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とりあえず走れ  作者: どぶねずみ
6月編
47/49

出会い、再会、チーズケーキ

 放課後、源一たちは駅前で待ち合わせをした。

 正確には1年男子寮に住んでいる男4人と女子寮に住んでいる悠樹。金持ちの特権か、悠樹は広い女子寮にひとりで住んでいるのだ。

 

男4人は手早く私服に着替えると駅前に向かった。空は低いが雨は降らずにすんでいる。

「結局、省吾もスウィーツバイキングに来るんだな?」

「ああ、ライヴまで暇だしな」

「行き先って駅前の無駄に大きなホテルっちゃね。俺、入るの初めてっちゃ」

「ユウってあのホテルの大株主なんだろ? 金持ちのくせに鬼ケチだよな」

「ケチだから金持ちなんだろ」

 そんなことを言われているとも露知らず、噴水の縁に座り込んでいた悠樹は、源一を見つけると力一杯に手を振った。悠樹はオーバーオールにキャスケット帽という格好をしていた。

「げーん~! こっちこっち♪」

「大声出さなくても聞こえてるって」

 とてて、と源一たちの側に駆け寄ると、悠樹は男4人を確認した。

 皮のパンツにジャケット、赤いバンダナを額に巻いている高志、白いポロシャツにサスペンダーの賢治。TシャツGパンの省吾。源一は黒のジャージ姿だった。

「ゲン~、なんでジャージなんだよお」

「いいだろ別に。楽なんだから」

「今度、夏服買いに行こうよ。ボクが選んであげる♪」

「俺の服は専門店に行かないとないっちゃよ」

「うっさい、ホワイトピッグ! 白はボーチョー色なんだからデブが余計にデブくみえるだろ!」

 悠樹は賢治の手からさっと逃げ、源一の腕にしがみついた。

「なあユウ。俺はどうだ?」

 高志の質問にユウはついと目を逸らし、省吾を見た。

「うん、ショーゴはなに着ても似合うよね。ゲンも見習わなくちゃ、あた」

「大きなお世話だ」

「……俺、鬼無視されてないか?」

 高志の格好は着飾っていて、金もかけているのがわかるが、なんというか、痛々しいのだ。それを正直に伝えられるほどの話術は悠樹にはなかった。

 ちらと省吾を見る。もっとも着飾っていない省吾がもっともオシャレという皮肉。オシャレの元は素体だと、省吾は無言で証明していた。

 悠樹は源一の腕にしなだれかかったまま、にへらと笑った。

「ねえねえ、ゲン。クレープ食べようよ。チョコバナナのやつ」

「おまえは、俺たちが今からどこ行くと思ってるんだよ」

「おそとで食べるクレープは別バラだよ~だ。それに、賢治はもう爆弾焼き食べてるし」

「……あいつはいいんだよ。というか、あいつに突っ込んだら負けな気がする」

 源一たち5人はホテルに向かって歩き出した。正確に言うなら源一たち男4人と源一の腕にぶら下がっている悠樹が。

 目的地のホテルは、駅から徒歩で10分ほどのところにあった。

 1流、とは言わないまでも、フォーマルな格好が主流のそのホテルで、私服姿の源一たちは浮きまくっていた。

「……なんだよ。礼服着用なら着替えないで制服で来たのに」

「い~んだよ、別に私服で。えへへ~、まだ時間が早いから混んでないとおもうんだけど」

 自分のホームステージに源一を連れ込んで嬉しそうな悠樹。源一は、なにかむかついたので腕にぶらさがっている悠樹を振り落とすことにした。

「ぎゃわん! いきなりなにするんだよお!」

「いや、なんとなく」

 と、奥から背広姿の男3人が源一たちのほうへかけてきた。背広たちは急ブレーキで悠樹の前に止り、90度腰を折ったお辞儀をした。

「悠樹様、お出迎えできずにすいません! 本来だったら社員総出でお出迎えしなければならないものを!」

「あ~、いいっていいって。何時に行くってのは伝えてなかったし」

 悠樹はニヘラと笑って床に座り込んだまま手を横に振った。源一は、その悠樹の首根っこを掴んで無理やり立たせると、頭を押さえてお辞儀させた。両手をぶん回して暴れる悠樹。慌てる背広。

