第17話 崩壊の予兆
「アントン」基地に向かうBK117の中、八月一日はジェスチャーを使って、国王王妃両陛下にヘッドセットつけてもらっていた。
「国王陛下、王妃陛下、お怪我はございませんか。このような状況ゆえ、いくつもの非礼を働きましたことをどうかお許しください。」
ヘッドセットから聞こえてくる声にびっくりした様子だったが、すぐに平静に戻った国王が、落ち着いた声で答える。
「構わん。この状況だ。礼法など気にするな。それと余には怪我はない。安心せよ。王妃は?」
「私も大丈夫です、陛下。」
王妃は思いのほか元気で、微笑んでいた。
安心した八月一日は、両陛下に説明する。
「私は日本国臨時領事館駐在武官の、幸太郎 八月一日と申します。私たちは現在王都南300キロにある「アントン」という日本国の拠点に向かっております。1時間ちょっとで到着します。」
それを聞いた国王は、目を見開いた。
「我が国に、ニホンの拠点?」
「はい。王国直轄地にクリスティーナ殿下の許可を得て、お借りしている土地に築いた拠点です。」
「ほう、あの地にティナが。それにしても300キロを1時間とは、この空飛ぶ魔道具はとんでもない速さだな。で、「あんとん」とかいうところにティナたちはおるのか?」
国王は感心したかのように、顎をさすっている。
「いえ、安全を期してリシャール辺境伯領にいらっしゃいます。そこの、やはりお借りした地の「ブルーノ」という拠点です。」
「そうか。これを使っても、まだすぐには会えんな……。」
少ししょんぼりした国王に、八月一日は告げる。
「ご安心ください。「アントン」で、さらに高速で快適な機体に乗り換えていただきます。おそらくそこから2時間もかからないでしょう。」
国王は、今度は大いに驚いた。
「そんなものがあるのか。いったいニホンとはどういう……」
そこで突然、王妃が話しかけてきた。
「あの、また空を飛べるということですね。」
八月一日が「はい」と答えると、王妃は両手を胸の前で合わせて、目をキラキラさせた。
「まぁ、なんて素敵なことでしょう!夢のようです。」
それを聞いた国王は若干引いている。どこかで見たようなその光景を見ながら、八月一日は思う。エカチェリーナ殿下は、母親に似たのだなと。
ミハイルは夕食を終え、王城の大広間で家臣と談笑をしていた。
間もなく起こるであろう、ウーグモン渓谷での会戦の勝利を全く疑っていない様子で、かなり機嫌も良かった。
すると大広間の入り口の扉付近が妙に騒がしい。
しばらくして、顔色の悪く髪もぼさぼさにした近衛兵がミハイル王子の前で膝をつく。
「ミハイル殿下、緊急の報がございます。一刻を争う大事ゆえ、どうか別室のご用意をお願いいたします。」
異様を感じたミハイルは、会議室を手配し、近衛兵の報告を聞く準備をさせた。
「元帥、一緒に聞いてくれ。」
「はい、わかりました。」
ミハイルとボボフと近衛兵は急いで会議室へ向かう。
「何があった!」
膝をついた近衛兵のその顔は青ざめていて脂汗を流していたが、ミハイルはそれに気が付かない。ようやく近衛兵が口を開く。
「2時間ほど前、牢城から国王王妃両陛下が、脱走しました。」
その場の空気が凍りついた。この報告は、帝国侵攻の報告と同様の衝撃だった。
「なっ、どういうことだ!近衛はいったい何をしていた!!」
近衛兵は現状わかったことを告げる。
牢番をしていた者が緑色の光を見た後、目が見えなくなると同時に立ってもいられなくなり、後ろから首を絞められ気を失ったこと。
詰め所にいた者は、突然の光と異様な音でパニックに陥った後、立ち込めた煙で息を吸うのも困難になり、全員が気を失ったこと。
近衛の一人が賊と交戦したような形跡があったが倒されてしまったようで、その近衛はまだ意識が戻らないこと。
食堂にいた国王たちの世話をしていた者は、現れた傭兵らしき男女4人に拘束され、食堂に監禁されたこと。
