第19話 調査船ヒータ号
一部修正しました。(8月8日)
ウーグモン渓谷の戦いの始まる数日前、イルー帝国軍調査船ヒータ号は、日本稚内沖合40キロの地点を南に向けて航行していた。
全長30メートル、全幅8メートル、積載量100トン、船齢は30年の老朽艦で、3本の三角マストを持った元の世界でいう、カラベル船のようなものだった。
ヒータ号はイルー帝国南海艦隊所属で、任務は「拒絶の海」の調査だった。
「拒絶の海」はイルー帝国やボアザック王国の南を流れる非常に速い海流のことで、この付近は風も弱かったため、船が南の沖合に出ることができなかった。
よって南海艦隊とは言うものの、所属船で大きな船はあまりなく、艦隊としては小規模で、ボアザック王国でも同じ様な状況であった。
ところが8年前、イルー帝国の南の沖合で、海流の速さがほとんどなくなり、風もある程度吹いている海域がヒータ号によって発見された。
11年前の調査では、この海域も速い海流と無風状態であったのだが、なぜこのように変わったのかは、わからなかった。
ヒータ号は以降、この海域の調査を重点的に行うことになった。
ただ艦隊への予算は、ほとんどが主力である北海艦隊に回され、少ない予算での調査は遅々として進まなかった。
沖合に出れる海域の調査を8年かけてようやくほぼ完了し、今回遠洋への航海となった。
「南海艦隊でこんな景色が見れるとはなぁ。」
帝国の港を出港して10日ほどが経ち、沿岸の海しか知らないヒータ号艦長のレーダは、陸が見えない早朝の海を見ながら毎日同じ独り言をつぶやいていた。
なんとか上官を説得し、物資と遠洋に出れるスタッフを調達した今回の航海は、感慨深いものがあった。
しかし、残念なことに物資の制限でそろそろ戻らなくてはならない。なにか新たな発見がないものかと、焦りもあった。
そんな時であった。
「12時方向距離15000、船らしきもの!」
「何?!、船だと!」
マスト上の見張り員から大声での報告に、レーダを含む乗組員全員が色めき立つ。
いったいどこの船だ?王国か?王国の船が「拒絶の海」を超えたところにいるのだろうか。それともどこか別の国の船か?近づくべきなのか?少し様子を見るべきか。
王国とは戦争中だ。気を付けなければならないが、どこの船なのかを確認するのも重要だ。
レーダは決断する。慎重に10000メートルまで近づいて、距離を保つよう指示した。
ヒータ号に発見された船は、稚内機船漁業協同組合に所属している160トンクラスの大型漁船だった。
転移してから10年、海域や海産物の調査は終了しており、組合は漁を再開していた。
ただし、この世界の船は木造船で民間のレーダーでは探知できないため、常に周囲の警戒は怠らないよう国から指導されていた。
その効果もあってか、日本側からもヒータ号は発見されていた。
漁船は直ちに操業を中止し、稚内機船漁業協同組合に国籍不明船を報告、さらにそこから第一管区海上保安本部に所属する稚内海上保安部へ連絡が入り、急遽、巡視船「りしり」が急行することとなった。
操業中止と言っても、沖合底びき網漁のため2時間近くかかり、いざとなったら網を放棄するしかない。
30分ほどして、ヒータ号は遭遇した船に約10000メートルまで近づくことができた。と同時にその船の向こうには、陸地らしきものも見えたとマストの見張り員から報告が入る。
陸地だ。陸地をついに発見したぞ。あれはそこの船か。これは大発見だ!
発見した船はヒータ号と大きさは同等だが、こちらに近づこうとはしていないようだった。というか、帆を張っていないので動いていないように見えた。
レーダは陸地発見の報告とその船を見て思う。
船の色が白い。それにこんな形の船は初めて見たぞ。これは王国の船ではない。帆を張っていないからすぐには動けまい。もう少し近づいてみるか。陸地もこの目で見たい。
少し様子を見ていたが、帆を張る気配を全く見せない。レーダはさらに近づくように指示を出す。
とその時、
「別の方向からこちらに接近してくる船が!2時方向!ものすごい速さです!!そっ、それに大きい!!」
陸地に気を取られていたため発見が遅れた見張り員から、あわてて報告が入る。
「まずい!取舵いっぱい!急げ!!」
Uターンをするヒータ号。巨大な白に青いラインの入った船が、接近してきたが2000メートルくらいの距離を保ち、それ以上近づいてはこなかった。
なんだあの船は。100メートルくらいあるぞ。それに帆も張っていないのになぜ動ける?速度も尋常じゃない。あれは本当に船なのか?
