第14話 国王王妃救出計画
リシャール辺境伯邸ロビーは、緊張の空気に包まれていた。
「ち、父上……。」
次期女辺境伯である娘のガブリエルが私を呼ぶ。
完全に見誤った。女だからと侮ってしまった。しかしこの女兵士からは、軍人の覇気みたいなものは全く感じなかった。殿下の侍女のようなものだと思ってしまった。
現に今も覇気は感じない。だが2人を瞬く間に倒し、魔道具らしい武器を構える姿は、隙がない。でもどういうわけか、微笑んでいる。背中に冷たい汗が流れる。この女兵士、底が知れぬ。
私は、クリスティーナ殿下に目を移す。殿下の目は私をしっかり見て落ち着いていた。そしてその目は「落ち着け、話をさせろ。」と言っているようだった。
「皆の者、剣を納めよ!」
リシャール辺境伯が、良く通る声で命令する。そして自ら剣を納め片膝をついて頭を垂れた。配下の兵全員がそれに倣った。
「……大変失礼いたしました。クリスティーナ殿下、そしてコズエ殿。話もろくに聞かず、いろいろと早合点してしまったようです。」
実際のところ、内心では梢の異様さに、全員が恐れをなしているのだろう。私はそんなことを思いながらリシャール辺境伯に話しかける。
「顔を上げてくれ、リシャール辺境伯。突飛な現れ方をした挙句、このような格好で訪れた私も配慮に欠けていたと思う。とにかく今までの経緯を話させてもらえないだろうか。それとこちらの女性兵士は、コズエ ユミハラという。」
リシャール辺境伯は目を見開く。
「貴族であられましたか。ユミハラ卿、重ね重ね失礼いたしました。ではこちらに。客間にご案内します。」
「いや、私は--」
梢が何か言おうとしているのを、私は例によってぶった切る。
「梢、説明面倒、このまま。(ここだけ日本語)辺境伯、ご理解感謝する。ここまで来た甲斐があった。」
客間に案内されたクリスティーナは椅子に座り、その後ろに弓原が立って控える形で、今までの経緯をリシャールに話し出した。
一通り話しを聞き終えたリシャールは、興奮した面持ちで弓原に感謝を述べる。
「そのようなことが!クリスティーナ殿下に加えて、アレクサンドロス殿下、エカチェリーナ殿下も無事保護いただいていたとは!ニホン国の対応に心から感謝を。私はあと少しで大変な過ちを犯すところでした。」
「え?あ、はい。ありがとうございます?」
微笑む弓原に、少し寒さを覚えたリシャール辺境伯の者たち。
「ところで、辺境伯は王国の現状をどこまで抑えている?」
クリスティーナの問いに、リシャールが答える。
「はい、ミハイル殿下が王国の実権を握った直後、イルー帝国が北方4か国に進軍を開始、なんと1か月で4か国を平らげた後、ついに我が王国に宣戦布告したというところでしょうか。」
「うむ。その後、帝国は……」
椅子の座り心地は、日本の方がはるかに上だなと思いながら、クリスティーナは現状を話す。それは3日前のボアザック王国王城での出来事を裏付けるものであった。
クリスティーナがリシャール辺境伯邸を訪れる3日前、ボアザック王国王城会議室では、再びポポフ元帥を前にミハイル第一王子が、喚き散らしていた。
「ポポフ、どういうことだ!わずか2週間の間で、すでに3つの城塞都市が壊滅している!全く時間を稼げていないではないか!このままでは兵をいたずらに消耗した挙句、1か月半で帝国はここにやってくるぞ!どうするのだ!!」
ポポフは片膝をつき、顔を上げず答える。
「帝国の新兵器により、攻城戦が意味をなさなくなりました。まさかこのような事態になるとは……。」
「言い訳はいらん!どうするのだと聞いている!!」
ミハイルは唾を飛ばしながら、ポポフに言い寄る。
「はい。攻城戦に兵力を割くのはやめ、会戦に持ち込もうと考えております。」
「会戦だと?現在動員はどうなっている?!」
「1万4千ほど動員できました。」
ミハイルの怒りは頂点に達する。
「6万弱の相手に、1万4千で勝てるのか?!たわけたことを申すな!!お前は解任だ!!!」
ポポフ元帥は顔を上げ、必死の形相で告げる。
「お待ちください、殿下!正面から戦えばそうですが、こちらの地の利を生かせば十分戦えます!」
「地の利だと?」
「はい。王都まで来る街道にはウーグモン渓谷があり、そこには1キロほど続く細い回廊があります。」
ミハイルは怒りの温度を少し下げる。
「ウーグモン渓谷の回廊?確かあそこは、幅が50メートルくらいしかなかったな。」