「ゲン~、なんなんだよお」

「おまえは、大人が礼を尽くしてるんだから、真面目に応じろ!」

「わかった、わかったから~!」

「ゲンってそういうところうるさいやつだったっけ?」

「あいつ、剣道やってたっちゃろ? そのときに目上に対する態度ってのを躾けられたらしいっちゃよ」

「自分は鬼えばってるくせにな」

 源一の手が離れた悠樹はバネのように跳ね上がり、頬を膨らませてキャスケット帽の位置を直した。

「それで、この方達は誰なんだ? ホテルの従業員さんか?」

「ん~、知らない」

 知らないと言われた背広たちは、手馴れた様子で名刺を取り出し、ご丁寧にも源一たち5人全員に渡した。

 ひとりは「支配人」、ひとりは「総支配人」、中心にいる背広は「本社取締役」という肩書きを持っていた。源一には誰が一番偉いのか、そもそも支配人と総支配人の違いがわからなかった。

「もう堅苦しい挨拶はいいから。それより昨日は2人って連絡入れてたけど、ちょっと事情が変わって5人になっちゃったけど、大丈夫だよね」

「え! それは、その……」

「駄目なのお?」

 悠樹に覗き込むように見上げられ、総支配人の発汗量が急上昇する。

「だ、大丈夫です! きみ、すぐに厨房に連絡を!」

 取締の人に言われて支配人は輪から抜けて厨房に電話をかける。揉めているのは傍目にもわかった。

「よかった、大丈夫だって♪ それじゃあゲン、行こ。確か2階の大広間だったよね」

 本来は(おおとり)の間という格式ある名前があるのだが、悠樹は大広間と切り捨てる。総支配人は額に青筋を浮かべながら滝のように流れる汗をハンカチで拭った。

「は、はい。本日は貸し切りにしておりますのでどうぞごゆっくりおくつろぎください」

「貸し切り? ボク、そんなこと頼んでないよ?」

 総支配人は悠樹の目を見ずに汗で重くなったハンカチを4つ折にした。

「あ、はい。待ち合わせの方がそうしてほしいと仰いまして?」

 悠樹は端整な顔をゆがめた。

「まちあわせえ? だって今日は本当だったらボクとゲンの2人きりで来る予定だったんだよ。一緒に行くんだから待ち合わせなんてしないと思うんだけど……」

 下唇に人差し指を当てて考える悠樹。賢治はそんな悠樹のキャスケット帽を上から鷲づかみにした。

「ふん、エロチビが。ホテルにゲンを連れ込んでなにをするつもりだったっちゃか?」

 悠樹は賢治の言った意味が分からず、きっかり3秒考えて、顔を真っ赤にした。

「痴豚! キミはいっつもそんなことばっかり考えて、ハツジョーキか!」

「チトンってなんだ?」

「恥ずかしい、豚?」

「豚ってどういうことだっちゃあ~~!」

「はん、妖怪三段腹が! キミなんてフゴフゴブーブーがお似合いだよ! 脂身ばっかりだけどね!」

 ホテルのロビーで人目もはばからず暴れる悠樹(チビ)賢治(デブ)。おろおろする総支配人と取締役(大人たち)。

 源一は、高志と省吾に言った。

「……先に行ってようぜ」

「ああ、こいつら、こうなると鬼長いからな」

「悪い。俺はたまにおまえらについていけなくなるときがある」

「気取んな、モテ男。俺だって別にこいつらについていってるわけじゃねえよ」

 男3人は男女2人を残して、豪奢な絨毯の上を歩いて階段を上るのだった。






 大口を開けて山盛りスプーンを丸呑みにする。

 ほくほく顔でゆっくり咀嚼。

 悠樹は大満足だった。

 そのコンパクトな体型に比例して胃袋も小さい悠樹は、本来なら大した量も食べられずおなか一杯になってしまうが、今回はスィーツをひとさじだけ食べて残りは源一に回すことで様々な種類を食べることに成功したのだ。

 源一にしてみれば悠樹の食べ残しを片付けていることになるのだが、それでも悠樹が幸せそうに口を動かしているところを見ると、まあ、いいかという気持ちになった。

「ほら、ゲン」

「ああ、サンキュー」

 省吾は源一にロシアンティーを渡し、隣に腰を下ろした。

「ここ、けっこう質高いな。今度女連れて来ようかな」

「やめとけ。今日はユウがいるからいいけど、自費で来るってなったら高校生には割高だぞ」

「ま、その辺は大丈夫だろ。俺の女って、経済的に自立してるやつばっかりだから」

「今、何人と付き合っているんだよ」

「交友関係って、意識的に規制しないと際限なく増えていくんだよな~」

「難儀なやつ。実際100人とか200人となんて付き合いきれないだろ?」

「ああ。だから、俺自身にも今何人彼女がいるかわかんないんだよ。俺にその気がなくても向こうは付き合っている気でいるんだからな」

 源一は無言で省吾の頭を殴った。省吾は笑いながらそれをかわす。悠樹は、口をへの字に曲げ、源一の肩を揺すった。

「げん~、おはなししてないで次のスウィーツ持ってきてよお。ほら、あの杏仁豆腐、メロンを器にしてるやつ」

「うっせえなあ。自分で取りに行けよ。残ったのは喰ってやるから」

 源一はそれだけ言うと省吾との話に戻ってしまった。

 悠樹は源一の広い背中を一発ぺちりと叩くと席を立った。

 

