータ号拿捕のための準備が慌ただしく進んでいく。
レーダは迫るニホンの船に、目が釘付けになる。口はずっと開きっぱなしだ。
大きい……。こんな大きな船を見たのは、生まれて初めてだ。そもそもこれが船?帝国のどの船とも、似ても似つかない。
1キロくらいのところで、すでに気がついてはいたが、認めることはできなかった。だが200メートルくらいまで同航で近づいてきて、もうはっきりと分かった。
あの船は木ではなく、鉄でできていると。
理論上は、鉄製の船も浮くことができることは知ってはいたが、それを実際製造することは、今の帝国の技術では到底不可能だ。
ニホンの技術は、我々帝国よりはるか先を行っていることになる。となると、やはり艦隊を全滅させたのは、ニホンの何らかの兵器によるものの可能性が高い。
レーダは、近づいてくるニホンの船に、恐る恐るではあるが、大きく手を振る。
すると。ニホンの船から例の大きな声が、発せられた。
「こちらは、日本国海上自衛隊護衛艦「きりしま」である。貴船らの侵略行為は完全に阻止された。現在、本海域は我が方の管理下に置かれている。」
2度目ではあるが、腰を抜かしそうになる。
「これより我が方の立入検査隊が、貴船の拿捕および安全確認のため臨検に赴く。すべての乗組員は武器を捨て、上部甲板に集まり、手を頭の上に置き待機せよ。一切の抵抗は許されない。」
どうやら、向こうからこちらに来るようだ。
「もし不審な動き、または我が方への敵対行動が認められた場合、ただちに自衛のための火力を全力で行使し、貴船を完全に無力化する。繰り返す、武器を捨て、甲板に集まれ。」
我々は言われた通り、手を頭に乗せ、全員が上部甲板に出た。
しばらくすると、真っ黒い服を着て、顔にマスクをつけた者たちが、小舟で乗り付け、ヒータ号に乗り込んでくる。
構えている筒のような物は、武器なのだろうか。一旦命は救われたようだが、生きた心地はしない。これからどうなるのだろうか。
「きりしま」の立入検査隊は、ヒータ号に乗り込んで瞬く間に制圧した。
甲板には25人の乗組員がいたが、全員怯えているようで、抵抗する気配は全く感じられない。
立入検査隊の隊長は、隊員たちが艦内を調べ終わるのを待つ間、乗組員に向かって口を開く。
「私はこの部隊の責任者です。艦長はいますか?」
怯えた様子でレーダが一歩前に出る。
「わ、私が艦長だ。」
「お名前は?」
「レーダだ。」
「では、レーダ艦長。乗組員はこれで全員ですか?」
「あぁ、全員だ。」
「怪我をされている方や、体調の悪い方はいませんか?」
「けが人も体調の悪い者もいない。」
「そうですか。それでは食料と水は必要ですか?」
「何?!今、水と言ったか?それは飲める水の事か?」
「はい。」
レーダは、驚いた表情で聞き返す。
「我々に与えてくれると言うのか?」
「はい、必要とあれば手配します。」
「水を頼む!」
レーダは即答した。
レーダは、先ほどの話で思わず水を要求したが、期待はしていなかった。
この洋上で、飲める水がいかに貴重であるか、それを敵である我々に提供するなど、ありえないと。
しばらくすると、医師と思われる者がヒータ号に乗り込んできた。それと茶色い箱もいくつか持ち込まれた。
その箱を、我々の前に運び、先ほどの責任者と名乗る人物が箱を開いた。この箱は何でできているのだろうか。
そしてその箱から取り出された透明の容器のふたを開け、中身をごくごくと飲みだした。
「水です、どうぞ。」
彼は箱からもう一つ容器を取り出し、差し出す。
レーダはそれを受け取り、見よう見まねでふたを開けると、簡単に開いた。この容器も何でできているのかわからなかった。
じっと容器を見つめるレーダだったが、思い切ってそれを飲んでみる。
「!」
レーダは振り返り叫ぶ。
「水だ!!」
乗組員全員が箱の周りに集まり、容器を取り出して同じようにして水を飲み始めた。
「なんてことだ。本当に水だ。それにうまい。今まで飲んだどんな水よりもうまい。」
レーダは、感動の言葉を口にしていた。
そして、水をむさぼるように飲んでいる乗組員たちを見て、これは捕虜になったというより、救助されたみたいだなとレーダは思うのであった。
そこにニホンの責任者らしい男が、レーダーに話しかける。
「レーダ艦長、一息つきましたら、大変申し訳ございませんが、皆さんを拘束させていただきます。あとあなたは、私たちの船に移動してもらいます。」
「私は、処刑されるのか……。」
「いえ、そのようなことはしません。戦隊司令および外交官と対話の席についていただくためです。あなたと、他の乗組員の安全は保障します。ご安心ください。」
「わかった。ところで、1つ聞きたいことがある。我が帝国艦隊が爆ぜたのは、あなた方の攻撃によるものなのか?」
「はい。我が国の防衛体制に基づき、警告に従わなかった貴国艦隊に対して、法に則った『専守防衛の火力行使』を行いました。」
レーダは今の言葉を聞き、先ほど水を飲んだばかりだというのに、口は乾き喉がからからになってしまた。




