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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
9/49

1日目 7

 高坂源一郎たち3人の足が止まった。道が途切れていたのだ。

「……どういうこと?」

 先には崖があり、下にはセーフネットが張られている。ネットには、くもの巣に囚われた羽虫のように学生が数人絡まっていた。

 源一は辺りを見渡した。見つかったのは木にくくりりつけられた太い綱。綱は崖の対岸まで張られていた。距離は30メートル近くある。

「これって、今度は綱渡りをしろってことっちゃか?」

「え~? 無理だよそんなのお!」

 源一は、なにやら騒いでいる悠樹と賢治を無視して、綱を触った。綱は丈夫でしっかりと結ばれていた。どうやら本当に綱渡りをすることになりそうだな、と思ったときだった。

「よお、お仲間だな」

 そう言って横から現れたのは、細い男だった。金に近い茶髪に広い額。にやけ面で源一たちに声をかけていた。

 技術が未熟な芸術家の卵が、軽薄をこねくり合わせて人を形作ったらこんな感じかな? と、悠樹は皮肉たっぷりに細い男を評した。

 針金みたいな身体じゃダンディズムに欠けるな、と、賢治は自身の腹を撫でながら優越感に浸った視線を細い男に向けた。


 なにやら意味深な視線を細い男に向ける2人に変わり、源一は軽く咳払いすると細い男に答えた。

「どうしたんだ、こんなところで」

「えっと、どうやって向こう岸に渡るかで足止め喰らっちゃって。あ、俺は木下高志。よろしくな」

「……俺は高坂源一郎。んで、こっちのでっかいのが篠岡賢治。ちっこいのが朝比奈悠樹。どうやら俺たちが最後尾みたいだ」

「……朝比奈?」

細い男、木下高志は悠樹の顔に視線を送った。対する悠樹は高志を無視して源一に向き直った。

「ゲン、自己紹介なんていいから早く行こうよ!」

「俺はいいけどおまえ、綱渡りできるのか?」

「ふん! 非力なお子ちゃまには難しいっちゃね!」

「な! でぶでぶだって自分の身体を支えられないだろ! どうせすぐにおっこっちゃうんだよ君は」

「……まあ、そう言ったわけで俺は先に進めなかったわけだ。俺の体力じゃあ向こう岸まで持たないからな」

 そう言うと高志は自分の広い額を撫でた。

「まあ落ち着けっちゃ。俺たちの前に行った連中もここを越えたはずだから、なにか手段があるはずっちゃ」

「うん、そうだね。みんながみんなここを綱渡りで越えられるほど体力バカじゃないはずだからね」

 悠樹はそう呟いた後、賢治と意見があったことに不快になり、口を思い切りすぼめた。

 賢治は不貞腐れたように横を向いている悠樹を一瞥すると、自身のたるんだ顎を撫で、対岸まで張られている綱を見た。

「……向こう岸、綱が張られている場所にマットが巻かれているっちゃ」

 源一はメガネの位置を調整して、賢治の指し示す対岸を見た。

「……ああ、本当だ。あれ、どういう意味だ?」

「ふむ。これは、ターザンっちゃね!」

「は? なにを言ってるんだ君は! 身体だけじゃなくて頭も太ってるんじゃないの?」

「まあ聞くっちゃ。ほら、向こう岸は少しここより低いっちゃ」

 悠樹は目を凝らして対岸を見た。確かに、賢治の言うとおり、少しここより下がっているようだった。それに対応するように綱もわずかに斜めに下がって張られているのがわかった。

