第22話 帝国の誤算
ボアザック王国王城、謁見の間、ここにはもうボアザック王国の人間はいない。
玉座には、イルー帝国第1皇子エーリッヒが座り、その脇には帝国軍首脳が並んでいる。
王都を無血開城させた帝国軍だが、浮かれた様子は一切なく、謁見の間は冷たい空気に包まれていた。
その謁見の間で一通り報告を聞き終えたエーリッヒだが、凍てつくような無表情で、沈黙している。
この状況で、声を上げる勇気のある者など、誰一人いない。
気まずい沈黙が続く中、ついにエーリッヒが口を開く。
「ミュラー卿、めずらしく貴殿の予想は大きく外れたな。王都を手に入れることにより、国王とその一家を一挙に捕らえることができると言ってたか。」
その声は静かだったが、謁見の間の空気をさらに冷たくした。
「はい……、確かに……。国王と王妃はすでに捕らえておりました。ミハイル以外の王子王女はその後、捕らわれるか死亡しているものと予想しました。」
ミュラーは震えそうになる声を、何とか抑えて答えた。
「ところが、王都にいたのはミハイルただ一人だ。国王と王妃は牢城を何者かの手引きによって脱走、他の王子王女たちは……なんという国だったか、その国に保護されているらしい。」
「ニホンという国です。」
「そうだ。そのニホンだ。王都にはそのニホンの臨時領事館なるものがあったそうだが、そこはすでに誰もいないし見つかってもいない。王都の各門は閉ざされていたにも関わらずだ。」
「はい……。」
「それと興味深いことに、ニホンの臨時領事館員がいなくなったのと国王たちが脱走したのは同じタイミングで、どちらでもバタバタという音が確認されている。」
「はい、国王たちの脱走は、ニホンが関与していると考えます。」
ミュラーはニホンという国の名前だけは知っていた。ただ、認識としては南にある島国で、取るに足らない蛮族であった。そんな国が、あの牢城から国王たちを救出したなど、予測できるわけがない。
いったいどうなっているのかというのが、ミュラーの思いだった。
「そういうことになるな。誰か、ニホンのことを知っている者は居るか?」
エーリッヒは帝国首脳陣へ向けて問う。
そこに南海艦隊司令官が一歩前へ出る。南海艦隊は元々は30隻ほどの小艦隊であるが、今は有事なので商船などを徴収して50隻ほどになっている。
今回のボアザック王国侵攻には、王国南東部の港を、大きな被害もなく次々と占領していた。その際、王国の船も数隻拿捕している。
そんな南海艦隊司令官は、先日調査船ヒータ号から、ニホンの存在の報告を受けていた。
発言を許された彼は、エーリッヒにヒータ号からもたらされた報告をそのまま告げた。
それを聞いたエーリッヒは、しばし考える。
ニホンの港を1つ占領して圧力をかけ、王族たちの引き渡しを要求するというのは、良い手かもしれん。
意を決し、南海艦隊司令官に命令を発す。
「南海艦隊は王国領の港への占領作戦を一旦中止。目標をニホンの港への占領作戦に変更しろ。辺境の蛮族には十分すぎる戦力だろう。」
「はい!」
南海艦隊司令官は、新たな作戦に目を輝かせる。小規模な南海艦隊にとって、この戦争への貢献に願ってもない機会だ。
「北海艦隊の状況はどうなっている?」
今度は北海艦隊司令官が報告する。
「北海艦隊も北側の王国領港の占領作戦は順調です。クロスシー連邦以東の港は、ほぼ占領しております。王国艦隊は分散していたため各個撃破に成功、拿捕した船も少なくありません。クロスシー連邦は属国の最後通牒を全面的に受け入れたため、西大陸北の海は我が帝国の海となりました。」
「スバンドール公国に侵攻した、王国艦隊はどうなっておる?」
「王国西部の港に60隻ほどが待機中、上陸した兵はスバンドール公国から北東に撤退中であり艦隊と合流を図っています。ですが王国内の混乱により、補給が滞っているため、当分は脅威にはなりません。」
「よし、至急北海艦隊の50隻程度を南海艦隊へ回せ。ニホンの港占領後、クロスシー連邦と同様に属国の最後通牒を出すのだ。拒否した場合は、回した北海艦隊でニホンに引導を渡す。」
「了解しました!」
北海艦隊司令官は50隻の軍艦を引き抜かれることを、内心は良しとしなかったが、王国艦隊の隻数はそれなりだが小さな船が多く、戦力的には残った戦力でも十分上回っていたことで納得した。
一方、エーリッヒは、辺境のニホンに保護を求めるなど、王国も終わりだなと確信する。そして、ついでにニホンも手に入れることで、帝国はさらに領土を広げることができると、ほくそ笑む。
この決定によりついに、イルー帝国と日本との軍事的接触は、避けられないものとなってゆく。