 広い会場を見渡してみる。

 源一と省吾は席に座ってなにやら楽しげに話している。

 賢治はホールのままチーズケーキを食べているし、高志はスィーツには飽きたのか、サラダバーでマカロニを取り分けていた。

 広い会場で給仕のアルバイトを除けば悠樹たち5人しかいない。


 いや、ついさっきまではそうだった。

 今は違った。

 入り口から、3人の女が入ってきたのだ。


 3人の女は同じ服を着ていた。

 ベージュのベレーに同色のジャケット。

 純白のブラウスの胸元には群青のリボンが巻かれている。

 この、着る人を選ぶ服装は、都内でも有名なお嬢様学校、飯床女学院いいとこじょがくいんのものだった。

 その制服を着た3人の女子、さらにその後ろには燕尾服を隙なく着こなした20歳前後の男が立っている。4人はまっすぐ悠樹のほうに歩いてきた。悠樹は見覚えのあるその征服に気付いて慌てて源一の影に隠れた。

 中心に立つ女は、源一の1メートル手前でぴたりと止ると、座っている源一を不機嫌そうに見下ろした。源一を見る女の目には、どこかしら侮蔑が込められていた。


 賢治は左に立つ女を見た。縦横共に、巨漢の賢治をしても見劣りしない巨躯がそこにはそびえていた。

 彼女の名前は男衾姫子おとこぶすまひめこ。飯床女学院高等部の1年生だ。

 

 高志は右に立つ女を見た。病的なまでに細い痩躯。おどおどした態度は、その爬虫類めいた容貌と相まって藪の中の蛇を連想させた。

 彼女は三倉茂美みくらしげみ。同じく飯床女学院の生徒だ。

 

 源一は、中心に立つ女を見た。わずかに吊り上った瞳、ウェーブのかかったロングヘアーを手入れの行き届いた指先で後ろに払っている姿は、完全無欠のお嬢様だった。源一には、その完璧すぎる様子がどこか危うげに写った。

 彼女の名前は皇へきる(すめらぎへきる)。お嬢様学校の飯床女学院においても郡を抜くお嬢様だった。


 中心に立つ女、へきるは、悠樹に向き合うために、源一の周りを回る。悠樹はそれを避けるためにやはり源一の周りを回った。状況が理解できずにされるがままの源一。

 源一の周りを2周半ほどして、へきるは源一に言った。

「ごめんなさい、私、ユウとお話したいの。悪いけど、どいて頂けるかしら?」

 源一は悠樹を見た。悠樹は飛んでいってしまいそうな勢いで首を左右に振った。

「……ユウは嫌だとよ」

 へきるは内心歯噛みして、それでも眉ひとつ動かさずに言った。

「ユウ、久しぶりね。心配していたのよ。あなた、いきなり転校してしまったんですもの。公務にも顔を出さないし、電話にも出ないし……、今までどうしていたの?」

 悠樹は、おそるおそる源一の肩越しにへきるの顔を見た。非の打ちどころのない、完璧な微笑を浮かべていた。

「う、うん、久しぶり、へきるちゃん。ここを貸し切りにしたのって、へきるちゃんだったんだね」

「ええ。私もあなたほどじゃないけどここの株券を持っていますからね。あなたがここを使うって聞いて、今日の予定は全部キャンセルして駆けつけたのよ」

 悠樹はぼそりと、源一の耳元で「よけいなことを」と呟いた。


 ここに至って源一たちにも、ことの事情が飲み込めてきた。この飯床女子の3人は、悠樹の旧友であり、機会を作って悠樹に会いに来たのだろう。それにしては悠樹が異常に怯えているのが気になるが……。

