第20話 脚気
後書きを記載しました。できればご一読、お願いします。(2006/8/12 13:48)
国王たちが脱走した報告の次の日、ボアザック王国の王都王城の謁見の間。
首席秘書官のマルコ・ボルジアが、ミハイルに日本からの書簡の報告を行おうとしていた。
「殿下、重大な報告がございます。昨日王城にニホン国からの書簡が届きました。」
「ん、なんだ?ようやく援軍を送るということか?今更だな。それが重大なのか?」
ミハイルは、大した興味も持たず、マルコに問い質す。
「いえ、援軍は来ません。」
ミハイルは少しだけ、眉間にしわを寄せる。
「それどころか──」
マルコは一呼吸置く。
「ニホン国は、反乱を起こしたミハイル殿下を正当なボアザック王国の最高指導者とは認めず、代わりにボアザック王国国王から剣を授かったクリスティーナ殿下を、臨時の最高指導者とみなすということでした。すでにクリスティーナ殿下、アレクサンドロス殿下、エカチェリーナ殿下3名をニホン国は保護した様です。」
「何!」
ミハイルは、椅子から立ち上がり怒鳴る。
「すぐに、ニホンの領事館に向かえ!ティナたちを捕らえてこい!ニホンの領事館員もだ!蛮族め、舐めたまねを。」
マルコは冷静に答える。
「すでに近衛を向かわせましたが、領事館の中には誰もいなかったとのことです。」
「どういうことだ?王都内に潜伏しているということか?ならば王都内を急いで捜索させろ!」
マルコは少し黙った後、ためらいながら報告を続ける。
「……実は昨晩、ニホン国領事館近くで、バタバタという大きな音を聞いた者が複数います。ただ夜で治安の問題もありましたため、誰も外を確認しておらず目撃情報はありません。」
「何だと?まさか……。」
マルコは、ミハイルが何を察したかわかってはいたが、そのことは口には出さなかった。
「引き続き王都の捜索を行います。報告は以上です。」
放心したミハイルに礼をして、マルコは謁見の間を後にする。
先日まで取るに足らない小国だと思っていた日本が、急にクローズアップされたことに戸惑いを隠せない。
「ニホン国だと?」
次から次へと問題は発生するが、何一つ解決していかないことに頭を抱えるミハイルに、決定的な報告が届くのは間もなくである。
王都から脱出した、ボアザック王国国王と王妃は、同じく臨時領事館から脱出に成功した領事館員と八月一日と共にボンバルディア Global 6000に乗り「アントン」基地から「ブルーノ」基地に到着した。
そこにはクリスティーナ、リシャール、そして日本から駆け付けたアレクサンドロス、エカチェリーナが国王たちを出迎えた。
「「父上!母上!」」
私の後ろから駆け出すサーシャとカーチャ。
義母上が膝をつき2人を抱きしめる。それを優しい顔で見つめる父上。
私も弟たちに続いて、父上と義母上に駆け寄った。
「国王陛下、王妃陛下、ご無事で何よりです。本当に良かった……。」
「ティナ。弟たちをよく無事に守ったな。それと私たちも。心から感謝する。よくやった。」
涙ぐむ私に熱い目を向けた父上から、最大の感謝の言葉をいただいた。
「ティナ、ありがとう。」
義母上は立ち上がり、今度は私を抱きしめる。それに応えた私は抱擁の後、ふと思い出した。
「ところで、王妃陛下。お体の具合はいかかですか。」
突然、義母上の笑顔が引きつる。
「えっ、えぇ、大丈夫よ。」
「?」
義母上の様子が変わったのを不思議に思い、父上の方を向いた。それに答えるように父上は話し出す。
「ニホンの医師の診断では、どうやら「カッケ」という病気だったらしい。」
「「カッケ」ですか。だったらしいとは、もう直っているのですか?それはいったいどういう病気なのでしょう?」
「まあ、症状はティナも知っている症状だ。原因なんだが、どうやら──」
「陛下!!」
突然、義母上が父上の言葉を遮ろうとした。
「王妃よ。これは子供たちもそうならないよう話すことが必要だと思わんか?それに放っておけば、命にも関わると聞いた。」
父上の言葉に、義母上はシュンとして、小さな声で返事をする。
「はい……。」
「で、原因なのだが、ケーキやお菓子が食べたいばかりに、普通の食事はパンと水ばかりに抑えていた結果だそうだ。それで体に必要な……なっといったかな?まあそれが欠乏して起こる病気らしい。」
「だって、甘いものは太るでしょ。だから普段の食事を減らしていただけなのよ。」
義母上は真っ赤な顔で、うつむきながら何かぼそぼそと言っている。
「「母上!!」」
アレクサンドロスとエカチェリーナは、「めっ」っという目つきで義母上を見る。
