第15話 モーターパラグライダー再び
リシャール邸の客間は静まり返っていた。クリスティーナと梢以外の者は、目を見開いている。
リシャール辺境伯が言葉を絞り出す。
「国王陛下と王妃陛下が、まだご存命……。そ、それはそれは誠にございますか!? 」
クリスティーナがそれに答える。
「あぁ、確かだ。王都南の牢城に囚われている。これに関しては帝国に感謝しなければならないな。本来であれば今頃は……。」
クリスティーナの顔が曇る。それを見た辺境伯は勢いよく立ち上がる。
「殿下!直ちに我が領兵の精鋭を集め、救出に向かいましょう!そもそも陛下がご存命であるならば、我々が従うのは陛下です。ミハエル殿下ではありません!」
曇った顔が、微笑みに変わる。
「ありがとう、リシャール辺境伯。だがそれだと時間がかかりすぎる。今王都の治安の悪化は、日に日に進んでいる。急がねばならない。」
リシャールは、ハタと気が付く。
「それで先ほどのニホン軍に領地を貸し、協力するという話になるのですね。確かにあの空飛ぶ魔道具を使えば……。」
「そうだ。ただ日本軍は、陛下たちの救出にはかかわれない。日本軍は日本の法律に従い、日本臨時領事館の者を救出することでしか動けないのだ。だからあれは使えない。」
クリスティーナの話が、リシャールには理解できなかった。
「ではどうするのです!陛下たちの救出を急がねばならないと、今おっしゃったではありませんか!」
「日本国とは関係のない傭兵を使う。日本の商会を通して私が雇った。」
リシャールはますます理解できない。
「傭兵?それでは話が振り出しです!あの魔道具を使わなければ、我々が行くのと同じではないですか!」
「落ち着いてくれ、リシャール辺境伯。傭兵を雇った商会にも少し小ぶりだが、十分使える同じようなものがある。」
「は?」
リシャールは今度は違う意味で、話が理解できない。
「陛下たちの救出で動くのは、私が雇った日本の傭兵だ。日本軍の拠点は、彼らが行う日本臨時領事館救出と我々の陛下救出と両方で、同時に使われる。」
クリスティーナの話が終わると、リシャールは脱力して椅子にドシンと腰を下ろす。
「あれは、ニホン国の国宝級唯一の魔道具ではないのか?商会ごときに同じものがある?馬鹿な……、そんな馬鹿な。いったいあのようなもの、いくつニホン国に……。」
リシャールの目が虚空を見つめる。周りにいるガブリエルやリシャール兵も同じ様子だ。
クリスティーナは思う。
ゆっくり時間をかけて説明できればよかったが、そうも言っていられない。少しだけ強引な言い方だが、許せリシャール。
「日本国への領地の貸し出し、了承してくれるな?」
「は、はい。お使いください。」
大丈夫か、リシャール。まあ、わからないでもないが。
クリスティーナはヘッドセットを通して、伊勢二佐に告げる。
「伊勢二佐、許可出た。」
『了解しました。部隊を上陸させ、現地に向かわせます。』
「うん。よろしく。」
クリスティーナは一息つく。
あともう一つの拠点を築くため、王都南300キロの王国直轄地に別部隊が向かっている。ヘリコプターの航続距離の問題で、どうしてももう一つ拠点が必要なのだ。
あの地は荒れていて鉱物もなければ、農産物も育たない。その上黒い水が一部の地域で染み出ていて異臭を放つため、誰も治めたがらない。しかしなぜか日本の部隊が、こちらよりも多く派遣されている。
確か何か調査もあると言っていたか。
とにかく、準備は整いつつある。
「父上、義母上、もう少しです。お待ちください。」
クリスティーナは心の中でつぶやいた。
俺はジュドー。日本の警備会社NWSの社員だ。
今俺は11人の仲間とともに、ボンバルディア Global 6000に乗り、ボアザック王国南300キロの場所にある、自衛隊の基地「アントン」に向かっている。
「ふぁーー、そろそろ着くか。」
