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第12話

 帝国が侵攻を開始してから1か月が過ぎた。


 ミュラーは帝国の保護を受け、元ロマ王国南西、ボアザック王国と元マート王国の国境沿いの町の庁舎の会議室にいた。


 目の前には、帝国侵攻軍総司令官でイルー帝国第一皇子、エーリッヒ・フォン・シュバルツェンがこちらに背を向けたまま立っていた。


 後ろ姿ではあったが、底知れぬ威圧感を感じる。


「ミュラー卿、計画は予想以上にうまくいったようだな。」


「はい、エーリッヒ殿下。まさかここまで北方の各国が脆かったとは。あとは、最初に包囲したテトラ王国のみです。」


 エーリッヒは、振り返る。凍りつくような冷たい目つきを見た瞬間、室内の温度が下がったような気がした。


「数日前に、新兵器の使用許可を出した。今頃テトラの王城は、落ちているだろう。それにしても、ここまで新兵器を使わずにこれたことも大きいな。」


 今まで隠していたようだが、ついに火薬を使ったか。話によると、城内を火の海にできるものらしい。 これからの攻城戦は劇的に短縮されると聞く。


 テトラ軍は最も手ごわかったが、最も悲惨なことになったな。


 ふとそのような事を思っていると、エーリッヒは話し出す。


「次はいよいよボアザック王国だ。黙って聞いているようだが、感慨深いものはあるか?」


「いえ、決してそのようなことは。」


「望みどおり、王国は間もなく滅ぶ。王国侵攻には、貴公の協力が助けになるだろう。頼むぞ。」


「承知いたしました。」


「よい。下がれ。」


「失礼いたします。」


 私は、会議室を出て思う。


 間もなく復讐は達成される。王国は滅び、王族は処断される。その後の自分は、帝国にとってはもう用済みだろう。


 だが、そんなことはどうでも良い。王国が私の家族を奪ったあの日から、復讐だけが生きる理由だった。


 王国の最後を見届ければそれで良いのだ。帝国はそのための道具に過ぎない。



 ミュラーが会議室を出たことを確認し、エーリッヒが側近に命令する。


「あやつの監視は、怠るなよ。」


「はい。引き続き監視いたします。」


 王国侵攻のミュラーの計画は、実によくできたものだ。


 元々帝国の西大陸統一は悲願である。近年の融和政策は、火薬を秘匿するための一時的な政策に過ぎなかった。


 ミュラーの帝国への接触は数年前から行われていたが、火薬の兵器として利用が確立し、量産の目途も立ったところでの、この計画は絶妙なタイミングであった。


 復讐か……。くだらぬ感情だが、その憎悪は時として国をも滅ぼすほど燃え上がる。あの男が自らの怨嗟で灰になるまで、我が進軍のほむらとして精々役に立ってもらおう。



 同じころ、ボアザック王国王城会議室では、大臣たちを前にミハイル第一王子がひとり、喚き散らしていた。


「帝国が王都まで侵攻してくるのに、半年かかるのではなかったのか!!1か月で北方の3国は消滅してしまったではないか!!」


 帝国軍はテトラ王国に1万の兵力で包囲したまま、残りは隣国のラクロ王国へ進軍した。


 ラクロ王国は、国王よりも有力貴族の力が強く、進軍してきた帝国軍に対して、勝手に各有力貴族の領地軍が攻撃をかけてしまい、撃破されてしまった。


 組織的な抵抗ができないラクロ王国国王は恐怖のあまり、これもろくな論議も行わないまま、帝国に降伏してしまった。


 ロマ王国にいたっては、すでに強襲上陸によって占領され、さらに5千の兵力が上陸したマート王国側の西と、ラクロ王国側の東の両側から侵攻を受ける形になり、絶望したロマ王国国王は、戦わずして降伏してしまう。


 新兵器ですでに滅んでしまったテトラ王国の報告は、まだここには届いていない。


 ミハイル第一王子は、さらに悲鳴をあげるように叫ぶ。


「帝国軍は王国国境に集結しているのだぞ!!我が王国軍の動員はどうなっている?!それとクロスシー連邦ともう1か国の援軍要請はどうなった?!」


 それを受けてポポフ元帥が答える。


「動員はすでに行われておりますが、まだ8千ほどです。クロスシー連邦は中立を宣言した後、領事館を引き払い人員は本国に帰国しました。あとニホン国ですが、本国が遠方のため、まだ回答はありません。」


「なっ、援軍もなし。帝国軍はテトラの1万を引いても上陸軍を足せば結局6万。7倍以上……。おしまいだ、王国はもうおしまいだ!!」


 ミハイル王子は、泣きそうな声で、頭を抱えただただ叫んでいる。


「殿下、そのように悲観することはありません。国境から王都までの各拠点で、少数兵力で籠城をすれば半年から1年以上の時間は稼げます。当初は国境付近での会戦を考えていました。王国内のいくつかの城は落ちてしまうでしょうが、王都まで侵攻する途中で、帝国軍と同等の兵力を整え会戦に持ち込むことはできます。」