「ごめんなさい……。」
それにしても、今はあまり具合が悪そうに見えない。
「今は大丈夫なのですか?」
私の質問に父上が答える。
「幽閉中の食事で、回復してきているようなのだ。」
「はあ……?」
私は、思わず呆れたような声を出してしまう。皮肉なことに1か月以上の幽閉中の食事のおかげで、病気が回復してきているようなのだ。
私は、悪い笑みを浮かべる。
「王妃陛下におきましては、もう少し囚われていた方が良かったようですね。」
「ティナーーー。」
義母上は泣きそうな顔で私の名前を口にするのであった。
そんな様子を、やさしい目で見ている八月一日殿が、私の視界に移る。私はなぜかよくわからないが胸が熱くなり、少しドキドキした。そして彼の方に歩いてゆく。
「八月一日殿、今回の国王陛下と王妃陛下の救出にも協力していただいて、感謝している。ありがとう。」
私は、八月一日殿に頭を下げる。
「クリスティーナ殿下、お顔をお上げください。自分はただ、救出の準備と陛下たちのお迎えに行った程度ですので。感謝の言葉は、実際に現場で救出にあたったNWSのメンバーにあげてください。きっと喜ぶはずです。」
「あぁ、そうすることにしよう。」
「それから、救出には自分は関われないことになっておりますので、どうかご内密にお願いします。」
「理解している。それにしてもいろいろ面倒だな、日本は。」
「そうですね。でもそれが日本なのです。」
国王の王都からリシャール領への脱出に伴い、リシャール領都が臨時の王都に宣言される。
これに加え、国王はいままでの融和政策の誤りを認め、まだ帝国から侵攻を受けていない南部の貴族たちに檄を飛ばし、兵の招集を宣言した。
これが、ボアザック王国のイルー帝国に対する抵抗への第1歩となる。
そして国王は、王国軍最高司令官にクリスティーナを任命することを決意していた。
【作者より:今回のお話と、脚気に関する補足と感謝】
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
今回のお話で、監禁された王妃陛下が「甘いものの食べすぎで脚気になり、監禁中の食事でいつの間にか治っていた」というエピソードをお届けしました。
ここで、非常に鋭い知識をお持ちの読者様から、大変ありがたいご指摘をいただきました。
現実の歴史において「麦」は、実の形状から胚芽やふすま(ビタミンB1が含まれる部分)を除去して綺麗な白い粉(小麦粉など)に製粉するのが非常に難しく、主食が麦の地域では脚気になりにくかったという事実があります。
完全に私の勉強不足で、現実の歴史や製粉技術の描写において、不自然な点を作ってしまいました。
ご指摘くださった読者様、本当にありがとうございました!
そして、誤解を招く表現となってしまい申し訳ありません。
ただ、今回のお話のテンポや「監禁中にいつの間にか健康になっていた」という展開を当初より考えておりまして、伏線みたいなものも用意しておりました。
硬い内容が続くところで少し緩んだ話を挟みたかった思惑があり、他のエピソードも思いつかず、そのままにしてあります。
大変恐縮ですが、本作では以下のような「異世界ならではの都合の良い理由」として脳内補完していただけますと幸いです。
・異世界の製粉技術(言い訳):
この王国では、風魔法や専用の魔道具を用いた「魔法製粉」が発達しており、現実の歴史よりもはるかに早い段階で、胚芽を完璧に取り除いた「真っ白な超高級小麦粉」が作られていた(あるいは、お菓子の主成分が小麦ではなく、100%デンプン質の真っ白な魔力植物の粉だった)。
そのため、王女殿下はビタミンB1が完全にゼロの甘味ばかりを摂取してしまい、脚気になってしまった……ということにしておいてください……。
現実の脚気についての注意点
作中ではコミカルに描いてしまいましたが、現実の「脚気(ビタミンB1欠乏症)」は、悪化すると心不全(衝心脚気)などを引き起こし、命に関わる非常に恐ろしい病気です。
現代でも、インスタント食品や清涼飲料水、甘いお菓子ばかりを摂取して、まともな食事を摂らない偏った食生活を続けると、脚気(またはそれに近い症状)になるリスクがあります。
読者の皆様におかれましては、王妃陛下のように甘いものばかりに偏らず、ぜひビタミンB1(豚肉や大麦、玄米など)の入った美味しいご飯をしっかり食べて、健康にお過ごしください。
至らない点もありますが、今後とも本作を温かく見守っていただけると嬉しいです。