「なんか、俺たち邪魔みたいだな。席外そうか?」

「ええ、そうしてもらえる?」

「んー! ん~!」

 源一が出て行こうとするのを、悠樹は、散歩中そっちには行きたくないと駄々をこねる犬のように、全身を使って止めた。

 それを見てへきるは、少し声を荒げ、もとい、地が出た。

「ユウ! はしたない、なにやってんのよ!」

 ビクーンと跳ねて源一の影に隠れる悠樹。

 大股で悠樹に歩みよるへきるを、源一は止めた。

 それに合わせて賢治、高志、省吾も女3人から悠樹を隠すように立つ。

「み、みんな~♪」

「悪いね。あんたがどこの誰だか知らないが、ユウの嫌がることをしようってんなら看過はできないよ」

 へきるは般若の形相で源一を睨みつけたが、一瞬後には肩にかかった髪を後ろに払うしぐさをして、余裕の表情を取り戻した。

「勘違いしないでくださいね。私たちはユウとゆっくりお話がしたい、それだけなの」

「今日はヤダ!」

 源一の背中に顔をうずめ、それだけを悠樹は言った。

 無言で睨み合う源一とへきる。その間に割って入ったのは右に立つ細見の女、茂美だった。

「ねえ、ユウちゃん、私たち、本当に心配していたのよ。だから、少しでいいからお話しましょうよ」

「そうそう、ひめも~、すっごく、心配してたんだじょ~~♪」

「……自分のことを姫とか言うなっちゃ」

 賢治の内に灯る怒りの炎。それに気付いた悠樹は慌てて補足した。

「えっと、あのね。あの子は男衾姫子って名前だから、姫なんだよ」

「ふん! 俺が世界大統領になったら自分のことを名前で呼ぶ女は3発までグーパンチで殴っていいって法律を作るっちゃ」

「ああ、がんばれよ。俺はおまえに一票、鬼入れるからな」

「もーう~、そんなことばっかり言ってたら、女の子にもてないぞ♪」

 ビア樽女、姫子はシナを作りながらぶっとい人差し指で賢治の弛んだ頬肉(つらみ)(つつ)こうとした。


 瞬間、姫子の顔が消えた。


 声を上げる間もなかった。

 給仕のバイトも含めて、その場にいる全員が言葉を失った。

 賢治が、姫子の顔面に食べかけだったホールのチーズケーキを叩きつけたのだ。

「……」

 重力に負けてゆっくりと姫子の顔から剥がれ落ちるチーズケーキ。

 姫子は、わずかに微笑んだ後、凄まじい形相で賢治の胸倉を掴んだ。

「おまん、いきなりなにしよるんじゃゴラア!」

「ちょ、姫ちゃん落ち着いて!」

「姫子! なんで関西弁なのよ!」

「へきるちゃん、突っ込むところ、そこなのぉ?」

 賢治も負けじと姫子を掴み返す。

「このマンモスコングが! ブスがぶりっ子してるんじゃないっちゅわ~!」

「賢治! 気持ちは鬼わかるが落ち着け!」

「まだ知り合って間もない女にチーズケーキはやりすぎだ!」

「いや、知り合いでも顔面チーズケーキはまずいだろ」

 お互いの同僚に引っ張られて離れる超獣2匹。給仕は黙って、しかし、手に汗握ってその様子を見ていた。

「おい、ここはひとまず引いておいたほうがいいんじゃないか?」

 戦略的撤退を促す省吾に源一は頷いた。

「まあ、とりあえずだ……」

 源一は賢治の肩を掴み、へきるを見た。

「逃げろー!」

 賢治を出口のほうに突き飛ばし、悠樹を抱えて源一は走った。隣には省吾、後ろには高志と賢治がついてくる。

 

走り逃げる源一の背中越しに、悠樹が小さく手を振っていたのをへきるは確認した。あまりの展開の速さに、へきるは完全に虚を突かれてしまった。それがへきるのプライドに触った。

「面白い人たちね。あれが今のユウちゃんのお友達かしら?」

「あんなの表面だけの付き合いよ!」

「あんのビチグソが! ぜってえ許さんがらな!」

「姫子、そろそろ戻ってきなさい。地がでまくってるわよ。とりあえずケーキまみれの顔を拭きなさい」

「あ、あら、姫としたことが。いや~ん、はずかし~い♪」

 へきるは姫子の変わり身の速さにため息を吐いた。へきるも、あの巨漢の男のように姫子にチーズケーキをぶつけたくなった。

「……泰造」

「はい」

 へきるに呼ばれて今まで無言だった燕尾服の男が一歩前に出る。

「あの用意を。この程度で底を割る連中ならユウも自分で気がついて戻ってくるでしょ」

「かしこまりました」

 燕尾服の男、杉内泰造すぎうちたいぞうは、主であるへきるに恭しく頭を下げた。


悠樹の格好は任天堂で有名なあのヒゲのコスプレです。

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