「その通りです、殿下。お互いの正面兵力は同じになり包囲もされません。その上道があまりよくないので、騎兵も活用できません。」
ミハイルは怒りの温度を一旦下げたはいたが、再び厳しい顔つきになる。
「たとえ正面戦力が同じでも、消耗も同じであろう!結局兵力の少ない方が負けではないか!!」
「普通に考えればそうですが、あの渓谷には秘密があります。」
「秘密?」
「王国側回廊出口から500メートルほど入った左側の崖に、実は人が2人ほど通れる亀裂があるのです。その亀裂は王都側の別の崖につながっています。」
ミハイルは怒りの温度をまた少し下げる。
「そんなものがあるのか。」
「はい。その亀裂自体は、背の高い草の茂みのため、街道からは気が付きません。」
ミハイルは怒りの温度をさらに下げる。
「そこに兵を置くのだな?」
「お気づきになられましたか、殿下。味方の戦列は渓谷出口付近で待機させ、敵を迎え撃ちます。敵のパイク兵を少しやり過ごした後、潜ませた軽装歩兵で奇襲をかけます。超接近戦となりますので、敵パイク兵は反撃できず、敗走するでしょう。そうなれば後続の前進する兵とぶつかり、敵の戦列は大パニックとなります。そしてやり過ごした敵パイク兵の挟み撃ちもできます。」
ポポフは、ミハイル殿下の説得はできたと確信した。
「帝国が街道を迂回することはないのか?」
「迂回する道が東西どちらにもありません。迂回するとなれば自ら道を切り開かねばならず、時間がかかりすぎるのと兵の消耗が激しいため、渓谷を通るしかありません。」
ミハイルの怒りは消えていた。
「素晴らしいぞ、ポポフ元帥!その策で行こう!ただ1万4千では少し心細いな。よし王都の衛兵もつれていけ。あと各街道沿いにある各街の衛兵もだ。」
「え、衛兵をですか?しかし、衛兵を連れていきますと治安のほうが……。」
ポポフは何とか思い留まってもらえないかと、発言する。
「王都は近衛がいるから問題ないだろう。各街には騎士団を派遣しよう。少しでも兵が多ければ士気も上がるだろう。」
ミハイルは上機嫌になるが、ポポフは内心、衛兵をどう使えばいいのか困惑した。ただ、ミハイルの機嫌を損ねるのは得策ではないことも理解していた。
「わかりました。お気遣いありがとうございます。」
「うむ。直ちに行動に移せ。ウーグモン渓谷まで、帝国が押し寄せる前に。」
「はい。失礼いたします。」
確かに急がねばならない。帝国の行軍は早い。だが、できればこのような博打的策は使いたくなかった。潜ませた兵が敵にバレれば、なすすべもないからだ。
ポポフは、同兵力で帝国と戦いたかったと軍人らしい想いを抱きながら、会議室を後にした。
リシャール辺境伯邸での、クリスティーナの現状報告に戻る。
クリスティーナは、帝国の動きと、それに伴う王国の動きをリシャールに説明した。
「そのようなことになっているのですね。確かに王都の使者から援軍の要請はありましたが、我が領地は大樹海と隣接しておりますため、兵を動かすわけにはいきません。よって要請にこたえることはできませんと、丁寧に王都からの使者に告げなければなりませんでした。」
リシャールは、王国の危機に対し何もできない悔しさと、現在王国の実権を握っているミハイル達の愚行に怒りをにじませていた。
「リシャール辺境伯の行動は間違っていない。当然の対応だ。」
「はい、ご理解いただき、ありがとうございます。」
クリスティーナは、リシャールを対応を肯定し話を続ける。
「今王都は、帝国の侵攻と衛兵がいなくなったことで治安が極度に悪化している。王都の民の中には逃げ出そうとする者もいるようだが、現在は王都から外に出ることは禁止だ。」
リシャール辺境伯の者たちが、わずかに険しい顔になる。
「よって王都にいる日本臨時領事館の者たちも、王都を出ることができないでいる。日本はこの者たちを軍を使って救出しようとしている。」
ここで、クリスティーナは一拍おく。
「でだ、その救出のため、この辺境伯領内の北の地に拠点を設営と、協力の取次を日本からお願いされたというわけだ。」
「外国の軍隊を我が領内に入れて、さらに協力しろということですか。」
眉間にしわを寄せて、私を見るリシャール。あぁ、これは拒否の顔だな。まあ想定内だ。
「そういうことになるな。ただもう一つ、これは私からのお願いなのだが聞いてもらえるだろうか。」
「どのようなことでしょうか。」
リシャールはさらに眉間のしわを深くする。
「囚われている国王陛下と王妃陛下の救出だ。」
すみません。亀裂の位置を変えました。




