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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
4月~競歩大会~
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朝比奈悠樹

フランスのブルボン朝期にジャルジェという伯爵家があった。ジャルジェ家は武門の家系で代々の当主は軍人として活躍していた。

あるとき、問題が発生した。ある当主の代で、なぜか男子が生まれなかったのだ。何代にもわたって軍隊で活躍してきたジャルジェ家が軍人を輩出できないのは大きな問題だった。

産まれども産まれども女子ばかり。最後の望みを込めて作った子供も、やはり女子だった。当主は、半ばヤケクソ気味に生まれたばかりの女子を抱き上げて叫んだ。

「この子は男だ!」

 こうして男として育てられた子供、オスカル・フランソワは、マリー・アントワネットの知己を得て宮廷や軍隊で活躍し、フランス革命のときには衛兵隊を率いてバスティーユ襲撃に民衆側として参加したという逸話がある。


 朝比奈悠樹は女である。これは、生物学的分類の上での事実だった。だが、朝比奈悠樹は男として育てられた。

 朝比奈家は名家だ。家系図を(さかのぼ)ればその端は鎌倉時代に見ることができ、雲上人としてときには関白も輩出しているほどの家柄だった。

貴族政治から武士の時代、また、明治維新に大東亜戦争と時代が変わっても朝比奈家は隠然たる力を保持し続けてきた。(おもて)には出ず、代々続く人脈と莫大な資金源で政財界に強力な影響力を持つ、それが巨大組織群、朝比奈家だった。

 

そんな朝比奈家にも問題があった。今上の当主に男子が産まれなかったのだ。

正妻の子供と、(めかけ)の子供、全て女子だった。跡継ぎを心配する側近の苦言に党首は鼻をほじりながらうるさげに手を振るのみだった。

 そんなときに悠樹は産まれた。

 上には8人の姉がおり、当主の年齢的にも最後の子供になるだろう悠樹が女子だとわかったときの家中の落胆は凄まじかった。

 当主はそんな家中の様子を横目に、9人目の女子を産んだ正妻に(ねぎら)いの言葉をかけた後、悠樹を抱き上げて叫んだ。

「この子は男だ!」

 そのときの当主の様子を側近は「ヤケクソ気味に」、正妻は「笑いをかみ殺して」叫んだと後に述懐する。

 絶大な権力を持つ朝比奈の当主が白と言えば、黒も白に変わる。こうして悠樹は男として育てられることになる。悠樹はこういった経緯から、社交界では「ジャルジェの息子」と揶揄されることになった。


 勢いで叫んで、産まれたばかりの子供を男として育てたことに多少なりとも後悔があったのかもしれない。当主は、悠樹を普通の女の子に戻すために女学校に入れた。しかし、その中でも悠樹は男として振舞うことを許可されていた。当主がなにも言わずとも悠樹の「ジャルジェの息子」としての知名度は高く、朝比奈の影響力を受ける教員や良家の子女が悠樹を男子として扱ったためだ。


 悠樹が中学3年、14歳のときのことだった。悠樹は父親である朝比奈家当主に寄宿舎学校から呼び出された。

学校を早退し、呼び出し先である会員制高級ホテルのスイートルームに入った悠樹は父親と対面した。

「父さん、お久しぶりです。なんの御用でしょうか?」

 当主はイスから立ち上がり、部屋に入ってきた悠樹を見た。

悠樹は女学校にあって特注の男子学生服にその身を包んでいる。だが、140に達しない身長は、男子はおろか中学生というにも無理があるように思われた。

 当主はあえてしかめ面を作って言った。

「学校のほうはどうだ?」

「ええ、つつがなくやっていますよ。今の時期、他校では高校受験に忙しいようですが、うちはエスカレーターですからね。平和なものです」

 微笑を浮かべる悠樹。その顔を数秒眺めた後、当主は言った。

「悠樹、もう、男を止めていいぞ」

悠樹の頬が凍りつく。

「あの……、申し訳ありませんが、(おっしゃ)る意味がわかりません」

 当主は、しかめ面を崩し、笑うしかないといった表情を作った。

「いや、子供というのは簡単に曲がるなあ」

 次の瞬間には、当主は高級なカーペットの上に伏していた。嫡男、もとい嫡女に殴り倒されたのだった。

 悠樹は後にこのときのことを高坂源一郎にこう話すことになる。

「ん~、今でもなんであんなことしたのかわかんない。とにかく頭の中が真っ白になっちゃったんだ。あれがキレルってヤツかなあ? 恐いねえ、ストレス社会。あはは♪」


 翌日から悠樹の生活は一変した。スカートを履かされ、女子として接せられる。誰も、悠樹を男子として扱わなくなった。

 悠樹にとってそれは屈辱だった。厳密な意味での性同一性障害ではないものの、悠樹は、自分は男であると自負し、そのように振舞ってきた。それを全否定されたのだ。

 悠樹にとっての一番の問題は、自分がどのように振舞えばいいか、わからなかったことだった。男子としては振舞えず、かといって、女子としての振る舞い方も知らない。自分の意思とは関係ないところで環境は変化し、それに強制的に適応されていく毎日。悠樹は、そのグロテスクさに耐えられなくなっていった。


 そして、悠樹はある決断をする。

家やら歴史やらのしがらみの(つた)に覆われた女学校を出て、なんのしがらみもない新天地で最初からやり直すことにしたのだ。

自分のやりたいように振る舞う。ただそれだけのために、悠樹は慣れ親しんだ女学校を出ることにした。


 こうして悠樹は風見鶏学園の受験を決めたのだった。


ぶっちゃけるなら、オスカルはベル薔薇の主人公です。

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