第23話 小さな前進
ボアザック王国スバンドール公国遠征軍総司令官ダンカン・ウォレス伯爵は、7000人弱の軍を率いてリシャール辺境伯領へ行軍中であった。
ただその様子は、スバンドール公国に侵攻を開始したころの面影は全くなかった。
遠征軍による侵攻は、当初は順調だった。1か月もすれば、スバンドール公国を王国の手中に収めることができると思われていた。
ところが、帝国軍の北方4か国への侵攻により、急遽王都へ呼び戻されることになった。
公国軍の追撃は、激しいものではなかったが、それでも後方を気にしながらの撤退は、必要以上に時間がかかった。
そしてようやく王国内まで、撤退したところに、王都からの使者の命令を受ける。リシャール辺境伯領に向かい、国王の指示に従えと。
ウォレス家は軍人気質が強く、代々総司令官などを任せられる家であり、ダンカンもその例外ではなく、染み付いた血統の気質を色濃く宿していた。
王国南部での演習、次にスバンドール公国への侵攻、急遽の撤退、そしてリシャール領へ、すべての命令に忠実に従い遠征軍を動かしてきた。
しかし食料が底をつき始め、士気が著しく低下したこの状況下で、軍を命令どおりに動かすことに不安を感じていた。
「いったい上は、何がしたいのだ。このままでは脱走兵が出る。いやもう出ているかもしれん。」
そんな独り言をつぶやいていた時、先頭を行軍する部隊から伝令の報告を副官が告げる。
「ウォレス総司令官閣下、先頭の部隊より報告を受けました。前方にクリスティーナ王女殿下の御姿を確認したとのことです。王女殿下は、ウォレス閣下に面会を求めておられます。」
「何?!このような場所に、前触れもなく殿下が見えられただと?!本物か?」
「はい。ただおかしな格好をなさっていて、馬なしの馬車にお乗りになってきたとのことです。ですが確かに王女殿下であったと。」
副官も不思議な内容で戸惑っているが、報告をそのまま告げた。
「何だそれは。まあこのような状況だ。何か特別な事情がおありなのだろう。」
ダンカンは少し考えた後、命令を出す。
「全軍、行軍を停止。ただちに天幕を張り、殿下をお迎えするに相応しい礼装を整えよ。」
「はい。畏まりました。」
副官は次々と命令を出し、クリスティーナを迎える準備をする。
ダンカンは今王国に何が起こっているのか、混乱する気持ちの中でクリスティーナを迎えようとしていた。
私は、ウォレス伯爵の待つ天幕に、八月一日殿と梢を従えて入って行く。
私を確認した彼は、少しの間私を見たが、すぐに膝まずき、他の者もそれに従う。
この服装に驚いたようだが、私だとわかってくれたようだな。
「拝謁いたします、クリスティーナ王女殿下。遠征軍総司令官ウォレスにございます。このようなところまでよくぞおいでいただいて--」
「ウォレス伯爵、挨拶はいい。早速話を始めよう。座ってくれ。」
私は天幕に用意された席の上座に座り、後ろには八月一日殿たちが立っている。ウォレスたちもそれに従い席に着く。
「そちらの方たちは?」
ウォレス伯爵が、八月一日殿たちを見て問う。
「この者たちは日本国の軍人で、八月一日殿と弓原殿だ。」
「ニホン国の軍人?そのような者たちがなぜ?」
私は、八月一日殿たちの説明を兼ね、王都が無血開城する前までの経緯を、ゆっくりと語り始めた。
彼らは、目を大きく見開いて驚いたようにこちらを見ている。ウォレス伯爵が口を開く。
「帝国はどこまで進軍したのですか?王都はどうなりましたか!」
私はその答えに詰まり、うつむく。兄さま……。
「王都は……、無血開城した。ただ王都の民と王都そのものは無事だ。ミハイル兄上の命と引き換えに……。」
そして、王都の民と王都の無事と引き換えに、兄さま自身を差し出したことを説明した。そして、王都にいた首脳部とその一族とともに処刑されてしまったことも……。
私は、兄さまが今回起こしてしまったことに、何故という思いと共に怒りを覚えた。だが、最後は王族らしく、王都の民と王都を守った。
この報を聞いた時、小さなころに兄さまと過ごした日々を思い出した。それは決して嫌なものではなかった。いやむしろ楽しかったことが多かったのだ。
涙が枯れるまで泣いた。だが、いつまでも泣いてはいられない。私は、兄さまが守った民と都を取り戻すと固く決意した。
これまでの話を聞いた、ウォレス伯爵がひとりつぶやく。
「それにしても、ここまで帝国にいいようにやられるとは。理解できない……。」
その顔には、軍人としての深い悔恨が滲んでいた。
「どうやら、ミュラー宰相が関与しているようだ。」
「ミュラー宰相?!まさか帝国に寝返ったということですか!!」
私は、今まで判明していることを説明する。とはいっても、すべて日本からもたらされた情報なのだが。
日本臨時領事館がまだ王都から脱出する前、日本は諜報員により、本来王国の中枢にいるミュラー宰相を近衛が探している動きをつかんでいた。
さらに、いまだ王都に潜んでいる諜報員から、王都に入場した帝国の皇子の側にいるミュラー宰相の確認もしているといった内容だ。
「なんてことだ……。宰相が裏切るなんて。一体なんでそんなことに……。」
「そのことに関してはまだ調査中だ。ところで伯爵、あなたの軍は補給は十分か?」
「いえ、食料は底をついてきております。兵の疲れも、ひどいものです。」
そう言ったウォレス伯爵自身にも疲れが見える。まあ、わかっていたことではあるが。
「そうか。実はこの先2キロほど行ったところに、補給拠点を設けてある。そこで休息と補給をしてリシャール領に向かってくれ。」
「休息と補給ですか。」
「あぁ、そうだ。私たち王国に残ったまとまった兵力は、伯爵の軍しかないのだ。十分な休息と補給の後、リシャール辺境伯軍と合流してほしい。そして装備を整えた後、反撃に出る。」
「しかし、帝国の兵力に比べれば、我が軍はかなり少ないのでは?それで反撃できますでしょうか?」
「大丈夫だ。私に考えがある。信じてついてきてほしい。」
「わかりました、クリスティーナ王女殿下。王都を取り戻しましょう!」
とは言ったものの、私の心は不安でいっぱいだ。だがもう決めたのだ。
私は、後ろの2人を見た。そう、この2人とその国。不安は自然と薄らいでいった。
24、25話も短いので、来週の投稿も火曜日と金曜日の2回行います。
よろしくお願いいたします。