「だからターザンロープみたいにぶら下がってアーアア~と向こうまでわたるっちゃ!」

「確かそういう遊具があったよな」

「だがそのぶらさがるロープがないぞ」

「ないんなら代わりになるものを探すっちゅわあ!」

 賢治の勢いに押されて辺りを見渡す悠樹と高志。源一は、綱を見ると、ベルトを外した。

「発想としては悪くないか」

ベルトを綱に絡めてぶら下がってみる。問題なさそうだった。

「? ゲン、どうしたっちゃか?」

源一は、賢治に笑みを見せ、一気に崖に駆け出した。

源一の足は地を離れ、宙に浮かんだ。そのままの勢いでロープ代わりにしたベルトにぶら下がり、綱を伝って崖を越えていく。

わずか数秒で源一は対岸に到達していた。マットを蹴って勢いを殺し、対岸に立つと、未だに立ち往生している悠樹たち3人に拳を突き上げた。

「やったー、ゲン!」

「よっしゃー、やったっちゃあ~!」

 ハイタッチする悠樹と賢治。悠樹は、賢治の汗でぐっしょり濡れた手の平の感触で我に帰り、不機嫌顔を作った。

「へへ、それじゃあ次は俺が行くかな」

 高志は、そう言うと源一に(なら)ってベルトを綱にかけ、崖を越えた。

「……あいつ、自分ではなにもしてないのに。さっさと先行っちゃったね」

「ああ。あれは石橋を叩いて、その上で人が渡るのを確認してから渡るタイプっちゃね」

「まったく。旅は道連れって言うけど、どんどん連れが増えていくなあ。言っておくけど、ボクとゲンが一緒にいるのに君たちは勝手についてきているだけ……ってなにしてるんだよお!」

悠樹は賢治を見て力一杯叫んだ。篠岡賢治は、ベルトを外して、スラックスを脱いでいたのだ。少し黄ばんだ白ブリーフ一枚の下半身で悠樹の前に立つ賢治。

「ほら、俺さまちゃんって、人より少しだけ体重があるっちゃろ? だからベルトだけで切れたら困るっちゃ」

「どこに突っ込んだらいいのかもうわかんない! いいからさっさと行けえ!」

 賢治はスラックスで補強したベルトを綱にかけた。そして、下を見る。

「……けっこう高いっちゃね」

「せや!」

 悠樹は、後ろから全体重を乗せて賢治の白ブリーフを蹴りつけた。

重い体重のせいか摩擦の関係か、賢治は両足を地から離し、ゆっくりと対岸に向かっていった。半ばずり落ちた白ブリーフは、対岸に着くと同時に地面に接触した。

「ふう、ぎりぎりセーフっちゃ」

 賢治は自身の過剰な体重を支えた両手に、(ねぎら)うように息を吹きかけた。

「なんでパンツ一丁なんだ?」

「ベルトだけだと切れそうで怖かったっちゃよ」

「ズボンじゃなくて上着でよくね?」

「それよりそこ退いたほうがいいぞ」

「え? なんでっちゃゴボ!」

 言い終わるより早く、賢治の後頭部に崖を越えてきた悠樹の膝が叩き込まれた。勢い余って地面に倒れこむ悠樹。

「う~、なんでそんなとこで座ってるんだよう!」

 ハラリと、賢治のスラックスと悠樹のベルトが、絡めてあった綱から落ちた。悠樹はずり落ちるスラックスを手で押さえてベルトを拾った。賢治は後頭部を押さえて(うな)っている。

「なんとか無事に全員渡れたね。さ、それじゃあ先に行こう」

 悠樹はベルトを締めながら源一に言った。源一は、賢治のベルトとスラックスを拾い、土を払っていた。

 賢治なんかに親切にしなくてもいいのに、そう思いながら源一を見ていた悠樹は、源一の足元に気付いた。滑車が山と積んであったのだ。

「なにこれ」

「滑車だろ。たぶん本当はベルトじゃなくてこれで崖を越える手はずになっていたみたいだな」

「なんで向こう岸にないんだよお!」

「……たぶん先着順ってことなんだと思う。遅れてきた俺たちの分までは用意してないってことなんだろうな」

 悠樹は思い切り口をすぼめた。そこに、パンツ一丁の巨漢が復活した。

「チビガキ! なんてことするっちゅわ~!」

「通り道で座り込んでるのが悪いんだろ! ジャマなんだよ君は、とくにおなか周りがさ!」

 半ケツ状態で悠樹を追い回す賢治。悠樹は賢治を(ののし)りながら源一の影に隠れた。

「まったく、おまえらは俺に対する尊敬の念が足りないっちゃね」

「とりあえず、ズボンを履いてからえばれ」

 源一は賢治にスラックスを渡した。文句を言いながらも賢治は白ブリーフをスラックスの中にしまった。

 高志は、悠樹に近づいた。

「大丈夫か? けっこう盛大に転んでいたけど」

「あんなの大したことないよ! ゲン~、そんなヤツにシンセツにすることないよ! デブがうつっちゃうぞ~」

「いや、ゲンはもう十分デブだっちゃ」

「はあ? おまえには言われたくないぞ、それ」

 3人は先に歩き出した。高志は、一度顎を撫でると、小走りに悠樹の隣に並んで道中を共にした。


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