第13話
私は強い向かい風を受けながら、再び「ひゅうが」の甲板にいた。
最初は、着ているのが恥ずかしかった自衛隊の服を身にまとって。
向かう先は、リシャール辺境伯領都だ。
私は、発艦前のヘリコプターの準備に追われる、自衛隊員を見ながら、日本の南雲閣下との会談を、思い返していた。
3週間前、日本国首相官邸。
日本は転移時、多くの人命を失っていた。その中には、当時の日本の最高責任者も含まれていた。
その際、南雲閣下は空席になった最高責任者に急遽臨時で就任したそうだ。今の私と同じようだ。
そして私との会談の中で語った言葉には、強い信念と決意を感じるものがあった。
「私たちは、多くの命を失うことを実際に体験し、その絶望を誰よりも知っています。だからこそ、私たちは誓いました。もし、この世界の民が困難に直面し、私たちに助けを求めたならば、日本は、私は、決して彼らを見捨てないことを。」
日本の危機は、前にも船の中で聞いた。その実体験が今の南雲閣下の言葉、敷いては日本の言葉なのだろう。
我が王国も、臣民を守るのは王族貴族の義務だ。だが実際に同じような事態が起きた時、日本のように、臣民や周りの国の人々に手を差し伸べることができるだろうか。
どこか、上からものを見るようなことはないだろうかと不安な気持ちになった。
「我々は今回、領事館員救出のため自衛隊の力を使います。ただ、ボアザック王国陛下たち救出に使うことはできません。自衛隊の力は、日本国民限定なのです。」
「閣下!なにとぞ力をお貸しください!」
私は必死で協力を願い出た。南雲閣下は、少し微笑んでから話し出した。
「私たち政治家は、国民の生命の次に、国益を考えます。国益を考えた時、きれいごとでは対応できないことが、ここ10年でいくつもありました。そんな闇の部分を担う、公的機関ではない商会があります。」
「そ、そんなものが……。」
確かに、国の運営にはこういった機関は必要だろう。王国にもある。ただ日本にもあるということを、あえて言葉で知らされると、ほんの少し寂しくなる。
「はい。そことクリスティーナ殿下御自身が契約する内容には、日本国政府は関与しません。」
南雲閣下の説明に対し、私は重大なことに気が付いた。
「私は、商会に仕事を頼むための資金を、持ち合わせていないのですが。」
彼女は特に表情を変えず、話した。
「領事館員救出に当たり、ボアザック王国内に数か所、自衛隊の拠点となる土地をお借りしたいのですが。」
私は即答した。
「当然、使っていただいて問題ありません。」
「ありがとうございます。それではその借りる土地の借地料を、日本国政府からお支払いいたします。」
「なるほど。」
少しの間、無言で私を見つめていた南雲閣下は、話し出した。
「我々は領事館員救出を、自衛隊を使って実施しますが……、たまたま同じタイミングで、陛下たちの救出作戦も実施されて、たまたま脱出コースが同じで、たまたますぐ近くに居合わせて、行動するということがあるかもしれませんね。」
「そういうことか……。」
その後、私たちはいくつか世間話程度の話をして、会談を終えた。
部屋を出ると、いつものように梢が待っていた。
「梢、終わった。行こう。」
まだ慣れない日本語で、ゆっくりと言った。
「はい。あっ、ティナ殿下、今日は天気が良いので門まで歩きませんか?」
梢の提案に少し違和感を感じたが、確かに歩くのには良い天気だ。
私たちは数分歩いたのち、門を出た。
そこにはスーツを着た1人の男性が、ニコニコしながら立っていた。
「失礼します。クリスティーナ殿下であらせられますか。私、警備会社 ニューワールドセキュリティーの営業本部長を務めています山本と申します。」
私は一度、梢の方を見た。梢もニコニコしているがどこかぎこちない。
心の中で「はあー」とため息をつく。
そのあと、用意してあった車で、ニューワールドセキュリティー本社に行き、契約と作戦内容の説明を聞きながら確信した。すべてはもう出来上がっていると。
日本には、いろいろ法的な制約があることはわかったが、もうすでに抜け道は作られていたのだ。
ホテルに戻ったのは夜であった。
「ティナ殿下、ヘリの準備ができました。」
「あぁ、わかった。出発しよう。」
私たち一行はUH-60JAに乗り込み、リシャール辺境伯に、私の無事の報告と滑走路設営の許可の交渉を行わなければならない。
「ひゅうが」を飛び立ってしばらくすると、広大なリシャール辺境伯邸が見えてきた。