それにしても、攻撃してくるかと思いきや、まったくその気配はない。2000メートルの距離を維持し続けているだけだ。何か近づけない理由があるのだろうか?
少し落ち着いたレーダは、見張り員が見た陸地を、どうしてもこの目で確認したくなってきた。
監視はされているようだが、ただそれだけかもしれない。一か八かもう一度陸地の方に向かって見るか。こっちは一応帝国の船、下手に攻撃はしてこないだろう。
「もう一度、陸地に向かう。手の空いてるものは念のため武装しろ!再び取舵いっぱい!」
乾ききったレーダの口から発せられた命令に、全乗組員はぎょっとして彼の方を見るが、操舵手はしぶしぶ取舵に舵を切る。手の空いている者は、剣や弓を手に持った。そしてヒータ号が方向を変えだしたその瞬間、(西大陸語で)
「こちらは日本国海上保安庁です。あなた方の船は現在、日本国の領海内に接近しつつあります。我が国の法律に基づき、許可のない領海への侵入は認められません。直ちに進路を反転して我が国の水域から退去しなさい。繰り返します、直ちに進路を変え、退去しなさい。」
突然の海面を震わせるほどの大音量の警告が発せられ、乗組員すべてが腰を抜かす。
「もっ、戻せ!いや、面舵!直ちにここを離れろ!!」
レーダは何とか命令を発する。腰を抜かしている操舵手も舵にしがみつきながら、離脱を試みる。ヒータ号は慌てて、でも速度的にはゆっくり、この海域を離脱して帰国の途に就いた。
日本国総理官邸の会議室では、数時間前の国籍不明船と海上保安庁の巡視船と接触について話し合われていた。
まず国土交通大臣が数時間前に起こった事態の報告を行い、続いて統合幕僚長の小西が追加の報告を行っていた。
「海上保安庁からの報告を受け、海上自衛隊八戸航空基地からP-1を急遽発進させ、追跡調査を行った結果、国籍不明船はイルー帝国のものと判明しました。」
会議内がざわつく。
「確かボアザック王国と隣接するイルー帝国の南に位置する海は、「拒絶の海」と言われていて遠洋には出てこれないと聞いていたが。」
一人の大臣が発言する。
「はい。クリスティーナ殿下の話でも、そのような内容でした。しかし、現状はどうやら違っているようです。」
小西の発言に、再び会議内がざわつく。そして再び話し出す。
「実は我々が付近の海域の調査を始めたころから、ボアザック王国の南海上からイルー帝国南海上のある地点まで、海流の流れを確認できていませんでした。これは私個人の推測ですが、我々がここに転移してきた事による影響ではないかと考えます。」
南雲内閣総理大臣が、口を開く。
「なるほど、それは考えられることですね。国土交通省は引き続き海流について、調査をお願いします。ただ移転前の海流の状態がわからないので、なかなか難しいことだとは思いますが。」
「はい。了解しました。」
国土交通大臣からの返答を聞いた南雲は、一旦閣僚たちの顔を見回す。
「さて、どうやら外の世界から守られている状況というのは、すでに終わっていたようです。そしてイルー帝国はこのことに気付きました。小西統合幕僚長、どのような対応を?」
「はい。まずボアザック王国南海域を偵察中の「わふー」を、今朝ほど接触した帝国艦が帰った港付近の偵察に当たらせます。偵察衛星は今まで陸上の監視に重点を置いていましたが、この海域への監視も強化いたします。」
小西はこれは忙しくなるな、と思いながら続ける。
「八戸の第二航空群は引き続き空から、海からは一個哨戒防備隊を警戒監視に当たらせます。これに加え二個水上戦隊を即応体制につかせます。」
「自衛隊が対応するのですか?」
「はい。この世界の大国が、どういった行動を執ってくるか、全くの未知数です。念のため自衛隊での対応が適切だと考えます。」
「わかりました。私たちはすでにボアザック王国の王族を保護しました。万が一に備え、防衛出動の国会への事前承認を得るよう、早急に対処基本方針の策定を行いしましょう。」
南雲の防衛出動という言葉に、会議室の緊張は一挙に高まって行くのであった。
20、21話は短いので、来週の投稿は火曜日と金曜日の2回行います。
よろしくお願いいたします。