今あくびをしたやつは、ヤン。たまに一緒に商隊護衛の仕事をこなしたりする。少しだが気ごころを知れた男だ。3人のチームを率いるリーダーだ。
「そうみたいね。」
落ち着いた声で答える彼女は、シャラ。女性ばかりの4人チームのリーダーだ。俺たちもずいぶん飛行機に慣れたものだ。
ヤンもシャラもあの時、会議室で本部長の話を聞いたメンバーだった。
でもまさか、本部長が言う特別な訓練が必要な仕事が、ボアザック王国国王と王妃の救出作戦とは、思ってもみなかった。
あれから、王都の牢城を模したセットを使って、何度も繰り返し訓練を行った。不測の事態にも対応した、様々なプランも想定した非常に難しく厳しい訓練だった。
だが俺たちは、やり切った。大丈夫だ。必ず成功させてみる。
そんなことを思いながら、俺たちは「アントン」に降り立つ。
「アントン」に到着したのは朝だった。これから作戦開始の夕方まで休憩だ。簡易宿舎で仮眠をとる。
そして夕方になる。全員仮眠をとったおかげで、疲れは見えない。こういったときでも仮眠がとれるのも、訓練の成果だ。
俺たちの装備だが、一見ボアザック王国にいる傭兵の服装だが、インナーにはアラミド繊維でできた非常に軽い防刃ベストを着こみ、ブーツは疲労が少なく設計された丈夫なものだ。
片手剣も、チタン合金製で特殊コーティングが施されており、この世界のプレートアーマーは紙のように突き破ることができる威力がある上に、こちらも軽い。
頭にはナイトビジョンヘッドストラップ、雑のうには必要な装備が入っている。
簡易宿舎を出ると、そこには2機のBK117 D-3が待っていた。
俺は、全員の装備を確認する。ちなみに俺はこの11人全体の隊長でもある。
確認を終え、全員で時計を合わせる。BK117のローターが回り出し、1号機に俺とヤンのチーム、2号機にシャラのチームが乗り込む。いよいよ作戦開始だ。
同じころ、ボアザック王国王都の日本国臨時領事館は、館員たちが脱出準備であわただしく動き回っていた。
八月一日が長門に話しかける。
「長門さん、脱出準備はどうですか?」
「ええ、無線機はもうラックから外してあります。太陽光発電パッケージのパワーコンディショナは、脱出直前に外して持って帰ります。重要書類の梱包も終わってます。八月一日さん、書簡のほうは?」
「王宮の担当官に、先ほど渡してきました。まあこの時間だと日本の書簡など、回り出すのは明日でしょうけどね。」
「はは、王都の治安が悪くなってお使いお願いしちゃったような形で、申し訳なかったです。でも書簡が回り出すのが遅いのは、かえって良かったですね。」
「いえいえ、問題ないですよ。でもやっぱり人通りは、少なかったですね。」
笑いながら少し雑談の後、長門は笑みを止め真剣な顔で話しだす。
「あっちも、いよいよですね。」
「はい。私も装備の準備をしますので、一旦失礼しますね。」
「では、後ほど。」
八月一日と長門は会釈をして、それぞれの仕事に向かう。
王都の日が暮れる。
日本国臨時領事館の中庭の周りにあった木は切り倒され、かなり広くなっている。これならUH-2もぎりぎり降りれる。
八月一日は装備を終え、長門に挨拶をする。
「それでは、私は一足先に出発します。これからは別行動です。」
長門がそれに答える。
「はい、どうかお気を付けて。」
「ありがとうございます。そちらもお気を付けて。」
八月一日は敬礼の後、ヘルメットのナイトビジョンを確認して、モーターパラグライダーを始動させる。向かうは王都南にある牢城だ。
飛び立つ直前、不意にクリスティーナとタンデムでここを飛び立ったことを思い出す。
殿下はどうしているだろう。
そしてすぐ思いを切り替える。
「これからの任務に集中しろ、幸太郎!」
八月一日は小声で、自分に言い聞かせ、中庭から飛び立ち、南に向かう。
長門は、八月一日の無事を祈りながら見えなくなるまで見送った。