私は、ハーネスというチョッキみたいなものを着て、テザーと呼ばれる命綱で機体と体をつなぐと、乗員にUH-60JA側面の扉を開けてもらう。
リシャール辺境伯邸の中央広場は、UH-60JA十分降りられそうな広さだ。下では、多くの人たちがこちらを見上げては、走り回っている。
驚かせてすまない。リシャール辺境伯。
「マイクを。」
隣にいた梢からマイクをもらい、私は叫ぶ。
「リシャール辺境伯、私だ!ボアザック王国第1王女のクリスティーナだ!これから下に降りる。攻撃はするな!もう一度言う。私はクリスティーナだ!」
すると、邸から甲冑を着た男性と、やはり甲冑を着た髪の長い、おそらく女性が飛び出してきた。あれは、辺境伯だな。それともう一人は……。
私は彼らに向かって手を振ると、女性の方が気が付いたのか、両手を大きく振り返してきた。
UH-60JAは風を巻き上げながら、着陸する。
私は、テザーを外して防弾ベストを着こみ、機体から降りる。
それと同時に、同じように防弾ベストを着こんだ梢と5人の隊員も、クリアシールドを片手に私を囲むように降りる。
彼らの太ももには、SFP9用ホルスターが装着されている。
辺境伯と女性がこちらに向かって歩いてきた。辺境伯の顔は険しい。彼らの後ろには弓を構えた兵が、緊張の様子でこちらを狙っている。
辺境伯は、改めて私を確認したのか、険しい顔は消え、合図を弓兵に送り、弓を構えを解かせた。
「……よくぞご無事で、クリスティナ王女殿下。」
「久しぶりだな、リシャール辺境伯。それとギャビーも。」
「ティナ、じゃなかった。クリスティーナ殿下!ご無事で本当に良かった……です。」
「ギャビー、ティナで良いよ。学生の頃のように。」
リシャール辺境伯は私をまじまじと見て、話し出す。
「ところでそのお姿と、そちらの者たちは?」
私は、最近気に入りだした自衛隊の服を、両腕を広げて見せるような格好をしながら話す。
「これは日本国の軍服で、こちらの者たちは、その日本国の軍人だ。」
リシャール辺境伯は、すこし怪訝な顔をする。
「ニホン国?はて?」
「話をすると長くなるのだが……。」
「おぉ、これは失礼しました。お話は邸の中で。ただ中に入れるのは、クリスティーナ殿下とそちらの女兵士だけです。」
当然ながら、まだ警戒は解いてないな。私は振り向く。
「伊勢二佐、ごめんなさい。待ってて。」
私は日本語で彼らに告げる。
「了解しました。一旦ヘリに戻り、待機します。」
「うん。そうして。梢、行くよ。」
「はい。」
邸の玄関扉が閉まり、ロビーを少し歩いたところで、突然リシャール辺境伯が叫ぶ。
「よし!その女を取り押さえろ!殿下はこちらに。女、抵抗しなければ命は取らん!そのまま国へ帰れ!」
2人の兵士が、梢の両端から近づく。梢が私を見る。私は軽くうなずく。その瞬間、彼女のハイキックが右側の兵士の顎を打ち抜く。
その兵士が崩れ落ちるより早く、今度は、持っていたクリアシールドで左側の兵士の足を払う。倒れて起き上がろうとしたところへ、梢の右膝が顔面に叩き込まれる。
ほんの瞬きの間に、二人が床に沈んだ。あっけにとられた辺境伯たちを含めた10名ほどが、一拍置いてあわてて腰の剣を抜く。
それを見た梢は、すでに初弾が装填されたSFP9を、ホルスターから素早く抜いて構える。
「よせ、リシャール!!梢はここにいる誰よりも強い!それに彼女の構えてる武器は、ここにいる全員を瞬く間に無力化してしまうぞ!10秒もかからん!」
私は、ガブリエル・リシャール。リシャール辺境伯家の嫡女だ。
今、私の目の前には、学生時代の学友のティナと、ニホンとかいう国の女兵士がいる。
ニホンの女兵士は、わけのわからないものを構えている。武器なのか、あれは。10秒もかからず、我々を無力化できるのか?
それに何よりも異様なのは、その女兵士は微笑んでいることだ。今の状況がこうでなければ、思わず微笑み返しそうな、まったく殺気のない笑顔なのだ。
対人の実戦経験はないが、訓練などで多くの者を相手にした中で、あのような雰囲気を持った者を私は知らない。
怖い……。いったいなのを考えているのか、まったくわからない。この場面であの表情、この女兵士は私たちと同じ感情を持つ人間なのか。
ティナは私のことを良く知っている。私がかなり強いことも。それが分かっている上で、あの女兵士のことを誰よりも強いと言った。
私の本能が、警笛を鳴らす。まずい、あの女兵士はまずい。父上、あの者に挑んではダメだ!