ミハイル達はその報告を言葉では聞いても、実際何が起こったのか、全く想像できない。
「それで、国王たちは王都の外に逃げたのか?」
近衛兵は顔は上げずに答える。
「はい。牢城の門は一つで、そこが開けられた痕跡はありませんでした。おそらくは王都の外に逃げたかと。」
ばかな、夜に王都の外など。王妃もいっしょなのだぞ。そもそもどうやって外に逃げた。
「それと……、もう一つ報告がございます。」
近衛兵は少しためらったが、話し出す。
「拘束された者たちが、中庭の方でバタバタという大きな音を聞いたと口を揃えて言っています。」
「何だそれは。国王たちの脱走と何か関係があるのか?」
「まだわかりません。」
「たわけが!急いで調査しろ!追跡は出したのだろうな?」
「はい。東西南の主な街道沿いに現状できうる限りの兵を出し、追跡中です。念のため王都内も捜索させております。」
近衛兵は衛兵がいればと強く思ったが、口には出さない。
「なんてことだ!このまま国王に逃げられれば、我々は逆賊だ。いったいどこの誰が逃がした……。」
頭を抱えるミハイルをよそに、ボボフは近衛兵に問う。
「この事態を知っているのは、近衛と牢城にいた者だけか?」
「はい。そうです。」
「よし、この事は絶対外に漏らすな。牢城にいた近衛以外の者は全員、そのまま牢にぶち込め。外に出すな。あと近衛隊隊長に至急登城するように伝えるんだ。」
「わかりました。伝えます。」
近衛兵は急いで会議室を後にする。
ボボフは近衛兵が退室するのを確認して、ミハイルを見る。
「ミハイル殿下、国王たちは王妃もいることですし、すぐに捕らえることができるでしょう。」
ミハイルは顔を上げ、すがるような目でボボフを見る。
「万が一逃げられたとしても、間もなく始まるウーグモンの戦いで勝利すれば、殿下はボアザック王国を救った英雄になります。そうなれば殿下を逆賊などと言う者は、おりますまい。」
ボボフの言葉に、ミハイルは立ち上がる。
「私がボアザック王国を救った英雄……。そうだ、そうだな。ウーグモンでの戦いは、必ず我が王国が勝利する!そして帝国をこの王国から駆逐するのだ!」
俄然勢いを取り戻したミハイルを見て、ボボフは静かに目を伏せて心の中で思う。
もう、だめかもしれんな……。
ウーグモン渓谷の回廊の南北には、イルー帝国とボアザック王国の兵がぞくぞくと集結しつつあった。
その帝国側野戦司令部の天幕では、あわただしく人が動き回るなか、帝国侵攻軍総司令官のエーリッヒ・フォン・シュバルツェンは、天幕前に展開するパイク兵の密集陣形を、腕を組み仁王立ちで見ていた。
その斜め後方に、ミュラーが控えている。
「ミュラー卿、貴殿の予想通りになったな。」
エーリッヒは振り返りもせず、展開する兵を見ながら言う。
王国が籠城戦術をしなくなった際、その後の王国のとる戦略・戦術をミュラーに問い質した。
その回答として真っ先に答えたのが、ウーグモン渓谷での会戦だったのだ。
「はい。王国のとれる行動といたしましては、これが最善かと。」
エーリッヒは、今度は800メートル先の王国軍を見ていた。
「それにしても意外と集まったようだな。王国軍は。」
「おそらく、今の王国軍の限界かと。」
「そうか。これを破れば、王都まで大きな抵抗は無くなるな。」
「はい。おっしゃる通りです。」
エーリッヒは、満足げにうなずきながら思う。
王都を落とせば、第一王子は失墜、国王と王妃は捕らえることができる。他の王子王女もすでに捕らえられていることだろう。そうなれば、ボアザック王国は崩壊する。我がイルー帝国の西大陸統一は近い。
ただ、もう王都にいるのはミハイルだけだ。そして帝国側の誰もが、そんな事を知る由もない。
ウーグモン渓谷での戦いの火蓋は、まもなく切って落とされる。両軍の思惑が渦巻く、渓谷の回廊はまだ、驚くほど静かだった。