 帝国軍は北方の国に駐留軍を置かねばならず、実際は6万以下での侵攻であろう。


 そして侵攻途中の拠点にも兵力を置いてこなければならず、戦闘での消耗も相まって、王都に来るまでにはかなり兵力は目減りしているはずだ。


 その上、補給の問題もある。6万の兵力を1年以上も運用するのは、帝国をもってしても厳しいのではないか。


 時間を稼げば、勝手に自滅する可能性は高い。そうなれば、北方の国を取り戻すこともできる。あわよくば、帝国への逆侵攻も……。


 ポポフ元帥の答えに、ミハイル王子は頭を抱え下を向いていた顔を上げる。


「そ、そうなのか?そうだ、そうだな。よし!ポポフ元帥、その方針で頼む。大丈夫、大丈夫だ。」


「殿下、発言よろしいでしょうか?」


「ゆ、許す。」


 突然、発言を求めてきたボルジア首席秘書官に、反射的に許可するミハイル王子。


「宰相の失踪し、国務は大混乱に陥りました。まったく引継ぎがないまま1か月がたちましたが、混乱はいまだ収まっておりません。この混乱が収まるまで、どうか私に『全権代行』の承認を。国務復旧に全力を注いでまいります。」


 ミハイル王子はめんどくさそうな顔をして告げる。


「あぁ、貴様に任せる。国を動かせ!」


「はい。」


 本来、宰相の失踪、帝国の侵攻がなければ、捕らえた国王と王妃の処分と、ミハイル王子の国王就任が行われていたはずであった。


 だが今の状況で、そのような事の実施は無理だ。これ以上仕事を増やすことはできない。


 ミハイル王子も帝国のことで頭がいっぱいのようだ。寝た子を起こす必要はない。


 それに商人らからの情報で、帝国の侵攻は公然の秘密となってしまった。


 これ以上王都の民の不安を募らせるのは良くない。


 とりあえず国王は急病のため療養ということにしたが、貴族内では現状を知らない者はいないため、これは市井へのプロパガンダに過ぎない。


 それにしても、ポポフ元帥はあのように言ったが、本当に王国は大丈夫なのだろうか。そして自分の未来は……。



 同時刻、日本国総理官邸の会議室では、閣議が行われていた。


 議題は当然ながら、イルー帝国の侵攻についてだ。


 防衛大臣から指名された統合幕僚長の小西 信三が、現状の報告を行っている。


「現在帝国軍は、元ロマ王国南西、ボアザック王国と元マート王国の国境沿いの町に集結中です。兵力ですが、主力6万と強襲上陸した1万のうち、テトラ王国戦に残した1万と占領地に駐留する1万を除いた、およそ5万です。テトラ王国にいた1万ですが、攻城戦を終了した後、南下を開始してこちらも王国国境に集結中です。」


 ここで、ある大臣から質問が入る。


「前回の閣議の報告では、テトラでの攻城は、まだ1か月以上かかるような報告だったと記憶しているが。」


「はい。そのように見積もっていましたが、帝国軍の火薬を使った焼夷弾の使用で状況が変わりました。」


 会議室内がざわつく。静かになるのを待っていると、先ほどの大臣がさらに質問をする。


「焼夷弾は投石器を使っての、投射と考えられるが、攻城戦をそれほど早める効果があったのか?それになぜ今頃?最初から使っていれば良いものを。」


「この世界の投石器は、我々が思い描く投石器とは異なり、命中精度、投射間隔の速度はかなり発達しています。投石を混ぜて消火の妨害も行い、テトラ王都はさしずめ、城壁に囲まれたオーブンと化したようです。」


 会議室内は、今度は静まり返る。


「なぜ今かという事ですが、おそらく帝国は手の内を早々見せたくなかったということと、主力軍との侵攻タイミングの同期を取りたかったからでしょう。主力軍はまっすぐ王都へ、テトラ戦の軍は王国東部への侵攻を目的としていると思われます。」


「王都に帝国軍が押し寄せるのに、あとどれくらいでしょう?」


 南雲総理大臣がら質問が飛ぶ。


「王国の出方に寄るのですが、1か月半から2か月といったところでしょうか。」


 小西幕僚長は、少し考えて答えたあと、数秒の沈黙の後、南雲総理が決断する。


「わかりました。領事館員を撤収させます。計画通り、領事館員保護のため自衛隊を派遣、撤収と同時に日本国として、殿下たちを保護したこと、クリスティーナ殿下をボアザック王国の臨時代表として支持することを表明します。各省庁、行動を開始してください。」


「「「「「はい!」」」」」


 閣議が終わり、会議室を出た南雲総理に、小西統合幕僚長か声をかける。


「総理、クリスティーナ殿下からの依頼の件ですが。」


「国王陛下と王妃陛下の救出の件ですね。こちらも当初の計画どおり、領事館員撤収と同時に実施で行きます。準備はできていますね。」


「はい。クリスティーナ殿下からNWSへの依頼ということで、準備を完了しています。」


「よろしくお願いします。」


「はい。」


 軽い会釈をして去る南雲総理の後ろ姿を見送りながら、小西は思う。


 国際法は、この世界に来て効力はなくなってしまったが、国内法による行動の制限は、如何ともし難い。極めて黒に近いグレーな方法取らざるを得ないことも、しばしばある。ただ、このような縛りを無くすわけにはいかない。困難を克服し、対処していくことが日本らしさだと。



 そして2日後、イルー帝国大使からボアザック王国に、宣戦布告が通達された。


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― 新着の感想 ―
この世界のいかなる国家も、日本から見れば吹けば飛ぶような存在でしかない。 しかしこの時点で、それを知るのは日本自身だけ。 おそらく、他国が事実を知った時にはもう手遅れなのでしょうね。
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